魔剣士アディ 前編
夜の寝所は海のよう、焚かれた香も甘い。人であった頃には見えなかった両目は今も見えはしないが、主によって額に埋められた魔石のおかげでどこまでも見通せた。
それでも、時に返って不自由な気はした。盲目であった頃に知っていた。音だけの世界。匂いの濃さ。肌の刺激。味わいさえも。
今は一段色褪せた。それは人間の感覚と魔族の感覚の違いであるのかもしれない。
「イエーラ・・」
隣で眠る『作り物の』恋人の素肌の背中を撫でる。可愛い人。本当の彼女の記憶はどこか霞の向こうにあった。
このイエーラは、安心した顔で眠っていた。
歌いたい衝動に駆られる。自分はかつて吟遊詩人であったらしい。だが声を絞っても、苦痛なだけでもう歌えはしない。主によると『神罰』らしい。
何の罰だというのだろう?
地獄での苦痛は朧気に覚えている。共に苦しんだ今は遠い彼女のことも。
神は私達に滅び続けることを強いている。私には愛がある。だから、
「!」
1つだけ灯していた緑の火の燭台の炎が消えた。
「アディ嬢」
鳥とガラクタを合わせたような姿の伯爵級の悪魔、『エウドゥルエ』が寝所に現れた。
「ル・ケブ州のグリムツリーがそろそろ掃討されるようだ。故郷だ。挨拶くらいはしてはどうか?」
「エウドゥルエっ、寝所に断りも無く!」
目覚めた私のイエーラは、背に翼を生やして威嚇した。
「クェ?」
小馬鹿にしたようにガラクタのような首を傾げてみせるエウドゥルエ。
私は夜着を胸元に引き寄せながら、益々殺気立った私のイエーラを片手を上げて制する。
「ル・ケブ州・・行きたい気はしないな」
「記憶の整合性だろう」
「・・半端に記憶を残したのはなんのつもりだ?」
「消せる物でもなし、主の『戯れ』もある」
「ハッ」
私は嗤って夜着を纏い、イエーラの腕をそっと解いて、ベッドから降りた。全ての燭台に火が灯る。目元だけを隠す仮面を虚空から出し身に付ける。額の魔石の視界が安定した。
「そこで、何を滅ぼせばいい?」
「ちょうどいいのがいる。嬢が行かねば嘘になるくらいさ、クククククッッ」
私の寝所を内包する、二百の大型飛行艦を従える超大型魔軍旗艦『アッシュロア』に、エウドゥルエの不快な忍び笑いが響いていた。
蟹っ! 淡水じゃない。海の蟹だ! 体内でアルコールを生成する珍味種、『ドランククラブ・西海種』の料理がギルドの会食室のテーブルにどどーんっ! と盛られていた。
「さぁ、遠慮なくどうぞぉ!」
「いっただきじゃあっ、プーン!」
細目のヒロシは進めたが、素直に食べだしたのはタデモリ神だけだった。
「タデモリ神、ちょっと待って下さいっ。というかなんでいるんですか?」
「蟹スプーン使うじゃろ?」
「ぐっ」
言い返せないっ。会食室にはヒロシとタデモリ神の他に、私のミカゲ隊とディンタン隊がいた。
タデモリ神はまぁいっか・・
「ヒロシ! またヤバいヤツを私達に振るつもりでしょ?」
「残りの残量物コアの5体、全て厄介ですよ? 今、残ってるギルド隊員で、決定力のある隊は限られてもいます。例えばミカゲ隊とディンタン隊」
「蟹で釣る気かYO?」
タデモリ神は既にモリモリドランククラブを食べてるけど。
「手強いと言っても、状況としてはもう物量が利くフェーズです。撃破後、4日間の休暇も保証しましょう」
細目で営業スマイルしてくるヒロシ! 私達は顔を見合わせた。
「プン! 休暇を報酬にように言っておる。ブラック職場あるあるじゃっ」
蟹の鋏を片手にタデモリ神が言い、私達はげんなりするしかなかった・・
実際、5体のコアに対して残りのギルド隊員約120名で挑めるので物量は利いた段取りだった。
活性化を考慮して、同時期に2体攻めなきゃならなかったけど、それでも約60人で討伐大隊を組める。
「期待した程は警察の魔工特殊機動課の連中は噛んでくれないか」
魔工特殊機動課の飛行艦から、防寒服を着込んだ他の隊員達とゾロゾロと降りながら、マリマリーが6月なのに雪が降ってる空をチラっと見てボヤいた。
ボヤきなかやらも足元が悪かったからタラップから降りる時に手を貸してくれたけど。
ここはスプリングウッド市の北東、グリーンベース5近くの渓谷近くの台地。
ターゲットのコア個体『冬甲羅』はこの谷の奥の凍結地帯にいる。結構離れているけど既にあちこち凍結していた。空も凍えてる。
「ありがと」
「ケムん」
マフィア対策の済んだ警察は、活発になってる邪教徒の対策に奔走している国の諜報機関のフォローで忙しいみたい。
「冬甲羅に爆撃か、援護砲撃くらいはやってもらいたいがな」
「他と同じです、既に対空と遠距離砲戦を学習されてます。初期に軍がはしゃいで大雑把な対応するからですよ」
「まぁいつも通り、どーんっ! 行こうぜっ。セイホーっ!!」
取り敢えず今日もいい調子のディンタン。コア狩りも終わりも見えてきたし、この間、『叔母さん』にもなったしっ。もう一頑張りするっきゃないね!
