第13話縫って叩いてさようなら
フィロソフィアにより庭に円形脱毛症の様な跡が刻まれてから三日程経ち、やっと訪れた平穏の中で、リオはメイドの指導の下、服を縫っていた。
カーテンから漏れる日の光が心地良い部屋で、三日前や、それから更に一週間前の襲撃によって疲労した心と身体を、何気ない日常の中で癒やしていく……予定であった。
「流石リオ様ですね。始めて直ぐとは思えない上達ぶりです」
「中々上手いもんだな。手先が器用で羨ましい限りだ」
「ありがとう……ございます」
メイドと二人で服を縫っていたはずが、何時の間にか王女……キャロルも一緒に縫物をしているのだ。
この国の貴族は人を襲撃したり、飯をたかりに来るのが普通なのだろうかと、リオは真剣に悩む。
「ふむ、偶には良いが、どちらかと言うと身体を動かしている方が性に合っているな」
キャロルはハンカチに白と赤い糸を器用に使い、花の刺繍を縫っていた。
それはリオの記憶にある蓮と呼ばれる花にとても良く似ており、リオはその出来栄えに何度か頷いて素晴らしさを表す。
キャロルは少しだけ照れるが、直ぐに真顔に戻り、残りを縫っていく。
しばしの間、妙に緊迫した中で縫物を進めていき、リオとキャロルが共にキリが良くなったところで、キャロルは立ち上がる。
「縫物も飽きたし、戦うぞ」
リオはキャロルに対して嫌な顔をして抗議をするが、キャロルはそれを無視してリオを引きずって庭へと向かう。
その様子をメイドは笑顔で見送り、疲れて戻って来るであろうリオの為にお茶の準備を始めるのであった。
一部だけ芝が剥げている庭に着くと、キャロルはリオに木剣を渡して向かい合う。前回みたいな怒気や殺気と言ったものをキャロルは放たず、純粋に稽古をしようとしてる様に見える。
リオも一応構えるが、あまりやる気はない。
しかしキャロルは、そんな事はお構いなく、リオに突っ込んでいく。
キャロルの剣技は年齢の割にキレがあり、同じ年の頃なら勝てなかっただろうなとリオは内心思うのだが、その剣よりも拳の方が強いと言うのは、女の子としてどうなのだろうとも内心思う。
暫くキャロルはリオに打ち込むが、リオはキャロルの剣の振り下ろしの起点を切っ先で止めたり。魔法を放とうと手を向けられたら剣の腹で払ったりして若干遊びながらキャロルの打ち込みを捌く。
前回キャロルに襲われた時に比べて、リオの身体はボロボロだが、一度無理をしたおかげで身体の使い方が上手くなっている。
どれ位までキャロル相手に動けるかを試すが、試されてる側のキャロルはリオの行動に舌を巻く。
完全に技量の面で押されており、全ての打ち込みと魔法が未然に防がれる。
フィロソフィアみたいに、自由自在に魔法を使えれば、キャロルの戦術も広がるが、どちらかと言えば接近戦を好むキャロルとしては魔法など放てれば良い程度に考えている。
その為、現状ではそこまで上手く魔法が使えない。
それでも年齢を考えれば非常識のレベルで上手いのだが、そこは王族故の英才教育の賜物なのだろう。
それからもキャロルは、せめて一撃はリオに当てようと奮闘するが、先にキャロルの方に限界が来てしまい。キャロルは木剣を地面に突き刺し、額から流れてくる汗をぬぐいながら荒くなった呼吸を整える。
「貴様は私を揶揄っているのか?」
「そうじゃないんですけどね……」
リオは困り顔をする。
木剣とは言え打ち所が悪ければ怪我や骨を折ってしまう事もある。
相手が一応とは言え王女なので、そこら辺を考慮して剣の腹で払う事位しかしなかったのだ。
「上手く言えないのだが、ここだと思って振ろうとするとリオの剣が私の剣に添えられたり、押さえつけられたりしてるのだが、何かコツでもあるのか?」
「コツと言われましても、王女様が振り上げてから振り下ろす瞬間を狙ってるだけですからね」
「その瞬間を狙うと言うのが、そうそう出来ないのだがな。まあ、所詮剣などオマケに過ぎんから構わないがな」
リオは王女としてそれで良いのだろうかとは思うが、例の如く思うだけで口には出さない。
