第15話怪物の生まれた日(幕間)
後6話程投稿したら、一旦終わりとなります。続きを書くかどうかは未定です。
それはとてもつまらないモノだった。
王女であるキャロル・アレムント・ヴァルベルグの、御披露目の日。
キャロルは不機嫌な事を隠そうともせずに、用意された椅子に座り、パーティーの様子を眺めていた。
「何時までこの様な事を続けるのですか?」
「うっ、うむ。これも公務なのだから我慢しなさい」
キャロルは隣に座る、王様である父に文句を言い、またパーティーの様子を見守る。
こんな事をしている暇があるのならば、鍛錬や作法の勉強をしている方がまだマシだとキャロルは思った。
この場はキャロルのお披露目であると同時に、キャロルの婚約者を探す場でもあるのだ。
自由に生きたいと思っているキャロルのとっては、不快な場であった。
挨拶に訪れる者はキャロルの婚約者の座を狙う者が殆どなので、その下賤な視線に、キャロルは徐々に不機嫌になっていき、今に至る。
こんな事ならば仮病でも使って休んでしまえば良かったと考えるが、流石に憚られた。
「少し回ってくる」
キャロルは座っている事に痺れを切らし、挨拶に訪れる者が途切れたのを見計らって、人混みの中に紛れて行った。
(何故こんななよなよした連中や下賤な目を向ける輩しかおらぬのだ。こんな輩しかおらぬから、あんな事件が起きるのだ……)
あんな事件とは、この御披露目会より三ヶ月前に起きたフィロソフィアの件だ。
平和になった弊害か、力を持った者が少なくなった。
そんな中で幼いながらも力のあったフィロソフィアは、いい様に扱われた。
フィロソフィアの父に魔力が無く、派閥として力が無かったのも、原因の一つだったのだろう。
その結果数人の犠牲者と山が吹き飛んだのさ。
その責任の一旦はフィロソフィアの親である現公爵と一部の貴族が負う事になり、今は国としての戦力を増やそうと言う動きになっている。
自分と同じ年齢の少女が酷使されていた事を知ったキャロルは、何も知らずにいた国王を問い詰めた。
国王も事件が起こるまでは、何も知らなかった為に、キャロルには何も言えなかった。
本来なら騎士団や国に連なる者がやる事を、一人の少女に任せていた。
その事を、王は知らなかったのだ。
その事もあって呑気にパーティーなど開いている国王に苛立ちながら、キャロルは内心愚痴り、なるべく目立たない様に外へと向かう。
しかし、この場はキャロルを祝う為に設けられた場であり、幾らキャロルが存在を消そうと努力しても、それを見ている者が必ず何所かに居る。
その中の一人がなるべく自然にキャロルへと近づいていき、肩にぶつかる。
「これはすみませんお嬢……おや、王女様ではありませんか」
キャロルにぶつかって来た男の子はわざとらしく言い直し、キャロルに頭を下げて謝罪する。
キャロルは煩わしそうにするも、男の子はそこから退こうとはせず、キャロルに話しかける。
「王女様が何故主催席ではなくこちらに?」
「少々外の空気を吸いたくなりまして。お父様にも許可は頂いて下ります」
キャロルはなるべく王族らしい振る舞いを心掛けて、男の子に答えるが、男の子はそれに対して大袈裟に振る舞い、ワザと周りの目が自分たちに向くように仕向ける。
このまま外に向かうのは止めた方が良いと考えたキャロルは「それでは」と男の子に言い、その場を去ろうとするが。男の子はそれを許さない。
「おや? 外は向こうで御座いますよ? それとも、実は許可を取っ手いなかったのですか?」
(殴り飛ばしてやろうか?)
ギリギリの所でキャロルは自分を抑え込み、そのまま去ろうとする。
もし、このままキャロルが去ることが出来れば、きっと歴史は変わっていただろう。
だがここで去ることを選ばなかったからキャロルはキャロルで居られたのかもしれない。
「これだから手綱を握れもしないのに化け物を飼う国は駄目なんだよ。俺と婚約すれば……」
男の子の最後の言葉を、キャロルが聞くことは無かった。
考えるよりも先に身体が動いてしまったのだ。
キャロルの拳が、男の子の顔に吸い込まれるように叩き込まれる。
その感触にキャロルの溜飲が少しだけ下がった。
男の子はキャロルに殴られて吹き飛び、床に転がってのたうち回る。
「私を愚弄するのは構わないが、我が国の国民を貶すのは許さん!」
「なっ! 何が許さんだ! やはり屑しか居ない国の王族は屑みたいだな!」
キレたキャロルは立ち上がろうとする男の子を踏みつけた後に、馬乗りになり顔を思いっきり殴り始めた。
あまりの事態に、周りに居た者達も唖然となってしまったが、直ぐに衛兵がやってきてキャロルを男の子から引きはがした。
男の子はキャロルに殴られたせいで気絶しており、顔が膨れ上がり、顎がずれている。
その場に王様である、キャロルの父親が現れてキャロルを咎めるが、あまりの言い様にキャロルは情けなくなると共に、父親に対してふつふつと怒りがこみ上げて来るのを感じた。
そして、父親の腹を思いっきり殴って、その場を去っていった。
その場に居た者達は、幼いはずの王女の後姿を見て畏怖した。
そして、フィロスフィア――化け物と対をなす意味として、一部の者からは怪物王女と呼ばれるようになった。
(何が仕方ない事だ。何が私達は関係無いだ。王であるのに国民を、ましては子供を蔑ろにされて黙っているなどと……)
キャロルは私室に戻りながら父親を内心で罵倒し、この国の有り様を嘆いた。
自分が幼く、今は出来る事が無いことは分かっている。
ならば力と知識を蓄えよう。
この国に残るせよ、他国に嫁ぐにせよ出来る事を増やそう。
そう考えたキャロルは、この日から王族としての責務を最小限にし、自分を磨く事に力を入れる様になった。
不釣り合いな力を持った魂は殻に籠り、その身に宿る化け物を呼び覚ました。
不釣り合いな精神を持った魂は、己の力で怪物に昇華した。
互いに求めたのは平和な世界だったが、平和により腐ってしまった世界に生まれた二人の思想は、歪んだものになってしまう。
そして、その平和を作り出した者を、再び世に呼び戻した化け物は、かねてより準備を進めていた計画を実行に移す。
それとは別に計画を進める怪物は、新たな一手を打つ。
そんな事になっているとは露とも知らずに居るリオは、アッシュの屋敷で呑気にアップルパイを焼いているのであった。
「ああ、平和って素晴らしいな」