深淵観測者 マティ3世
ケムはマティ・ブロッサムガード・3世。ケムシーノ族としてのクラスはマージケムシーノ、レベルは36ケム。
スプリングウッドでのホノカ神様の護衛が任務ケム。
今日も奥の御神木の花弁が舞い散るホノカ神殿の屋根の天辺で、近くに塩ミントソーダを入れた保冷水筒を置き日傘を触手で持って見張りをしていると、
「マティ! 交代ケムっ」
御神木の方から来たケムシーノ仲間のピティ3世が呼び掛けてきたケム。
交代の時間より2時間は早いケム。
「まだ早いケムっ!」
「長老から話があるみたいケム!」
「ケムん??」
長老から? もう5年くらい喋ってるの聞いたことないケム。
ホノカ神殿のある保護林の中には神殿程じゃないケムが結界で覆われたケム達、ケムシーノ族のコミュニティがあるケム。
ここは閉じた世界で、外から見るとミカゲの旅館の敷地より小さいくらいケムが、中に入ると保護林全体と同じくらいの広さがあるケム。
ケム達のコミュニティはツリーハウスでできてるケム。
コミュニティに立ち入れば、あちらの木々にもケムシーノ! こちらの木々にもケムシーノ!! ケムシーノだらけケムっ。
「マティ~~っ」
触手で枝に絡め、ミティ3世が離れた木の上から滑空してきたケム。
近付いてケムを少し通り越して勢いを殺して、ぶらーんと戻ってくると触手を離し丸まって数回転して近くに着地したケム。
「ケムも付き添うケム」
「ミティ、長老起きてるケム?」
「ホノカ神様から御告げがあったみたいケム」
「今朝、一角騾馬で朝御飯一緒に食べた時は『今日、長老に御告げするよ?』て聞いてないケム」
「朝御飯食べ終わってから『御告げ、したいかも?』って思ったんじゃないケムか?」
「ケムん?」
ホノカ神様気紛れケムね。
とにかくマティ達は長老のお住まいのある古木のツリーハウスに向かったケム。
神殿奥の御神木と同じ時代からあるけど結界に隠された胡桃の大木に造られたツリーハウス。それが長老のお住まいケム。
「3世とミティだな。よし、入れケム!」
警護の屈強な喧嘩ケムシーノのケムっちょ、に通され、ケム達は長老のお住まいに入ったケム。
浄めの香の焚かれた住まいの奥の寝床の前には世話役を務めるクレリックケムシーノのケム美さんが控えているケム。
「よく来ましたケムね。長老がお待ちかねケム。近くへ・・」
清潔な藁の敷かれた寝床には仔牛程の大きさの年経たケムシーノ、クラスはグランケムシーノの長老、マティ1世が身を横たえていたケム。
長老はゆっくりと、白濁してもう見えない両目を開けたケム。
「・・マティ、ミティ。ケム達の未来の子らよ。ケムは、生まれ代わられる前のホノカ神様から言付かっていた。これを」
長老は、目の前の虚空から2つの鍵のような硬貨を出現させたケム!
「これは・・フェアリーコイン、ケム??」
驚いたケムっ。
「2つもっ!」
ミティもビックリしてるケム。
「1つのコインには1度きりの千里眼の力を、もう1つのコインにはやはり1度きりの親愛の力が宿ってるケム」
千里眼と親愛・・ミカゲの持ってる今はオールファウンテンシールドになった、幸運のフェアリーコインの他にも残されていたなんて知らなかったケム!
「マティ、親愛のコインはお前が預かり、いつかミカゲの最後の戦いが来た時、あの子に渡すケム」
「わかったケム!」
「千里眼のコインの方は、お前が魔王の正体を今日見破ることに使いなさい」
「ケムんっ?! 魔王っ?? 今日??」
いきなりケム!