そして、ふと思った疑問をキャロルのぶつけてみた。
「そう言えば、護衛とか居ないのでしょうか?」
「藪から棒になんだ? 一応門の外には待機しているぞ。まあ、私自身が堅苦しいのは苦手だからな。貴族同士の集まりでは無いのだから傍にいなくても構わんだろう」
自分の知っている王侯貴族と違うキャロルの言動に、この国はこれで良いのだろうかと思うが、俺が考える事ではないかとリオは頭を振る。
息を整えたキャロルは「もう一度だ」と剣を構え、リオも同じように構えようとするが、ふと頭上に違和感を感じ、気になって空を見上げると人の様なものが空に浮かんでいた。
それは徐々にリオに向かって落ちてくる。
それがフィロソフィアであると理解した時、リオは持っていた木剣をフィロソフィアに向かって投擲した。
キャロルはその様子を見て何をやっているんだとあきれ顔をする。
フィロソフィアは自分に向かってくる木剣を避けてからその木剣を握り、リオの眼前に華麗にターンを決めてから着地すると、持っていた剣をリオに渡す。
「こんにちは。良い天気ですわね」
何時もと変わらない笑顔でフィロソフィアは挨拶をする。だが、リオとキャロルからしたら、何故空を飛んで来たのかと聞きたい所であった。
「王女殿下も御変わりなくお元気そうですわね」
「外に出るとは珍しいではないか。ソフィアが何の用だ?」
何時もなら自分から向かわない限り会う事のないフィロソフィアが、自分から此処に来た事に、キャロルは驚きながらも声をかける。
因みにフィロソフィアからキャロルに会いに行かない理由は、キャロルが会うたびに訓練を迫って来るからである。
「宰相から、王女が逃走したので捕まえてきて欲しいと、頼まれまして」
キャロルはブスっとした表情を浮かべ、愚痴を溢す。だが、素直に捕まるほどキャロルは真面目ではない。
「入学準備のあいさつ回りなど時間の無駄であろう。兄上も健在だし、弟もその内生まれるのだから、多少自由にしていても構わないだろう」
「一応王女なのですから、向こうに行く前位は王族らしい振る舞いをしていただきたいとの事です」
「どうだがな。私もソフィアも爪弾き者のだから、放って置けばよいのに」
「私と王女様では立場や理由が違うではありませんか。さあ、お帰りはあちらですよ」
フィロソフィアは言動では敬っているが、態度ではさっさと帰れと手を振る。
「爪弾きって何かやらかしたんですか?」
二人の会話を聞いていたリオは聞くのはどうかと思ったが、キャロルの爪弾き者と言う言葉を聞いて、気になってしまった。
「リオはそこら辺の内情は知らないのですね。私は幼い頃に魔力を暴走させてしまい、山を2つ程更地にしてしまいまして、少々他の貴族方に嫌われてしまってるみたいなのです」
「強すぎる力は尊敬ではなく畏怖となる古典的な例だったな」
リオからしたら山2つ位で済んで良かったなとしか言えなかった。
転生する前の状態なら大陸が海に沈んだとしても可笑しくない。
それどころか、この前のフィロソフィアが放った魔法ですら、この国が更地となる可能性はあった。
「こちらの王女様はお披露目の時に、他国の貴族の息子を殴った後に王様の顔をぶん殴りまして、その後の扱いは私と似たり寄ったりになります」
「あの腐れ貴族と、なよなよしい父上が悪い」
「私もその場に居ましたが、あれは引きましたわ」
当時の事を思い出したのか、フィロソフィアはキャロルから視線を逸らす。
殴ったと言っているが、実際は馬乗りとなって顎が外れるほど殴り、王に対しては鳩尾に右ストレートを叩きこみ。その場で膝を着かせるほどの暴れようだった。
リオは何故そんな問題児が集って来るのか、己の運の無さを恨む。
「さて、王女もといキャロル様の件はこれで終わりでして、リオにも宰相から言付を頂いてきています」
「まあ、私は帰らないがな」
リオはキャロルの事は一旦置いといて、フィロソフィアに続きを尋ねる。
「先ずは確認ですが、学園都市は知っていますか?」
