第19話大きなケーキ
その日、学園都市のある一室で、十人で円卓を囲むように座り、会議を行っていた。
集まっている十人は学園都市にある各学園や学校の代表者であり、新入生が来る一ヶ月ほど前に調整のため会議を開いているのだ。
「では、一般生徒の定員と貴族の定員はこれまで通りで宜しいかな?」
円卓の最も上座に座る老人が問いかけ、それに対して九人は同意の意味で頷く。
「それでは可決と言うことで次の議題に入るのだが、例の王女殿下と公爵令嬢なのだが……」
その言葉を聞くと全員が顔を背けた。
「まあ、二人は私の学園が預かる事がほぼ決まっているからそういやな顔をするな。問題はその二人が推薦しているリオと呼ばれる少年の事だ」
幾人かが疑問の声を上げる中、それを遮るように話を続ける。
「魔力は下の中。魔力がある子供としてはかなり少ないが、一応第一騎士団団長の養子であるそうだ。かと言って剣の腕があったとしても魔法は絶望的であり、強さを重んじる我が学園としてはどうかと思うものがあってな。
推薦があるとしても受け入れるかどうかの意見を聞きたい」
学園都市の中で最も大きく、実力主義を徹底しているこの上座の老人の学園に相応しいものかを問うが、本来なら相応しくないなら推薦を蹴ってしまうだけの力がこの老人はある。
だが推薦しているのが王国の怪物と化け物と呼ばれる二人なのだ。
断るにしても、自分一人では決めた事ではないと突っ張り、もしもの場合の被害を分散しようと考えているのだ。
そんな考えは他の九人にも筒抜けであり、皆顔色が悪くなっている。
しかしだからと言って何も発言をしない事には始まらないので、一人が意を決して声を上げる。
「推薦と言っても試験自体は一般で受けるのでしょう? それで評価すれば宜しいのでは? それに、最近は特に事件も起きていない様なので大丈夫でしょうか?」
「そうなのだがな。書類の通りなら間違いなく試験は落ちると考えている。そうなった場合・・・・・・な?」
「な」じゃねえよと、皆思うが事が事なだけに迂闊な事は言わない。
「まあ、最悪落ちたとしても此方の学園で引き取りましょう。何かあった場合はお願いしますよ?」
十人の中で最も若い女性がそう言い、会議自体は終わりを迎えた。
この会議から一カ月後、学園入学試験で誰もが予想していたが、予想したくなかった事件が起こる。
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入学試験の為に学園都市に向かう三日前、ついにリオはこの世界に来てからの目標の一つをやり遂げた。それは・・・・・
「おめでとうございます。リオ様も遂にここまで出来る様になりましたね」
メイドは小さく拍手をリオに送り、その眼からは涙が零れそうになっている。
「ありがとうメイドさん。貴女が居たからここまで出来る様になったんだ」
リオも満面の笑みでメイドに応え、自分が作り出した物を見上げる。
それは高さが二メートル程あり、円形のものが五段積みされているものであり……。
「昔から大きなケーキを作ってそれを腹いっぱい食べてみたいと思っていたんだ。俺一人じゃ無理だったよ」
そう、名目上はケーキではあるが、それは俗にウエディングケーキと呼ばれるものをリオは作り出したのである。
シンプルにイチゴと生クリームのみで装飾されたケーキはとてもおいしそうに見えるが、五段積みされたそれは見るものを圧倒するほどだ。
「折角ですのでキャロル様とコローナ様を呼んでみるのは如何でしょうか?」
リオはメイドにそう言われて、流石にこれを一人で食べきる事は不可能だし、偶には此方から媚を売っておくのも悪くないと考え、メイドに二人を呼んでくるようにお願いした。
三十分程すると二人が揃って屋敷に訪れ、リオは自分が作ったケーキを二人に見せた。
「流石と言いますか、何と言いますか、これ程大きな物をお作りになるとは……」
フィロソフィアは見上げなければいけない程のケーキを見て、呆れる様な物言いをした。
何時もなら何かしら言い返すリオなのだが、そんな些細な事では不機嫌にならない程機嫌が良い。
「ふむ、これ程立派なものは兄の誕生日位でしか見た事無いが……よく作ったものだ」
キャロルもフィロソフィアと似たような事を言うが、その表情は人を褒めるような顔であった。
「一度で良いから大きなケーキを腹一杯に食べるのが夢だったんです。丁度素材が余っていたそうなので、自分の料理スキルを確かめるついでに作ってみました」
「成程な・・・今更だが、公の場でない限り砕けた口調でも構わないぞ。これから数年は学園都市で一緒になるのだろうからな」
リオは学園都市と言われ少しだけ正気に戻るが、今更逃れる事も出来ないし、なる様になるだろうと諦めている。
「まあ、そこら辺の話は置いといて、折角なので食べて下さい。メイドさんお願いします」
メイドがケーキナイフでケーキを切り分け、それを淹れたての紅茶と共に配る。
「中身もしっかりと作られていますし、まさかこんな才能がありましたなんて・・・」
リオ自身、自分がここまで出来るとは思っていなかったが、メイドによる指導と自身の根性が有ったからこそこの三カ月程でここまで成長できた。
昔は飯など腹に入ればそれで良かったリオからしたら、途轍もない成長である。
「先ずは食べてみてくれ。一応味見はしてあるから食べられる程度の味にはなっているはずだ」
それではと、キャロルとフィロソフィアは揃ってケーキを口に運び、その味を確かめる。
因みに補足して置くと、キャロルはそれなりに料理が出来るが、フィロソフィアは壊滅的に料理が下手である。
