来襲っ! タデモリ神様っ!!
ホノカ神様が出した『乗れる雲』に乗って、私達同中メンバーはスプリングウッド市上空を飛んでいた!
「ほぉ~っ!」
「凄ぇっ!」
「YOっ!」
「ケムんっ!」
夕闇が濃くなってきた眼下の街ではブロッサムカーニバルの『夜のパレード』が始まってる。装飾された『桜車』と呼ばれる車輪の付いた屋台と、桜の精やその眷属に仮装した人々が楽隊と共にパレードを構成する。
魔工灯を持ったり取り付けたりしているから上空から見ると光の川のみたい。
下では花弁も盛んに撒かれているんだろね。
「まだグリムツリーは退治できてませんが、客足が随分戻ってきたみたいでわたくしは嬉しいです!」
地味な格好のエルフの子供に変装したままのホノカ神は楽しげに地上を見下ろしていた。
「5年も交戦していれば日常でしょう」
ゼンが冷静なことを言うので苦笑するホノカ神様。
「・・ん~」
トイレの鏡でも確認したけど、私はふとまた気になって魔工懐中電灯と手鏡で自分の額を見てみた。今は何も見えない。
「ディンタン、おでこ」
「聖印か? タトゥーみたいにゃなってないみたいだぜ」
と言いつつ、前髪を上げておでこを出してくれたので、魔工懐中電灯で確認する。確かにディンタンの狭いおでこにも何も見えなかった。
「あの」
パルシーがスッと直角に挙手した。
「はい、パルシー君」
「どうも、ホノカ神様。他の神様と争ってるというのはどういった状況なんでしょうか?」
ホノカ神様は一転、可愛い顔を劇画タッチに険しくした。
「そこはわたしも『三神』の方々の出方を見ているところですが、確実に仕掛けてはくると思います! 皆さん、覚悟していて下さいねっ?」
「・・・」
覚悟と言われてもどうしろと?? というか三神って、3人? 仲悪い神様方がいらっしゃるの??
「とにかく、今はミカゲちゃんの家にわたくしの旧人格が預けたフェアリーコインを回収に向かいましょう! 戦力拡充ですっ。それっ!」
ホノカ神様は乗れる雲を加速させた!
「わ~っ?!!」
私達は私の実家で老舗旅館の一角騾馬に向けてぶっ飛んでいった。
保護林の神殿付きの旅館の玄関前にお爺ちゃんが待ち構えてた。小さい木箱を持っている。
ホノカ神様が乗れる雲を操って着陸させると、お爺ちゃんは片膝をついてホノカ神様に礼をした。
「かしこみ、かしこみ、よくぞいらっしゃいましたホノカ神様」
「フルヒコ(お爺ちゃんね)さん、そこまでしなくてよいです。今夜、そのフェアリーコインを回収して、ミカゲちゃんの力としにきただけですから」
私、さらに強化されちゃうの?! どうしよ、腕にドリルとか付けられたら??
「はっ、こちらに」
お爺ちゃんが木箱を差し出すと、ホノカ神様はそれをふわり、と操って私の手元に送った。手に取ると、一瞬箱が光って温かい、ホノカ神様や『ナマクラ・薄紅』を手に取った時に近い感覚を感じた。
「ミカゲ、しっかりと一族の務めを果たすのだよ」
お爺ちゃんが片膝をついたまま真剣に言ってきた。
「うん・・正直、ピンときてないけど、私、やってみる!」
「うむ」
「では、神殿裏手の『花の泉』に向かいましょう!」
「あ、そうなんですか? なんでだろ??」
「ケムぅ」
「いいからいいから~。ではフルヒコさん、永くフェアリーコインを守ってくれてありがとう!」
「はい、確かに」
ホノカ神様は再び乗れる雲を、樹上すれすれくらいの高度に上げて、一気に神殿裏手の花の泉と呼ばれる古い泉に向かわせた。結構運転すると強気になるタイプだね、ホノカ神様!