「多種多様な学園が複数集まってる都市だろ? 一定年齢以上の子供を平民貴族問わず勉強させる場所と本には書いてあったな」
「付け加えるのでしたら、一定水準以上の知識又は魔力を持つ、十二歳以上の子息となりますわ」
「それで? 俺と何か関係があるのか?」
リオはフィロソフィアが言いたい事を、いまいち理解できずに首を傾げる。
だが、それを隣で聞いているキャロルは何となくフィロソフィアが言わんとしている事が分かり、口角を上げる。
「宰相は、学園はどれでも良いので、世間を学ぶついでに、学園都市に入学しろとの事です」
「入学しろって俺は………若いんだよな~」
リオは、正確な年齢は分からないが、大体十歳前後位まで自分が若返っていたことを思い出す。
それを考えれば入学自体は出来るだろうが、その一定水準の知識は何とかなるかもしれないが、魔力の方はどうしようもない。
「魔法とか使えないし、魔力測定とか変な数字しか出ないぞ?」
「まて、貴様は魔法が使えないくせにあれだけ強いのか?」
リオの何気ない一言にキャロルは反応して呆けた表情を浮かべる。
キャロルはリオが魔力が少ない分を身体強化に回していると思っていた。
今思えば戦ってる最中にリオから感じる魔力が全く変わっていなかったなと思う。
確かにリオは一般的に言われている魔法は使えないのだが、身体強化擬きの事は出来る。だが、キャロル相手の時は純粋な身体能力で戦っていた。
フィロソフィアはリオに絡むキャロルを叩いて黙らせ、続きを話す。
「世間勉強が基本になるので、魔力についてはあっても無くても大丈夫でしょう。魔力無しの方もそれなりに居ますからね」
リオはどうするかと悩む。言われた通りに学園都市に行くのは構わないのだが、裏がありそうで怖い。
このままアッシュの屋敷でお世話になるのは心苦しいものもあるので、ありがたい話ではある。
だが、この話はアッシュが宰相に話を通し、それを聞いたフィロソフィアが根回しを既にしている。
仮にここでリオが断ったとしてもこの話を聞いているキャロルがどうにかするだろうと言う打算の元で、フィロソフィアはこのタイミングで話を切り出したのだ。
更に、既にリオが入学する……させる学園も決まっており、蜘蛛の糸に絡め捕られた蝶の様に、逃げられない状態になっている。
そんな事を露とも知らないリオは、懸命に悩むのであった。
「ふん。貴様が悩んだ所で、その力を知っている私がここに居るのだから、学園には来てもらうぞ」
フィロソフィアに叩かれた頭を押さえながら、キャロルは事も無さげに話す。
「まあ、行きたい理由も、行きたくない理由も特に無いですからね」
だが、この二人とは別の所には行きたいけどなと、ぼそりとつぶやく。
「決断して頂き何よりですわ。詳細は後程となりますので今日はこんな所ですね」
「ならさっさと帰れ。それと、宰相には・・・・・・」
「分かりましたわ。ちなみに・・・・・・」
キャロルとフィロソフィアはこそこそと話し、互いにニヤリと笑いあう。
その様子を見ていたリオは嫌な予感はするものの、何も口にすることは無い。
「さて、私は帰りますので失礼しますわ」
フィロソフィアは一礼し、キャロルの首根っこを掴んで屋敷の門の方に向かって歩き出す。
キャロルは逃れようともがくが、何時の間にか両腕がフィロソフィアの魔法によって拘束されており、逃れる事が出来なかった。
リオはついでだし少し技の練習をしてから戻ろうかなと、先程の事は全て忘れる事にした。
キャロルが置いて行った木剣を左手に持ち、双剣の鍛錬を始める。
基本は片手か、両手で一本の剣を使っているのだが、折角なので双剣でも戦えるようにしとこうかなと、言う軽い気持ちであった。
別に双剣の練習をしたからどうのと言う事は無く、単純に双剣って何か格好が良い気がすると言う、若さゆえの考えである。
流石に一朝一夕でものに成程ではないが、知識としては双剣での戦い方を知っているリオは、多少四苦八苦しながらメイドが声を掛けて来るまで、双剣の練習を続けるのであった。