「マティが危ないケムっ」
「大丈夫。ホノカ神様はこの州のグリムツリー討伐の成功等で徳を貯めてらっしゃる。その徳を使って奇跡を起こして頂けば可能なはずケム」
長老は宙に浮いてる千里眼も親愛のコインを操ってケムの触手に渡してきたケム。
フェアリーコインは温かったケム。
「ケム~・・」
「どうするマティ? ケム達より、力の強い人間達に頼んだ方がいいかもしれないケムが・・」
長老は頬の触手を伸ばしてケムとミティの頬に触れてきたケム。
「子供達よ。ケムの大事な仲間、タクミ達の物語の未来に、辛い試練の時代が来ることはわかっていたケム」
長老は白濁した両目で涙を溢したケム。
「この保護林のケムシーノ族はホノカ神にもっとも祝福された種族。何代にも渡ってその光の力を蓄えてきたケム。生まれ代わられる前のホノカ神様は、魔王の正体を見破らない限り、未来の勇者達はこの恐ろしい悪魔に決して勝てはしないと予知していたケム。闇の呪いを越えて、この使命を果たせるのはケム達しかいないケム」
「ケムん・・・わかったケム! ちょっと魔王の正体を暴いてくるケムっ!」
「ケムもマティと一緒に行くケムっ!」
「すまないね・・今日お前達にコインを託すことも、生まれ代わられる前のホノカ神様に予知されていたケム。その予知を確定させる以上のことをケムにはできなかったケム」
長老は白濁した瞳で涙を溢すばかりだったケム。
ケム達はケムシーノのコミュニティを出て、ホノカ神殿地下のホノカ神様の部屋に向かったケム。
ここも閉じた世界で、果てがわからないくらいの満開の桜の森になってるケム。
森にはル・ケブ州で浄化されたモンスター達の魂から産まれた黄金の姿の光のモンスター達がたくさんいたケム。
「そんなことになってたんだ?! 私がしたのに私、知らなかったよっ!」
買い込んだ少女漫画の山に囲まれて、ジャージ姿でスナック菓子を食べていたホノカ神様は仰天しているケム。
「長老の話では、この2つのコインを創るのに生まれ代わられる前のホノカ神様は力を使い果たしてしまったみたいケム」
「そっかぁ。どうりで私、結構信仰されてる市の神なのに位一番下で弱っちいな、って思ってたんだぁ」
興味深そうにケムが取り敢えず空間ポケットにしまってたのを出した2つのコインを手元に引き寄せてみるホノカ神様。
「でも、どーやって魔王の正体を見破るの? 他の魔族はグリムツリーのせいで全部地上出ちゃったみたいだけど、魔王はまだ魔界から出られてないはずだけど?」
「ホノカ神様に会えばやり方がわかると聞いたケムが??」
「わからないけどミティも協力するケム!」
「えー? どういうことだろ?? ちょっとコイン、よく見せて。う~ん・・あ、これ、2つセットでロックが掛かってるね。パスワードは・・あ、さすが私! 私が掛けたパスワードわかっちゃうよっ。えーと、これが、これで・・・解けたっ!!」
2つのコインから魔法式が噴出して、それが宙の1ヶ所に集まって起動し、禍々しい一枚の扉を出現させたケムっ!
「これは・・魔界の扉だよっ。形有るモノは通れないみたいだけど。なるほど・・この千里眼のコインも魂だけを飛ばす仕様・・ミティの随行を過去の私が予知していたということは・・徳を、ここで使うんだね!」
ホノカ神様は立ち上がると片手を上げて、桜の森の黄金のモンスター達に呼応させたケム!
「森の皆っ、ちょっと力を貸してっ!」
ホノカ神様は黄金のモンスター達から光の力を集めて黄金の帽子を3つと、盾と風車の形をしたネックレスを1つずつ造りだした。
「この帽子は霊体の状態でも被れて姿も気配を隠せる。このネックレスも霊体でも使えて盾の方はすんごい闇への耐性があるの。風車の方は一回だけ、どこからでも帰ってこれるっ! 私がそう決めたよっ」
「ケム~っ」
「神様っぽいケムっ」
「ミティちゃんっ、ぽいじゃなくて神様ですっ!」
「失礼したケムっ」
「わかればよろしい」
ホノカ神様は言うなり創りだした神器を操って、黄金の帽子は自分とケム達に、風車のネックレスは自分に、盾のネックレスはミティに身に付けさせて、2つのコインはケムの所に戻したケム。
「親愛のコインはちゃんとしまっといて。長老ちゃんが長い時間を掛けて隠しの魔法を掛けておいてくれたみたいだけど、切り札になりそうだから」
「了解ケムっ」
「緊張するケムっ」
「じゃあ・・マティちゃん、ミティちゃん! いざ魔界へっ!! 魔王を突撃調査だよっ?!」
ケムは、親愛のコインを空間ポケットにしまって、千里眼のコインだけを頬の触手で掴んで魔力を込め、発動させたケム!!