桜の花弁がどこからか飛んでくる、花の泉は水を祀る祠のある小さな泉。排水溝も意外としっかり整備されてる。理由はわからないけど年に一度、おがくずと木灰と砂をお供えする伝統があるんだ。
この泉は水の力が強くて、数年に一度、数体の『水の小妖精』か1体の『水の精霊』がここから生まれるのが好例だったらしいけど、ここ20年は1体も何も現れず、水の力蓄えてる。
だから力が溢れそうで、今も夕闇の中で青く、わずかに発光していた。
「うんっ、力が、いっぱい溜まってるね! ミカゲちゃん、フェアリーコインを花の泉に!」
「はぁ・・」
私は頭の上のマティ3世が触手で封の紐を解いてくれた木箱をまず開けた。
「わぁ」
「お宝だYO」
「綺麗だなぁ」
「レア素材ですね」
「美しい」
それはコインというより青い宝石でできた『鍵』のような物だった。うっすら輝き、生きてるみたい。
「そのフェアリーコインには『幸運』の力が与えられていますが、この泉に投じればさらに水の加護を得て、さらなる奇跡を起こすでしょう! さぁっ、フェアリーコインを泉に!」
グイグイ来るホノカ神様っ。
「はいっ。じゃあ、入れちゃうよ?」
「今こそ、祝福が果たされる刻ケムっ!」
「やっちまえYOっ、ミカゲ!」
「めっちゃ光ってるし、気を付けなよ?」
「うう、よし・・ていっ!」
私は、えいやっ! とフェアリーコインを花の泉に投げ入れた。
すると、青い閃光っ!
「っ?!」
光は泉の中で集まり、1枚の青く美しく輝く板状の物になって泉の上に浮き上がった。それは、気高い竜の鱗のように力に溢れた、大盾だった。
「おおーっ!!」
皆、歓声を上げたけど、
「いや大っきいよ? 私の身長より大きいしっ。私、刀使いっ!」
盾、使わないよっ?
「ふふ、問題ありませんよ? ミカゲちゃん」
ホノカ神様は青い大盾を自分の近くに引き寄せた。
「ふむふむ、『幸運の力』は継承されてますね。これは『オールファウンテンシールド』です。何百年も前に失われた伝説の水の祝福を受けた防具ですよ? 復活しましたか、ほほう・・そして、ちょっと失礼します」
「あっ」
ホノカ神様が片手でちょい、と手招きすると、私が左手首にしていた腕時計が解けて浮き上がってホノカ神様の手元に引き寄せられた。
「これを・・ん~~っっ、ホイっ!!」
オールファウンテンシールドは青い光に変わった私の腕時計に吸収され、私の普通の腕時計は青く輝くゴージャスな時計に変わった!
「これでミカゲちゃんの腕時計はオールファウンテンシールドその物になりました。身に付ければ、わたくしの加護に加え、強力な水の力で身を守ることができます! はい」
ホノカ神様は青くゴージャスに変わった腕時計を操って私の左手首に付け直してくれた。水のパワーを感じる! 私の身体が少し浮き上がり、髪が逆立ってマティ3世も浮き上がらせた!
「ふぁああっ、漲るっ! 今ならっ、自動車と喧嘩しても勝てそうっ!!」
「いや、やめとけYO」
「捕まっちゃうぜ?」
「・・・自動車と喧嘩するのはやめとく」
私は力をセーブして地面に降りた。ホノカ神様はコホンと軽く咳払いし、話を再開した。
「オールファウンテンシールドは問題無さそうですね! わたくしが聖印によってミカゲちゃんとディンタンに与えた力は2つずつ! 1つは単純な神力の付与。グリムツリーの気配を鋭く察知し、その悪影響に対抗し、運気や生命力を上げ、わたくしと交信し易くなります。この力は2人が率いる隊にも付与されます」
む? ホノカ神様、話を纏めに入ってきてるねっ。授業ならテストに出る部分!
