表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/26

一角騾馬の夢

私は実家の旅館、一角騾馬(いっかくらば)の家族の居住スペースにも一台だけある魔工電話でグリーンベース2のミリカルと話していた。


「うん、大丈夫だよ。ミリカルこそ大丈夫? 州のモンスター達は大人しくなったはずだけど、うん・・うん、あ、姪っ子? 可愛いよ。お姉ちゃん、夜泣きは大変みたいだけどさ、昼間はベビーシッターの人に来てもらって・・そうそう! もう気絶したみたいに昼、仮眠取ってるっ。ふふふ、そうだね、また会おうね」


「ミカゲ! あまり遠くにゆかないでくれよっ?」


通話越しに、情の濃いミリカルが号泣して話しているのがわかった。


「もう何それ? そんな大したものじゃないよ? じゃあ、切るね。・・はーい」


通話をそっと切り、魔工電話の受話器を置いた。


「遠くか」


小さく溜め息をつくと、いきなり後ろから柑橘と生姜の匂いのする濡れた冷たいグラスを頬に当てられた。


「ひっ?!」


振り返ると氷を入れた炭酸飲料のグラスを2つ持った旅館の制服の上にカーディガンを羽織ったお母さんがいたずらっぽく笑って立っていた。

頭の上にマティ3世を乗せている。


「お母さんっ、気配消して後ろ取らないでよっ?」


お母さんは元レベル28の職業『侍』だ。私と同じ。今でもレベル23くらいあると思う。


「ふふっ、ミカゲ。『初代の部屋』でブルーライムジンジャーエール飲まない?」


「ケムんっ」


笑顔を変えずにそう誘ってきた。目はそんなに笑ってなかった。



初代の部屋は一角騾馬の初代オーナーで私達の御先祖様の遺品が飾られた部屋。

しっかり掃除された部屋だけど、魔工換気扇はあっても窓は無く魔工灯の明かりだけの部屋で、防虫防腐剤の臭いも強く、息苦しい気がしてちょっと苦手な部屋だった。

私はお母さんに促されるまま、古い手作りらしい無骨な感じのテーブルの前の結構新しいパイプ椅子に座った。

自分の分のブルーライムジンジャーエールのグラスに旅館で使ってる麦の茎のストローを差して軽く飲む。

お客さんに出すヤツと違って甘くない。生姜も入れ過ぎ、ブルーライム搾り過ぎ。いかにもお母さんな味付けだった。

壁は断熱だけど、やっぱり夏の昼間の窓も無い部屋は暑い。喉と胸がスッとした。


「アレとアレはどこだっけなぁ?」


お母さんは自分のグラスに麦ストローだけ差して、私の向かいの席に置いて、魔工換気扇を回した室内を何やら探し回っていた。

マティちゃんはいつの間にか棚の上に移動している。


「あ、オルガンこれだ」


「写真もあったケム」


お母さんは木箱からかなり旧式の小型魔工自動演奏オルガンを取り出し、マティちゃんは頬の触手で棚かアルバムを1冊引っ張り出した。


「何? お母さん」


「オータムゴールド家のテーマ曲と御先祖の写真をね!」


お母さんはあれこれイジって自動オルガンを鳴らした。私の家ではお馴染みの曲『故郷は帰ってから思い出せ』が、ちょっと拙いシンプルな演奏で部屋に響く。

私はマティちゃんが持ってきた。年代物のアルバムを開く。

昔は写真が高かったのと撮影が手間だったからかな? 枚数は少ないけど、最初は冒険者をしていた御先祖様達がスプリングウッドで羽根を休めたり、何かイベントがある度に要所要所で撮影されていた。


「一番最初に森の中の家の前で集合写真があるでしょう? それが始まりだって」


「ふうん?」


ページを開き直す。お母さんも席に着き、自分のグラスのブルーライムジンジャーエールをストローで一気に2分の1も飲んだ。


「あーっ、美味し! お母さん、休憩まだだったんだよ」


「うん」


お母さんや、街の皆は普通に暮らしてる。ミリカルも仕事中だった。自分だけズレちゃったみたい。


「・・その真ん中のシレっとした感じの人が初代ね! で、この人がユニコーン家の御先祖様、こっちはグラスフルート家、このドワーフの人はゼン君の家系の御先祖を養子に取った人で、当時のスプリングウッドのギルドマスターになった人。で、このグラスフルート家の人の頭に乗ってるピクシー風の人が、人格変わる前のホノカ神様! 昔は名前も違ったみたいだよ?」


「へぇっ、なんか小っちゃいけどセクシーな感じの人だったんだ」


アンニュイなようでもあった。ホノカ神様、なんで新しい人格を今の可愛い感じの女の子にしたんだろ?? もうあまり覚えてないんだろうけど・・


「この写真。というかこのアルバムの写真は殆んどは私達の直系の御先祖様で、オータムゴールド家の人間が皆、チビっ子になった原因の人が撮ったんだよ?」


その人が最初にアルバムに出てくるのは結婚式の時。

シレっとした顔の初代旅館オーナーと几帳面そうなボックル族の件のかなり小柄な女性と、そしてユニコーン家の御先祖様もっ。

『3人で結婚しちゃってる』っ!!

