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グリーンベース2の休日

6月、産院の分娩室前の廊下の長椅子でオータムゴールド家一同と、間に合ったお姉ちゃんのお婿さんの家の人達はハラハラとしていた。

私もマティ3世を膝に抱えて緊張してる。と、マティちゃんが片頬の触手を伸ばして私の頬をつついて見上げきた。


「うん、大丈夫だよね?」


「ケムん」


私はマティちゃんの頭と背を撫でて自分の気持ちも落ち着かせた。

やがて、


「オギャーっ! オギャーっ!!」


分娩室から元気な赤ん坊の泣き声が聴こえてきて、私達は、わっと喜び合った・・



『グリーンベース2』はかなり古い、元はスプリングウッドが占有していたらしい野外農業拠点。何しろモンスターがいるから広大な農地も魔除けの障壁とかで囲わないとやってけないんだ。

休暇が取れた私のミカゲ隊とディンタン隊、それからパッと見は人間やエルフに化けたスプリングウッドの『神様達』はここへ羽を伸ばしに来ていた。


「お姉さん、良かったね」


観光用の屋根に(ひさし)が有って、超ゆっくり走る魔工バスの向かい合った座席で、私服のマリマリーが言った。

雨季だから雨が降ってるけど、風が大人しいから窓は開けてる。

延々続く畑や牧場が、雨で霞んで夢の中みたい。


「うん! 母子共に健康っ。先に休み取っちゃってごめんね」


以前は仕事のタイミング次第、って思ってたけど、命のやり取りをしだしたら、どうしても出産に立ち会いたくなっちゃって。


「いいよ。2日間だけだし、あたしは討伐済みエリアの掃討だけ。ディンタン達もサポートだけだ」


「ヒロシ、最近ギルドの離脱率上がってきちゃってるから気を遣ってるよね」


「そりゃそうよ。急に集めてさ、寝た子を起こしてさ、もっと苦労すればいいんだよ」


雨の向こうの淡水水産養殖場の方をスッと目を細めて見たマリマリーは、肘掛け収納テーブルの上に置いたサービスドリンクを飲んだ。

私もサービススナックの厚切りポテトチップスを1枚噛った。


「っ?! 美味しっ」


びっくりする程新鮮な芋!

車内では、


「何も持ってきていませんよ? 雨季ですし、貴女はそこら辺を走って発散してはどうですか?」


「ゲコォ~・・」


マブカ神がパルシーにしつこく絡んでちょっと怒られてたり、


「ホノカ神っ! ババを引くのじゃっ、引くのじゃ! プーンっ」


「うるさいなぁっ、普通にできないんですかっ?」


「ケムぅ」


「まぁ、次で俺は上がりですよ?」


ゼンとマティ3世とホノカ神様とタデモリ神がトランプ遊びしてたり、


「俺! 野菜っ、マジベジカロチンっ、YO! YO!」


「茄子でナスっ! 茄子でナスっ! テンジクテンジクっ、oh、HEAVENっ!!」


ディンタンとテンジクカ神がラップ対決してたりしていて、それなりに騒がしかった。



老舗ホテル『ロイヤルメルメル』、私の元就職先でオータムゴールド家とは縁が深いワリャー家が代々経営している。私達の宿泊先だ。


「ミカゲ! 心配したよっ」


皆でチェックインしてると、身長180センチメートル近い、褐色の肌でガッチリした体型のロイヤルメルメルのオーナーの娘、ミリカルが私に飛び付いてきた!