途端、ケムとミティとホノカ神様の身体から魂が抜け、身体はその場にパタっと倒れ、ホノカ神様の神器だけはそのまま身に付け、開かれた魔界の扉へと吸い込まれていったケムっ!!
「わぁーーーっっっ??!!」
「ケムーーーっっっ??!!」
「このネックレス、どうやって使うケムかぁあっ???」
神器を頼りに、闇の力が渦巻く中へと落ちて飛び、空間を何度も何度も越え、もっとも闇の深い領域に落ちてきたケムっ!
凄まじいい闇の瘴気の濃さっ、来たはいいけど瘴気でロクに辺りの様子が見えないっ!!
「ここは、現在の魔界の最深部ですね。例え英雄と呼ばれる程の者でも、なんの備えもなく、生身で踏み入れればたちどころにに豚骨スープの底に溜まってるドロドロみたいになってしまうよっ!」
「ケムーっ?!」
「もう、このネックレス使った方がいいと思うケムっ!」
ケムとミティがあたふたしていると、突然、暴風が吹き荒んで瘴気が引き裂かれたケムっ!
巨大な闇の竜の群れが飛び去ったいった為だったケムっ。すると、瘴気に切れ間ができて、魔界の最深部の地上と、前方、の様子が見れたケムっ!
「っ?!」
それは・・
「グリムツリー?」
地上で倒したモノと比較にならない程巨大な樹木のようなモンスター達の集合体であるグリムツリーが、魔界の天を突くようにして生え、その根と根から発生してグリムツリーの森が見果てぬ魔界の彼方まで生い茂っていたケムっ!!
「・・自分の眷属、いや、分体を尖兵として派遣していたんだ。地上に出ていた魔族がやたら艦隊型の合成物を多様するのも主に取り込まれるのを嫌ったのかもしれない」
「ホノカ神様、もう、これだけわかったら十分ケムっ」
「ダメ! まだ千里眼のコインが進む意志を示してる。魔王はグリムツリーその物、それだけの情報じゃこの途方も無い規模の魔物を倒せない。って過去の私が予知してたんだと思うのっ!」
「ケム~っっ」
「盾のネックレスはいつでも使えるケムっ!」
「マティちゃんっ! もう一回だけ、コインでジャンプしてっ!!」
「はぁ~っ、・・ケムんっ!」
ケムは諦めて千里眼のコインにさらに魔力を込めたケムっ!!
重い闇の帳を翻したみたいな負荷を感じて、空間を、越えたケムっ!!
グリムツリー内の空洞のような空間に跳んだケムが、そこは激流が渦巻いていたケム!!
死と苦しみと悪意と混乱と虚しさの大渦。
魂を持っていかれそうケムっ!
「っっっ?!!!」
「もう・・」
「ミティちゃん待って! 今、盾の守りを使うと魔王が気付いてしまうと思うっ。私にしっかり掴まって! 蓄えた徳で2人を守るからっ。マティちゃんはコインで道を示してっ!!」
ケムとミティは必死でホノカ神様にしがみつき、ケムは千里眼のフェアリーコインに魔力を注いだケムっ!
暗黒の大渦をコインの光を頼りに、飛び続けるケム・・少しずつ、少しずつ。
これは、本当に戦える相手ケムか? 全く相反する、別の世界の摂理にぶつかってる気がするケムっ。
「・・もう少しっっ」
「ケムんんんっ」
「はぁ~、ピティと代わればよかったケム・・」
暗黒の大渦を、・・・・抜けたっ!
ケム達は突然、宙に浮く、夕陽? の差す廃墟のような小島に降りていたケム。
廃墟はグリムツリーらしき植物に浸食はされていたけれど、奇妙な均衡が保たれているようでもあったケム。
廃墟の中心に剥き出しの崩れ掛けた玉座があり、そこに闇の塊のような槍を抱えた魔族が眠っていたケムっ。
ホノカ神様が森の小鳥のように感じる程、圧倒的な力の塊ケム!
さらにその周囲には5体の悪魔が眠っていて、それぞれ目、耳、鼻、口、手を象徴する姿をしていたケムっ。
と、最初に耳の悪魔がピクっと、反応したケム!