というワケで約2時間後! バキバキに凍った川を上った谷の深部っ! 氷塊と水苔型コアと一体化した超巨大な蟹型のモンスターっ、冬甲羅と私達は対峙していた。
「ゴモォオオォーーッッッ!!!!」
吠えて、焼けて崩れた岩の山を再び凍結しながら身を起こす冬甲羅っ!! 全身の甲羅にヒビは入った!
「魔法隊の『コメットストライク×2』っ! 効いてるみたいだYOっ!!」
「1番隊っ! お願いっ!!」
「オーッ!!」
先行の火力と素早さの有るメンバー選抜の1番隊10名が突貫してくれたっ。支援の3番隊から補助魔法のバフも掛けてもらってる!
「2番隊援護だYOっ!!」
物理遠距離攻撃型の選抜6名の2番隊が、冬甲羅が1番隊に放った『凍り付く無数の泡沫』を破壊し、冬甲羅本体も牽制するっ!
1番隊が冬甲羅に取り付いた! 重打撃型選抜7名の4番隊も弱体化待ちで後に控えている。これが今回前線で組めた私達以外の最大戦力! 他のメンバーは回復隊とこれまでの道中の露払い担当。
物量で勝つよっ!
「ミカゲ、1番隊そろそろだ。武器の破損が多い」
「うん、信号っ!」
ゼンの助言に素直に従って、2番隊に冬甲羅に当てる勢いで前方に信号弾を撃ってもらった。
「4番隊っ! 差し替えだYOっ!!」
「ウォーーッッ!!!!」
3番隊から補助魔法を受けつつ、4番隊は守備体勢で間合いを取り出した1番隊と入れ替わった! 下がった1番隊は回復隊がケアする。
1番隊は全体的にダメージを蓄積してくれたけど、特に左目と左の大きな鋏を破壊してくれていた。
「2番隊! 右目と右の鋏は用心深くなってます! 足を潰して下さいっ!」
パルシーの指示に従って、2番隊は大体地面で戦う4番隊に気を付けつつ、隙の多い冬甲羅の足を狙って破壊しだした! 動きがかなり鈍くなる。
「・・4番隊は動き遅い。相手が慣れてきてんな! ミカゲ! ディンタン!」
「うん!」
「よっし! 2番隊! 後は任せろだYOっ!!」
私達は構えた。
「派手に頼むぜっ!」
「ホノカ神の加護をっ!!」
2番隊が信号弾を前方に撃ち、3番隊は私達に炎の護り『ヒートスケイル』の魔法と魔力強化の『マナ・ブースト』の魔法を掛けてくれた。
私達は凍った岩陰から飛び出し、2番隊の援護射撃を受けながら接近! 4番隊と交代して全面に出た! ただし、マティ3世を背負ったゼンは一段下がってる。
凄い冷気!! 1番隊と4番隊が思った程は押せなかったのは『接近するだけでキツい』からかっ。
「『メガ・マナ・エクスプロージョン』っ!!」
マティちゃんが特大の魔力の爆発を冬甲羅に放ってら既にボロボロだった『口』を崩壊させ泡のブレスを封じ、体勢も崩した!