身体も大きいけど胸も特大だから、抱き付かれた時にバインっ! ってなるっ。


「あぶぅっ?」


「こんな小さいのにっ! 魔物をバンバン倒してるんだって? 信じられないっ。ウチの家系は初代が護身の範囲の技以外を伝えないことにしちゃったからさぁっ、こんな図体なのに役立てなくて! ほんとにっっ」


泣き出すミリカルだったけど、


「むっくっっ、苦しい! ミリカル、死ぬ」


バインバインで呼吸がっ。


「あ、ごめんごめん! 私、雑でさぁ」


ミリカルは肩はガッチリ掴んだまま、どうにか離してくれた。


「ぷはっ」


「おほんっ!」


マリマリーが咳払いして私とミリカルを完全に離した。


「ウチのリーダーが世話になったね! 部屋に案内してくれるっ?」


「ああ勿論! ウチは部屋も! お風呂も! 料理も! 最高だよっ?」


私達はそれぞれの部屋に案内されて一息ついた。部屋は女子とホノカ神様。男子。あとは三神がそれぞれの部屋を取ってた。



着いたのが午前中だったから早速風呂に入って、マブカ神がスタイルを誇った側からお風呂でも匙兜を被ってるタデモリ神が「ワシの腹肉の方が面白い!」とポッチャリお腹で腹踊りを踊って女子メンを爆笑させたりして、上がってから昼食になった。


「お~! コレコレっ。私も作ってたっ!」


ロイヤルメルメルの昼食は、自社飼育のメルメル鶏と淡水魚、野菜とフルーツと穀類と乳製品をふんだんに使ったボリュームはあるけどあっさりした味付けの素朴な料理! 私、見習いしてたんだぁ。


「ミカゲ、平和になったらいつでも厨房に戻ってきてね! ほんとにっ、ううっっ」


服のサイズ合ってるのかな? っていうコック服で、ミリカルはまた泣き出してしまった。

ミリカルの家は代々、情が濃いみたい。



昼食の後、私は1人で昔の同僚や経営者の方々やたまたま居合わせた馴染みのお客様に挨拶して回り、1回自分でも使ってみたかったロビーラウンジでちょっとお高い上等な旨味の強いコーヒーを(美味しいけど毎日飲むのはちょっと濃いかも?)と思いつつ、1杯飲んだ。


「ふぅ・・満足。さてと」


確か、マティ3世とマリマリーとホノカ神様は民芸品屋に寄った後でギャラリーに行くって言ってた。私も行ってみよう。

向かってみると、6月は『旧荘園作家展』だった。


「おお~、結構本格的」


統一感は無いけど、絵画に陶芸に創作立体造形に様々! 所狭しとホテルのギャラリースペースに並んでた。

グリーンベース2には昔、貴族の共同荘園が有って、今は別荘地や少数対応の高級ホテルが並ぶエリアになってる。

貴族の人達は権利はまだ持ってるみたいで、アート好きの貴族関係の人が結構住み付いて創作活動してたりするんだ。

ホテルもお愛想だけで場所は提供できないから、ちゃんと選考してるみたいだったけど。


「ミカゲちゃん」


頭にマティちゃんを乗せたホノカ神がこっそり呼んできた。近くにマリマリーもいて片手を上げて合図してきた。私は小走りに近付いた。


「ただの金持ちの暇潰しかと思ったらわりとちゃんとしてんな」


「本格的な暇潰しですね」


「しかし、そこはかとなく金満な臭いがするケム・・」


「どだろねぇ」


私は暫く一緒に見てたけど、なんだかお金持ちのアートより、他のメンバーが何してるか気になって、探しにゆくことにした。

パルシーの居所は知り合いの従業員から聞いてた。



雨の中、ホテルの本館近くのガレージ棟に魔工カートを借りて向かう。パルシーがいるのはここの魔工農機のガレージ。

行ってみると、繋ぎを着たパルシーが、小型の作業補助マシンゴーレムを数体召喚して手伝わせながら、ホテル系列の農園で使う魔工農機の整備をしていた。

魔工カートを降りて近付いて、油まみれで働くパルシーにちょっと笑ってしまった。


「パルシー、バイト? 休暇で来てるんだよ?」


「言ってませんでしたかね? 意外と僕は機械イジりが好きなんですよ」


「意外じゃないけどね!」


「ふふん、・・魔工3番スパナ」


「ゲコ」


パルシーが何気無く言うと、魔工農機の陰から同じく繋ぎをちょっとセクシーに着こなしてやっぱり油まみれのマブカ神がスパナをパルシーに差し出した。


「あら~、デート中だった?」


「そうゲコ」


「違いますよ?」


「お邪魔しました~。あ、ディンタンとかゼン知らない?」


カートに乗り直しながら聞いてみた。


「ディンタンならラップ対決で負けたからテンジクカ神に温室でなんか作業手伝わされてましたよ?」


「あれ、勝敗あったんだ??」


ラップってどうやったら『勝ち』になるんだろ??