「さらにミカゲちゃんに与えたのは封印してるナマクラ・薄紅を『抜刀』する権利! ディンタン君に与えた力は『分身』です。どちら使いこなすのは大変ですが、上手く使って三神の方々の妨害を退け、グリムツリーを駆逐して下さい!」
「はいっ!」
「お任せあれだYOっ!!」
ホノカ神様は私達にニッコリ笑うと桜吹雪を纏い浮き上がった。
「では、わたくしは神殿で少し休ませてもらいます。皆さんに、花咲く幸いのあらんことをっ!」
桜吹雪に掻き消えて、ホノカ神様は神殿の方に飛び去っていった。
私達は顔を見合わせた。
「・・なんか、話がデカくなってねぇか? あ、YOって付けんの忘れた」
「やるだけやってみようよ」
「定めケム」
「豚骨ヌードル食べ損なっちまったね」
「ギルドの訓練期間はたった3日です。力の確認はしておきましょう」
「取り敢えず、ミカゲの旅館でうどんでも頼もう」
「ウチの賄いうどんセット美味しいよぉ?」
そういえば腹ペコだった私達は『とにかくうどん食べよう』で意見が一致し、花の泉を後にした。
夕飯の後、解散し、お爺ちゃんにクレームを入れ、しっかり盆栽を1個裏の林に植え、お風呂に入った私は、マティ3世専用の洗い場(浮くアヒルちゃんとか玩具だらけになってる)で身体を洗ってさっぱりさせたマティちゃんと合流して、自分の部屋に戻った。
魔工灯を点ける。就職するまで使ってた部屋だけど物が少なくなった以外は昔のままの部屋だ。
「あ~、疲れた。そういえば旅館の仕事の引き継ぎどうすんだろ? ま、いっか。もうわからん!」
「ケムぅ~」
私はタオルを首に掛けたまま、学習机の前にどっかりと座り、私の部屋のベッドでうつ伏せになって少女漫画を読みながら袋入りポテトチップスを食べているホノカ神様と目が合った。
「おふぅっ?! ホノカ神様っ??」
「ミカゲちゃん今日、お疲れねぇ。わたしも疲れちゃったぁ。ほんとはあと3組くらい加護与えるつもりだったけど、今日はもう無理~」
「何してるんですか?!」
「え? 加護で繋がり強くなったから見えるようになったけど、昔からよく来てたよぉ? ミカゲちゃん、漫画のストックのクオリティ高いよねぇ」
「そうなんだっ・・あ! だから時々覚えの無いお菓子のカスとか包みが部屋に落ちてたんだっ」
「デヘヘっ」
「可愛く笑ってもダメですからねっ? 私、それで5回くらいお姉ちゃんと大喧嘩してますからっ」
「飲み物は溢さないようにしてたからっ」
テヘっ、て感じで舌を出してくるホノカ神様! ぐぅ可愛いけど許さんっ。
「お菓子はテーブルで食べて下さい。ほらぁっ、漫画もポテチの油付いてるじゃないですかぁ!」
「え~? わたし、『小指と薬指でページを捲る技』得意なんだけどなぁ?」
「お菓子はテーブル!」
「え~っ」
「神との攻防ケムっ」
それからホノカ神様にテーブルでお菓子を食べてもらうまで、ちょっと喧嘩になりそうになったよっ、ポテチ、ベッドで食べちゃダメ!
