第16話少年は家出する
鍛錬して勉強して料理して裁縫をする。
決まったルーチンをこなしながら、時々現れるキャロルとフィロソフィアの相手をするのがリオにとっての日常となり、学園の入学まで残り一ヶ月となった。
そんなある日の事。リオは自分の知識に学園の事があるのが分かり、気になったので覗いてみる事にした。
この知識と呼ばれるものは、リオが契約時に譲り受けた記憶であり、リオの記憶領域とは別に存在している。
例えるなら小さな図書館みたいなものを、リオは持っているのだ。
リオは知識の中から学園の事を調べ、学園は所謂テンプレの宝庫と呼ばれており、このままだと自分もそれに巻き込まれる可能性がある事を知る。
主に原因となるのはあの二人。片や王女で片や公爵令嬢だ。問題が有るとは言え、そんな中に孤児の自分が居るのだ。
出来ればあの二人とは別の所に行きたいが、相手は一応上から数えた方が早いレベルの権力を持っている。
それに抗う事は、ただの孤児である自分には出来ない。
仮にアッシュに頼んだとしても狡猾なフィロソフィアが裏でどうにかするだろう。
多少楽しみにしていた生活が、始まる前から暗雲が立ち込めた事に、リオはうなだれた。
だからと言って何もせずに居られるほど、リオは甘い生活を送って来た分けではない。
確かに相手となる二人の権力はとても強力だ。
だが、一番上では無い。
さらに上の権力者に媚を売れば或いは……。
フィロソフィアの祖父であるアランは恐らく駄目だろう。
王女の上となると残りは王様と王子と女王になる。
女王は現在他国に居るので残りは一時的に学園都市から帰って来ている王子とキャロル曰く、なよなよしている王様となる。
攻めるならば王子しかないと考えたリオは、さっそく自分で作った上下が黒い服を着て、メイドに一声掛けてから屋敷を飛び出して行った。
しかし、実はリオはアッシュの許可無しでは外に出てはいけないし、出ていく様はフィロソフィアの監視用の魔法と、偶々通りかかったコローナに見られていた。
時間は日か沈むまで凡そ二時間と言った所だろう。
突如屋敷を飛び出したリオの奇行により、波乱が起きようとしていた。
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アッシュに屋敷から書類を持って来てくれと頼まれたコローナは、少し寄り道をしながらアッシュの屋敷に向かっていた。
門が見える位の距離になると、黒い物体が屋敷から飛び出し。跳んで行ったのが見えた。
コローナは見間違いかと思ったが、どっからどう見ても飛び出して行った物体がリオに見え、余りの事態に固まってしまった。
それも一瞬の事で、事態を理解したコローナは直ぐにアッシュの元に向かって走り出した。
(なんでこのタイミングで……)
せめて書類を手に入れた後ならば良かったのだが、ここでリオを見逃すことはできない。
コローナは、リオが突如アッシュの屋敷から飛び出して行った原因を考えるのだが、原因は最近リオにちょっかいを掛けている。あの二人のどちらかだろうと思い至った。
最初は色々とあったが、リオと接している内にコローナはリオが別段何か問題を起こす存在ではないと考える様になっていた。
それどころか、あの二人に翻弄されている様を見ると、少し同情した。
そんな彼が起こした行動が気になるが、コローナはアッシュの所に向かうため、全力で王都の空を駆けて行った。
歩いて三十分程掛かる道を僅か二分で疾走したコローナは周りの目を気にすることも無くアッシュの執務室に駆け込んだ。
壁を飛び越えて、アッシュの執務室に直接向かっても良いのだが、そうすると後々始末書を書く必要があるので、門から入る。
「団長! 緊急事態です!」
扉をノックすることも無く開け放ち、コローナは執務室で事務作業しているであろうアッシュに声を掛ける。
だが、当のアッシュは執務室の窓から逃げようとしており、いきなり入って来たコローナに驚き、床に転んだ。
コローナはそんなアッシュの痴態を無視して話し出す。
「リオが突然屋敷を飛び出して行きました!」
「……マジ?」
「マジです。方角的に恐らく王城に向かったと思われますがどうしますか?」
アッシュは思わぬ事態に頭を抱え込み「う~ん」と唸る。
なぜ王城向かったかの理由は分からない。
だが、これまでリオと生活をしている内に、リオが問題を起こすような人物ではないと、アッシュは思っている。
「とりあえず宰相に連絡取ってくれ。その後はリオを探し出しだして理由と出来れば屋敷に戻してくれ」
「団長は?」
「ここでの仕事が終わったら、君が持って来てくれなかった書類をやりに屋敷に帰るよ」
ああそう言えばと、コローナは内心思うが事態が事態なので仕方ない事だと割り切る。
コローナはアッシュが逃げようとしていた窓から飛んで行き、真っすぐに王城へと向かった。
コローナが飛んで行く時の衝撃で散らばった書類を片付けながらアッシュは溜息を吐く。
「何で団長になんてなってしまったんだろうな……」
その呟きを聞く者は誰も居なかった。