温室はガレージから少し農道を進んだ先にあるから、雨降ってるし、魔工カート借りてなかったら諦めてホテルに引き返すところだったよ。

農具を持った『茄子マン』が温室の1つに入っていってから目星は付いた。

前に魔工カートを停めて、中に入ると・・


「嘘ぉっ?!」


広々とした細長い温室の畑を100体以上の茄子マン達が耕していたっ! その中にディンタンもいたっ。


「ほれディンタンっ! そんなへっぴり腰では茄子は育てられんナス!!」


テンジクカ神に監督されてるディンタンっ。


「何してんのディンタン?」


「ミカゲっ! 不正なんだYOっ! ラップ対決の審査員が全員茄子マンで・・ううっ」


涙目のディンタン。


「・・なんか面白いから、よしっ!」


「ミカゲ?!」


私はとっとと退散することにした。


「あ、そうだ。ゼン知らない?」


「え? 知らないYO・・」


「あの者ならタデモリ神の挙動が不審であるとホテル側がうるさいゆえ、お目付け役を引き受けさせられたようであるナス!」


「あちゃ~」


それもなんか面白そう。私は行ってみることにした。



ホテルスタッフに何人か詳しめに聞いてみると、どうもタデモリ神は古い食器をしまってる倉庫に行ったみたい。


「もう大体想像がついたよ・・」


私は呟いて、倉庫に向かった。


「なんじゃーっ?! こんなプレミアムな匙がっ?? おぅっ、これはっ! 錆びとるっっ、プププ~ンっっ!! わかっておらんのじゃっ!」


人気の無い倉庫の『匙』のエリアで、タデモリ神は様々な古い匙の入った箱を開けては1人でワーワー騒いでいた。

回りでは匙人間達が匙の箱の整理をしつつ、レアな箱をタデモリ神の側に積む作業を淡々としていた。

ゼンはその側に置いた警察の取り調べ室にありそうの机で『ドライブガン・BIS』を解体して手入れしていた。


「ゼン、お疲れ~」


「ああ、じっくりとは整備できてなかったから、ちょうどいい」


ゼンらしい反応。


「タデモリ神様もお疲れ様です~。じゃ、私はこれで」


三神の中で一番『絡まれる率』の高い人だからねっ。

私が予想通りの様子に満足して、そ~っと、その場を立ち去ろうとすると、


「ミカゲ・オータムゴールド!」


「えっ?!」


いきなりタデモリ神に呼び止められてギョッとした。


「ププーン!」


タデモリ神は虚空から『光る匙』を出現させると、操って、私の元にパスしてきた!


「匙??」


「それは『オリハルコンスプーン』じゃ! めちゃ硬く! 大きさも自在じゃ。上手く使うのじゃっ」


「あ、えーと。ありがとうございます。でもどうして?」


「お前達の振る舞いにより『徳』が貯まったのじゃ。徳が貯まれば神力(しんりき)を与えねばならぬっ! それだけのことっ、わかったかっ? プーンっ!!」


「はぁ・・」


温かい、うっすら輝く金のスプーンを手にゼンを見ると、肩を竦められちゃったよ・・。



2日後、ずっと雨だったけど、すっかりリラックスしてお土産もたくさん買った私達はロビーでミリカルにお見送りされていた。


「ミカゲ~っ!! 無理しないでねっ?!」


「おぶっ!」


またバインバインハグっ!! 苦しいし、マリマリーの機嫌が悪くなっちゃうから、私は自力で顔と身体を捻り、小柄さを生かして圧迫! から抜けだした。


「あれ?」


「ふう~っ、・・ミリカル! またねっ!!」


「うん!」


こうして私達はホテル・ロイヤルメルメルを後にして、休暇を終えたのだった。

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