・・・ここは天界、とある三神の浮遊する宮殿。その奥の広間で、フード付きマントを身に付けた三柱の神がポテチでホノカ神と争うミカゲの部屋を映した物見の玉を見ていた。
三神の内、背の高い痩せた一柱が生の茄子を齧って、嗤った。
「ナッスゥーっ! スススッ!! 夜中に部屋に忍び込んで勝手にベッドで油菓子を食べて書物まで汚すとはっ! ホノカ神っ! 不届きなりぃっ!!」
さらにグラマーな体型だが、巻き毛の髪と長い舌を持った一柱も嗤う。
「ゲッコォッ! ゲコゲコゲコッ!! 生意気ですねぇ生意気ですねぇっ! ちょぉぉっっと、地母神様の覚えがめでたいからっていい気になってぇええっ!! 憎々しいですねぇええっ!!!」
残る一柱、小柄だがややふっくらした体型でフードの下の頭によく磨いた匙のような奇妙な兜を被った神も嗤った。
「プーンっ! プププンっ!! はしたないホノカ神があれこれ小細工をしているようじゃがっ、笑止千万っ!! グリムツリー退治のどさくさに紛れぇっ、まずワシがコテンパンにしてくれるのじゃ!! プーンプププンっっ!!!」
匙のような物を被った小柄でややふっくらした体型の神はマントを翻し、無数の『匙』を逆巻かせ、いずこかへと消えていった。
「ナースゥススススッッッ!!!!!」
「ゲーコゲコゲコゲコッッッ!!!!!」
残された二柱の神は嘲笑い続けた。三神の悪だくみを、ホノカ神は知るよしもなかったのだった・・・
ギルドに登録し、ホノカ神様と契約して翌日から3日間、私達はギルドの特別教練所で地獄の特訓に挑むハメになった!
普通に私のお爺ちゃんとお母さん、他の家の子達も親世代や祖父母世代が押し掛けて教官を務める、なんだかよくわからない環境で鍛えに鍛えられた私達!!
ボロボロにされたけど皆結構レベルアップして、私達同中メンバーもレベル8くらいだったのに、終わってみれば全員レベル12に上がっていた。
隊分けは私の隊はマリマリーとマティ3世。ディンタンの隊はパルシーとゼン。という組み合わせになった。
というワケで! 私達は朝も早から、ゼンが運転する軍用魔工四輪駆動車で最初のグリムツリー残留物討伐に向かっていた。
「ゼン、車の運転できていいなぁ」
「自然観測員は移動が多かったから」
「俺っ、魔工バイクの免許は持ってんぜ!」
「あたしは魔工原付だけだなぁ。市内だけだったし」
「僕はマシンゴーレムがあるから魔工キックボードで十分ですね」
「私、自転車ーっ!!」
「ケムぅっ」
オチがついて皆で笑ってる内に危険指定エリアに入った。グリムツリー本体と交戦中のカシナート市南部に近い。
「ステルス結界の出力を上げる。任務と関係無い野良モンスターは避けよう」
軍用車だから凄い結界装置積んでる! ゼンは結界の出力を上げ、ついでに魔工ラジオのスイッチも入れた。
「何か入るかな?」
「俺のラップの魔工カセット持ってくんの忘れたYOっ!」
「吉報だぜっ」
「セイホーっ?」
「州軍のヤツが入るんじゃないですか? 戦意高揚みたいなのは勘弁ですが」
ゼンが野外の荒野を片手ハンドルで器用に走らせながら、周波数を合わせていると、急にストンっと入った。
古い曲だ。知ってる。
「『故郷は帰ってから思い出せ』だ! ウチの旅館、年明けに仕事納めするんだけど、その時に家族でこの曲を演奏する習慣あるんだ!」
「伝統ケム」
「へぇ~」
皆、感心してくれたけど、ディンタンがポツリと呟いた。
「なんか、フラグ立つみたいなタイトルの曲ではあんな・・」
これに誰も、上手く冗談やツッコミで返せなかった。強くなっても、全員本格的な実戦でニュースでやってるような凶悪なモンスターと戦うなんて初めてだったから。
目的地近くに着いた。グリムツリー残留物によって既に滅びた森の中の郷跡だ。助からなかった元住人は倒されていたが、取りこぼした残留物が『コア化』して成長してしまってるらしい。
降りた私達は車のボンネットに地図と資料を拡げた。
「郷跡の森からの出入り口は2ヵ所。相手は植物なんで森の中で戦ってしまうと収拾が着かなく恐れがあります。やはりアスファルトの道路のあるの2ヵ所から攻めるべきでしょう」