「スキル、『フレアバレット・ホーミング』っ!」
仰け反ってる冬甲羅の残る右目を追尾する灼熱の弾丸で粉砕するゼンっ!
冬甲羅は苦しみ、当てずっぽうに冷気を纏った右の鋏を振り払ったけど、私達は難なく躱した。
「スキル、『ブリンク巨人・俺相撲』っ!!」
巨大な仮面人形の分身を2体出現させて冬甲羅の右の鋏と巨体を抑え付けるディンタン!
「真・デク3号!『申し訳ございません、本来目的以外での御使用は当社では責任を負いかねますので一昨日来やがれでございますパンチ』っ!!」
飛行するゴリラ型マシンゴーレムに乗るパルシーは、ゴーレムに両腕を撃ちださせ、右の鋏と胴体に命中した両拳は凄まじい振動を発生させてヒビだらけの右の鋏を砕き、胴体と氷塊の中の水苔のコアに損傷を与えた!
「抜刀っ!『桜辻・刹那』っ!!」
私はナマクラ・薄紅の刀身を解放し、光の花吹雪を緩急を付けて駆け、一気に冬甲羅の頭上まで上がった!
これに冬甲羅の背の水苔のコアに目玉が露出して、私を捉え、氷塊から無数の氷の槍を撃とうとしたけど、
「スキル、『麒麟・荒駆け』っ!」
マリマリーが圧縮して真空の刃を纏って旋回して飛び込んできて、射出前な全ての氷の槍を砕いてくれた!
「オールファウンテンシールド!! 茄子ボムっ!!」
私は刀に霊水の渦を纏いつつ、茄子ボムを数十けし掛けて水苔のコアを覆う氷塊を弾き飛ばしたっ。
「スキル、『オロチ櫻・華車』・・っ!」
光の花吹雪を蹴って急降下し、霊水と光の花弁で逆巻く刀を手に旋回する!! 近付く程増す冷気を切り裂いて進むっ!
「『根打ち』っ!!!」
再び氷塊で身を護ろうとした水苔のコアを氷ごと叩き切り、勢いのまま腹の下まで飛びだして、地面に激突する前に光の花弁を蹴って冬甲羅の前方に飛び抜けた。
「ゴモォオォ・・・ッッッ」
冬甲羅は満開の光の花弁と化して消滅していった。
後ろで他の隊の皆の歓声が上がり、私も、仲間達も一安心した。
その時! 左手の青い腕時計のオールファウンテンシールドが光って反応し、直感的に私は『頭上から、避けても捉えられ、バフの解かれたナマクラ・薄紅ではガードも不可能な攻撃が来る』っ! と理解した。
「っ!」
私は必死で刀を捨て、代わりにウワバミのバックルから魔力だけで取り出した『オリハルコンスプーン』を巨大化させて真上にやって両手で構え、全身に魔力を通したっ。次の瞬間、
衝撃っっ!!!!!
地面が割れる程っ! 斬撃だっ!! 闇の属性っっ?
「ミカゲっ!」
マリマリーとディンタンが飛び付いてくれると、『相手』は飛び退き(なんか香水のいい匂いがした!)、ゼンの銃撃とマティ3世の攻撃魔法の追い撃ちを大剣で払い、パルシーが攻撃させようとしたマシンゴーレムには斬撃の衝撃を放って両断して爆発させて、パルシーを慌てさせた。
「なんだ、その『無駄に硬いスプーン』は? ふざけているのか」
その額に魔石を埋め込み、ドレスのような妖しい鎧を着た大剣使いの女性は、目元を隠す仮面を被っていた。それでも私達は彼女を知っている!
「アディ・・さん?」
死霊イエーラさんの愛した人、盲目の吟遊詩人。
「取るに足らない雑魚がワケ知り顔だな」
アディさんは半面を取って、見えているのかいないのかわからない紅い瞳を晒した。記憶の世界と印象違うけど、生で見ると凄い美人だぁっ。
「・・不愉快なヤツら!!」
アディさんの影が拡がり、そこから数百の魔族達が溢れ出した!!!
「嘘ぉっ?!」
私はまだ痺れてる両手で、取り敢えずオリハルコンスプーンを構えたっ。プライバシーの問題だったかも??