「ミティっ!!」
「ケムんっ」
ホノカ神様の合図でミティが盾のネックレスの力を展開させるのと、目覚めた玉座の魔族が槍を投げ付けてくるのは同時だったケム。
一撃で盾のネックレスの守りは砕かれたけど、防ぐことはできたケムっ。
「虫がいる・・」
玉座の魔族が呟き、次々目覚める他の4体の悪魔達っ。
その時にはホノカ神様は風車のネックレスを起動させ、光の風に包まれたケム達は、これまで辿った場所をさらに加速して空間ジャンプし続け始めたケムっ。
でも、闇がっ! ジャンプに追い付いてくるケムっ!!
「その道が10万に分かれる奇跡っ!」
ホノカ神様が徳を使って追ってくる闇に迷いの奇跡を与えたケムが、それでも徐々にに迫ってくるケムっ。
「ケム~~っ!!!」
「やっぱりピティと交代したかったケムーっ!!!」
鋭い闇に追われながら、ケム達はどうにか、魔界の扉を抜けて、元のホノカ神様の世界に戻ったケムっ!
「扉が消滅する奇跡っ!!」
ホノカ神様は即座に魔界の扉を消滅させたケムっ。
「位置を知られない奇跡っ!! こびりつく闇を打ち消す奇跡っ!!」
連打で探知を打ち消し、魂に纏わり付いていた闇も打ち消すホノカ神様っ!
「はぁ~~~っっ、貯めた徳を殆んど使っちゃった。取り敢えず身体に戻ろう」
ケム達は地面にポテっと、倒れていた自分達の身体に戻ったケム。
合わせて、ボロボロになっていた神器は全て崩れ去ったケム。
「ケム~~っ」
「疲れたケム・・・」
「高位霊薬を飲もっ。美味しく調合してるよ?」
ケム達はホノカ神様が出してくれたレアな回復薬を飲んで一息ついたケム。
「残念ながら、その根源的な弱点まではわからなかったけど・・あの玉座の魔族、魔王だったね。アレは不死身っ!!」
「ケムーっ?!」
「不死身っ?! めちゃ強そうだったのにっ、そんなん勝てないケムっ!!」
「でも大丈夫大丈夫!」
ホノカ神様はハイエリクサーを半分飲み終わると、手近な市販のポテトチップスを手に取って、袋を開けて、袋を外から揉んで中身を砕き、粉々になったポテチを手掴みでワシワシと口に入れてあっという間に間食すると、手をはたいてから残りのハイエリクサーを飲み干したケム。
ミカゲの部屋はもう散らかさなくなったケムが、自分の住まいはその範疇じゃないっぽいケムね・・
「ふうっ! アレは魔王、という個体というよりシステムだよっ?!」
「システム?」
ミティと声がハモってしまったケム。
「そう、まずグリムツリーの身体で魔界中から力を集めて強い身体を作る。それがあの魔王なんだろうけど、心臓、というか、生命の核みたいなモノがどこにも感じなかった。アレは生きてない。だから殺せない」
「じゃあやっぱり勝てないケムっ」
「詰んだケムっ! もう森のコミュニティで好きな男子ベスト20全員に告白してくるケムっっ」
「待って待ってっ。あの魔王と周りの五感を表したような悪魔達は繋がってたよ? そしてあの悪魔達には生命のコアを感じた!」
ホノカ神様は今度はチョコスティッククッキーの袋を開けたケム。
「ケムんっ? じゃあ五感の悪魔達を倒せばっ!」
「ケムーっ!!」
「そだね。どういう経緯であの共生的な形態に至ったのか? 元は1人の悪魔だったのか、複数体だったのか? そこのところはよくわからないけど、ただもう1つ言えるのは・・」
チョコスティッククッキーをモリモリ食べて、小さな口の周りをチョコまみれしてペロリとするホノカ神様。
「魔王軍っ! 分断工作できるよっ?! だって魔王が勝っちゃったら他の魔族も皆、魔王のグリムツリーに食べられちゃうに違いないしっ」
「ケム~~~っっ???」
「ホノカ神様、悪い顔してるケムっ」
「なんだかんだで勝てばよいのだよっ!!! ふっふっふっ!! ここまでたぶん過去の私の予知通りっ!!! 勝ち確ぅっ!! 私、昔から賢かったみたいっ?!!」
立ち上がって腰に手を当ててケム達相手に勝ち誇り始めるホノカ神様! 逃げるので手一杯だったのに、凄いポジティブケムねっ!!