地図見るの苦手だから実は現在地と方角を把握するのも大変だけど、『わかってる顔』で地図を見る私。
「しかし二車線ですが田舎の道で、狭いです。どちらか片方で戦ってしまうとお互い邪魔になって火力が出せず、相手の物量に押されてしまうと想定されます」
「2隊に分けるべきだね。車と別に離脱用のマシンゴーレムあるんだろ?」
「勿論! 戦闘力は皆無ですが低空飛行できるのでむしろ車両より脱出力は高いです! オート設定してあるので複雑な操縦も不要ですっ」
「なら北側は車の運転のできないミカゲの隊がいいだろう」
「いいと思う!」
「ただYO、無理することはないぜ? 今日明日倒せなくても今さらな相手だ。ヤバくなったら信号弾撃って即、離脱! チキンでいこうぜっ?」
「だね! 安全第一! 皆でスプリングウッドに帰ろうっ!!」
「ケムんっ」
「了解っ!!」
私達は細かい手筈を整え、私の隊はパルシーが出してくれた鳥みたいな離脱用マシンゴーレムに乗って、郷跡の北側へ回った。
離脱用マシンゴーレムをステルス結界モードで待機させ、私の隊が森に囲まれたボロボロのアスファルトの道路を進んでゆくと、
「えっ??」
潰されてる。道のあちこちに無数の植物モンスターらしき物が何か『とてつもない鈍器』で潰された感じで倒されていた。
「なんだよ? ギルドの手違いで別の隊がもう退治済みってことか?」
「ケムん?」
「でも、郷の中に残留物コアの気配を感じるけど??」
私達が困惑していると、突然! 前方のアスファルトに超高速で金属の柱が突き刺さった!!
「っ!!」
私達は慌てて飛び退いて臨戦態勢を取った。よく見ると、金属の柱は逆さまに突き立てられた巨大な『スプーン』だった!
「スプーン??」
私達が益々困惑していると、シュタッ! とどこからともなく人影が飛来し、巨大スプーンの先端に着地した!
それは小柄でややふっくら体型をした頭に大きなスプーンの先みたいな兜を被った同年代くらいの女の子だったっ。
「プーン! プププン!! ホノカ神にかしずく脆弱な人どもよっ! この匙という匙を司りし『匙の神』タデモリ神に拝謁できたことを誇るがよいのじゃっ!! プーププププっ!!!」
「・・・・っ?!」
これがホノカ神様が言ってた・・・イジメっ子三神の1人?? 私達が戸惑い過ぎてドキドキしていると、
「本来なら作法に乗っ取り、軽くバトってから技を出すところじゃが『尺』の関係でいきなりハメ殺しじゃあっ!!」
尺??
「神力っ!!『スプーンゾーン』っ! 展開じゃあーーーっっ!!!」
匙みたいな兜から奇妙な閃光を放つタデモリ神! 私達は気付くと・・チェーンのカレー屋さんのカウンター席にいたっ?! しかも私とマリマリーは中学の制服を着ていて、マティ3世まで学ランっぽい筒型の布を着せられてる! 武器もウワバミのバックルも全部持ってないよっ!!
「ええーっ?!」
「ケムぅっ??」
「おいっ、客がおかしいぞっ?!」
店内の全てのお客さんが匙の身体を持つ『匙人間』だ! いや、店の外の客まで!! そして席から動けないっ。マティ3世も特性のカウンターの高さの椅子に『置かれて
』動けなかった! 何これぇ??
「はいライカレ大盛りお待ちぃっ!」
私達が混乱していると、目の前に一皿ずつカレーとスプーンと水の入ったコップが凄い速さでババッと置かれた。
「っ?! タデモリ神・・様?」
制服の店員は、頭にこそ匙兜を被っているが紛れもなくタデモリ神だった。
「プーンプププン!!! 気付くのが遅いプーンっ!! さぁっ!『30倍激辛カレー』完食するプーンっ!!」
「30倍??」
「マジかっ?!」
「カレーを完食できればグリムツリー退治の邪魔はせんぞ? むしろちょっと手伝ってやってもよかろう」
「??? なんで、カレー、ですか??」
タデモリ神はカッ! と目を見開いたっ。
「カレーはスプーンで食べるじゃろう?『スプーンで食べる物』それはもはやスプーンの眷属じゃあああーーーっっ!! プーンプププンっっ!!!」
「・・・・っ?!」
強いっ、この人、強い!!!!