「どうだ?」
無言で味わう二人に対して痺れを切らしたリオが聞くと、フィロソフィアは持っていたフォークを置いて口を開く。
「見た目もさる事ながら、味も素晴らしいですわね。これを作ったのがリオでなけれもっと喜べるのですが」
フィロソフィアは悔しそうに顔を歪めるが、ケーキを食べる手を止める事は無かった。
「うむ。ソフィアの言う通り素晴らしいものだな。何故ここまで頑張るのかは理解しがたいが、臨時の料理人が増えたと考えれば良いな」
「それもそうですわね」とフィロソフィアも便乗して二人はそれなりの量のケーキを食べて帰って行った。
それでもまだまだケーキは残っており、残りは全てアッシュの部下に振舞う為にリオはメイドと共に訓練所にケーキを運ぶことにした。
リオ達が訓練所に着くと丁度休憩時間らしく、団員達は皆休んでいた。
アッシュはリオ達が来た事に気づくと共にリオが持って来た大きな箱に首を傾げた。
「その大きな箱は何だ?」
「材料が沢山あってケーキを作ったんだけど、折角ならとおすそ分けに来たんです」
アッシュはどうするかと唸りながら首を傾げた。
確かに午前分の訓練は終わっている為、部下に食わせてもいいが一応勤務の時間でもあるので下手な事をするのもあまり良くない。
だが、折角リオが作って来てくれたものを無下にするのも悪いと思い、アッシュはリオの提案を許可した。
アッシュから許可を貰ったリオはメイドと共にケーキを配り始めた。
殆どの人が良い顔で受け取る中、幾人からはあまり良い顔をされなかった。
最初は単純に甘い物が嫌いなのかとリオは思っていたが、断る人は断っていたのでそれは違うと判断した。
ケーキを一通り配り終えると、リオとメイドはアッシュと共に一息を着く為にアッシュの執務室に向かった。
一部の団員からの視線と悪意に気付かずまま……。
「それにしても凄い量だな。これでも多少食べた後なのだろう?」
「今更ながら流石に作り過ぎたと思っています。まあ、もう直ぐ学園に行かなければならないのでちょっとした恩返しみたいなものです」
「そうか。何にせよリオが決めた事なのだから何も言う事はない。だが、問題は起こさないようにしてくれ」
リオは誤魔化す様に笑って返すが、これまでにリオ個人的な問題だけではなくフィロソフィアやキャロルを含めた問題が色々と起きていた。
アッシュの屋敷の庭が禿げたり王城の一部が吹き飛んだりキャロルが空から降ってきたりと。アッシュは勿論の事宰相であるアランやコローナなどに多大な迷惑も掛けていた。
表立ってリオの名は出てないが、その姿は沢山の人に目撃されており、噂が一人歩きしている状態にある。
「俺自身はあまり悪くない気もするんですがね……」
「分かってはいるが、あの方達に何か言えるか?」
「ですよね~」
アッシュとリオは同じタイミングで溜息を吐き、世知辛い世の中を呪った。
「それで、どこの学園を受ける気なんだ?」
「一応はあの人達と同じ所を受けてから適当な所に行こうかと」
「そうか。何かあったら言ってくれ。出来る限りは助けになろう」
「何が助けになるですか! 動行けるのは何時も私だけではないですか」
その声と共に扉が開き、コローナが入って来た。
「コローナか、何時もすまんな」
アッシュはまだ食べていないケーキをコローナに渡して頭を下げた。
コローナはそのケーキを受け取りちびちびと食べ始めた。
「コローナさんには何時もお世話に……」
「リオさんが悪くないのは分かっていますのでお気になさらず。逆に良くあれだけの事があって身体が持ちますね」
リオは遠い目をして現実逃避をした。契約により死に難くなってはいるものの、前の人生を含めても酷い怪我を何度もしていた。主にフィロソフィアのせいであるが、手加減が苦手なリオとしては逃げるか受ける位しか選択肢がない。
下手に立ち向かうとアッシュの庭の二の舞になるし、フィロソフィア相手に剣を使わずに戦える程、フィロソフィアは甘い相手ではない。
「コローナも向こうでは頑張れよ」
「言われなくても分かっていますよ。命令には逆らいませんよ」
「それではこれで失礼します。コローナさんも向こうで何があるか分かりませんが、よろしくお願いします」
そうしてリオはメイドと共に執務室を後にした。
それを見送ったアッシュはケーキを食べ終えると、先程よりも大きく溜息を吐いた。
「これで少しは落ち着けるな」
「私はこれからが本番ですがね」
コローナはため息を吐く事はしなかったが、アッシュをきつく睨みつけた。
「そう言うなよ」
アッシュはそう言い書類の束をコローナに投げ渡した。
コローナは戸惑いながらも書類の束を受け取り、書類を読み進めた。
書かれている内容を読み進めていくと、一筋の汗を頬から床に垂らした。
「ここに書かれている事は本当ですか?」
コローナは震えそうになる手を何とか堪え、アッシュに問いただした。
「残念ながらな。裏からの情報だし確かだろうな。すまないがそちらの事は任せた」
「出来れば断りたいのですが・・・・・・」
「構わないが、そうなった場合消されるだろうな。俺も、お前も」
コローナは持っていた書類を燃やすと執務室を後にした。
アッシュはやれやれと首を振り、休憩ついでに書類仕事を始めた。
その顔は何時もの飄々とした表情とは違い、険しい顔をしていた。
書類を片付けていると一枚の紙切れが机の上に落ちて来た。
それに目を通したアッシュは椅子に寄り掛かり天井を見上げた。
「運が良いのか悪いのか。何にせよ俺のする事は変わらんな」
次の日、リオ達三人とコローナは学園都市へと旅立って行った。
それぞれの思惑を隠したまま。