私達が驚愕していると、タデモリ神は不意に大きな砂時計をカウンターに置いた。
「この砂時計は5分で尽きる。それまでに完食にできんかったらワシの勝ちで、今日から貴様らはホノカ神ではなくワシの信徒となり、グリムツリー退治の手柄も全部ワシのもんじゃからなっ!! プーンプププンっ!!!」
「嘘ぉっ??」
「くっ、ミカゲっ! 通じる相手じゃないっ、やるっきゃないぜっ!」
「ケムぅっ!」
「もう最悪っ!!」
私達は必死でスプーンで激辛カレーを食べだしたっ。けどっ!
「っ?! 辛ぁああーーーいっっ?!!!」
当然辛かった!
「プププンっ! 水のお代わりは認めんぞぉっ?! ラッキョウと福神漬けが甘露の如く甘かろうっ、じゃがっ! それはトラップじゃっ、その甘さからの辛味のギャップ! 苦しかろう! 苦しかろう!! プププっ!! 当然ラッキョウと福神漬けを残すことは許さんぞっ?! 生卵のトッピングも不可じゃっ! 一切マイルドにさせんっ!! プーンプププン!!!!」
なっ、なんて邪悪な神様だっ!! 日頃何気無く使っていたスプーンの奥底にっ、こんな悪意が潜んでいたなんてっ!!
「辛ーいっ!」
「辛ぇんだよっ!」
「ケム~っ!!」
私達は号泣しながらなんとかなんとかっっ・・・時間内に完食したっ!!!
「・・チッ、食べ切りおったが、やむを得ん。・・スプーンゾーン、解除!」
再びタデモリ神な匙兜が輝き、気が付くと私達は元のアスファルト道路にいた。タデモリ神も変わらず巨大匙の上にいた。
「ふん、幸運の神力で引き寄せおったか」
タデモリ神がつまらなそうに呟くと同時に、郷跡の方から巨大が球根のような怪物が多数の根の触手の脚でアスファルトを叩き割りながらこちらに爆走してきた。残留物の『コア個体』だ!
でもってコア個体には8人くらい? ディンタンが張り付いてるっ!!
「ディンタンっ!!」
「分身してるだけだYOっ!! パルシーとゼンはまだ郷ん中だっ! お前らこんな郷の入り口で何やってんだっ?! こっち大変だったんぞっ! セイホーっ!!」
「ううっ、ごめん! 手伝うからっ! マリマリー! マティっ! ・・え?」
2人はまだ脂汗を書いて道端でへばってる?! 食べ終わったのにっ、なんで??
「悪ぃ、カレーが辛過ぎた・・」
「ケムム・・・」
「嘘ぉ?」
「貴様は水の神器に護られておるから『辛味』の通りが浅いのじゃ。それより来るぞ?」
タデモリ神が言う通り、もう近い! コア個体はポフンっ! と煙と共にディンタンの分身をいくつか消し飛ばしながら迫ってた!
「もう~っ、全体的に最悪っ!!」
私はナマクラ・薄紅を構え、集中した。
「ふぅ~っ・・ナマクラ・薄紅・・抜刀っ!!!」
鎖が千切れ、鞘も光の花弁になって周囲に散り、旋回しだす! 凄いっ!! ホノカ神様の力が溢れるっ!! 圧倒されてしまいそうになるっっ。
「隙が大きいのっ、プン!」
タデモリ神が軽く手を振ると、数十の巨大匙がコア個体の前に突き刺さり、それに激突して突進が一先ず止まり、残り2体になっていたディンタンも衝撃で吹っ飛ばされていった。
「YO~~っ?!!」
「ありがとうございますタデモリ様っ! ハッ!!」
私は光の花吹雪に乗って宙に飛び上がった。刀身が解放されて激しく発光するナマクラ・薄紅を構えるっ!
「スキル・『一本櫻根打ち』っ!!!」
私は光の花吹雪を纏った斬撃をコア個体に打ち込み、真っ二つして全て光の花弁に変えて爆散させたっ!!!!
「勝てたぁ・・・」
私は光の花弁が降り注ぐ中、その場に腰砕けになった。光の花が集まってすぐに鞘と鎖が再構成されてナマクラ・薄紅はまた封印された。
「ププンっ! つまらんっ、じゃが『7割』はワシの手柄じゃっ!! プーンプププンっっ!!!」
タデモリ神は無数の匙を逆巻かせて、巨大スプーンと共に掻き消えていった。
「・・あんな疲れるヤツらと戦ってくのかよっ」
「ケム~」
マリマリーとマティ3世がヨロヨロと起き上がり、1人だけになったディンタンも茂みから現れ、道路の向こうから、ボロボロのマシンゴーレムに乗ったパルシーとゼンも合流した。
これが、私達同中メンバーの初陣だったよ・・・
どうにかスプリングウッド市に戻り、ギルドに報告してハイポーションやらハイエーテルをごっそりもらい、ボーナスも出た私達はギルドのシャワーを浴びて私服に着替え、ゲンナリした顔で結局仮のギルド本部になった夕焼けのセントラルスキルホール近くの通りをトボトボ歩いていた。
遠くの中央通りでは今日も今日とてブロッサムカーニバルのパレードだ。
「・・祭り、いつまでだっけ?」
「あと一週間くらいだよ」
「どんだけ祝うんだYO・・」
「いいじゃないですか! 祭り!」
いきなりどんよりした私達の前にエルフの子供に変装したホノカ神様が現れた。
「ホノカ神様ぁ、今日大変だったんですよぉ! タデモリ神様に絡まれちゃってぇ~」
「おおーよしよし! 大変だったねっ、ミカゲちゃん」
背伸びして頭の上のマティ3世を撫でてくれたけど、もはや撫でられてるの私じゃないっ。
「今夜はわたくしが御賽銭で頂いたお金で皆さんにビフテキを奢って差し上げましょう!!」
「お~・・」
疲れ過ぎてむしろ早く寝たかった私達は微妙なリアクションだったが、上機嫌のホノカ神様は今後のグリムツリー討伐計画を話しながらずんずん私達を『美味しいステーキ屋さん』に誘導していった。
私は、いい機会だから他の三神について伺おうとした所で、ホノカ神様は立ち止まり、また劇画タッチの顔で車道を挟んだ工事中の向こうの通りを見だしていた。
「ホノカ神様?」
私達もそちらを見ると、
「っ?!」
作業服を着てるが作業ヘルメットの代わりに匙兜を被ったタデモリ神が同じく作業服を着せた匙人間達と道路工事作業を黙々としていたっ!
「タデモリ神様?!」
「神は信徒が集めた『徳』を使って神力を起こすのですが、信徒がいないタデモリ神は自分で地上で働いて徳を集めているのです! 神が自ら地上で神力に頼らず労働すると何百倍も効率よく徳が貯まるので!!」
「何その裏技っ?!」
と、向こうもこちらに気付いた。
「プーンプププンっ!! 弱小な気配がすると思えばホノカ神とその下僕どもかっ! ワシはこうして額に汗して働き徳を高めっ、そしてその徳を使ってお前達にまた嫌がらせをしてやるぞっ?! プーンプププンっ!!」
徳の使い方っ! タデモリ神はさらに車道越しに煽り口上を続けようとしたが、
「タデモリさーんっ! 何、サボってるんですかぁっ?! 今日の作業、押してますからねっ?!」
眼鏡を掛けた人間族の現場監督に怒られ、
「あ、すいませんっ。ちょっと知り合いがいたんで・・」
「知り合い?! 貴女仕事しにここに派遣されてるんですよねっ?!」
「すいませんっ、すいませんっ、すぐやりますっっ」
平謝りで作業に戻るタデモリ神っ!
「・・ビフテキ屋に、ゆきましょう」
「はい・・」
私達は、なんだかやるせない気持ちでビフテキ屋に向かった。