この後、結構大変だったみたいで、結局ユニコーン家は次の代から旅館を始めた本家と距離を取ったり、かと思えば親戚同士で不意に結婚しちゃったりする人が出たり、私達の家系はそこそこ複雑だった。


「冒険者と関係無い役場の人だったんでしょ?」


普通の生活をしていた普通の人だから、初代オーナーと違ってあまり詳しい人物像や半生は伝わってなかった。


「みたいね。でもこういうカッチリしてそうな人と結婚してなかったら、代々1つの街で旅館を経営する、ってそうはならなかったと思うよ」


「ケムぅ」


「そっかぁ」


私達は古いアルバムを見ながらブルーライムジンジャーエールを飲み、古いお馴染みの曲を聴いた。


「ミカゲ、出会いは不思議な物だから」


「うん」


「あと、正直! お母さん、若い頃冒険者になりたかったんだよっ」


私は笑ってしまう。


「結婚するまでモンスター退治屋みたいなことしてたんでしょ?」


「そうっ! マティちゃんも連れてねっ。でも時代がっ、時代が早かった! すっかり四十肩になってから魔王とか出てきちゃってさっ。遅いよっ!」


「あははっ」


ダメだこの人っ。


「あたしも本格的に冒険したかったなぁ」


「私、冒険してるっていうか、ずっとモンスター退治してるだけだから」


「まぁ、なんにせよね」


お母さんは少し真面目な顔になって私に向き直った。


「色んな人達が色々した結果、あんたがいるから。あんたも『次の人達』がいる、って思って旅を続けて。これは好き勝手していい免罪符じゃなくて誰かが空想した『祝福』が形になった、ってことだと思う。その尊さを見失わないで」


「・・わかった」


それから私とお母さんはお母さんの休憩時間が終わるまで、ブルーライムジンジャーエールを飲みながら、マティちゃんにもフルーツグミをあげながら、古い私達の曲を聴きながら、夏の今から冬のお客さん用に塩漬け桜を練り込んだきりたんぽ鍋を今年もやろう、と話をしたりした。



翌日、ホノカ神殿で、ホノカ神様、タデモリ神、マブカ神、テンジクカ神による私の額の聖印の強化が行われた。


「あったかい」


私は隊の皆と、ロンロンとナジムと神官達が見守る中で、聖衣(せいい)を着せられて光に包まれ浮き上がっていた。

私を囲む四神の力を全身に感じる。それは春の息吹き、食事を取る人々の営み、淡水の小さな生き物達、秋の畑の実り。世界の秩序の一端だった。

聖印の強化が済むと私はゆっくりと神殿の聖堂に降り立った。


「髪・・」


髪が伸びて桜色になっている。


「お揃いになっちゃったね」


ホノカ神様が涙ぐんで微笑んでとても綺麗な、桜模様の手鏡を渡してくれた。覗くと瞳も桜色だ。


「ナスぅ。・・ミカゲよ、これでお前のレベルは38。単に力が増しただけではないなり。お前は人と神の間の存在となった。魔を祓う使命を成し終えるまで、お前は光と共にある!」


テンジクカ神は厳粛に続ける。


「また闇の者どもが容易に、お前とお前と縁で結ばれた聖なる仲間達の居場所や辿る道をその邪な千里眼や予知で知ることも困難となった。ナススっ! お前と同等の各地の神の加護を受けた者は現在十数名しかいないっ。お前達が、我ら光の勢力の切り札であるなり!」


「他の人達もいるんだ・・」


私よりちゃんとした『勇者候補』、みたいな人達なんだろな。

離れた所にいる隊の皆が泣いてる。特にマリマリー。


「我は茄子マンどもを各地の冒険者ギルドの戦力の足しに貸し出しつつ、一先ず、天界で余力もあるのに渋っている神々のケツを叩いて回ってくるなり! ナススーーっ!!」


テンジクカ神は言うだけ言うと、無数の逆巻く茄子に包まれて光の中に消えていった。


「せっかちゲコね」


「プン! いやマブカ神よっ、善は急げじゃっ! ワシはゼンを護衛に、世界中の長期離脱しておる冒険者達に『神力無限茄子カレー』を食わして回って既存戦力を回復させる! ついでに匙人間を各地のグリムツリー被害の復興に貸し出して回るのじゃっ! 行くぞゼンっ。何をメソメソしておるか! ププーン!!」


「はいはい。・・じゃあ頑張れよ、ミカゲ。皆も」


「うん、気を付けてね」


「ああ」


ゼンはタデモリ神の側に駆け寄り、2人は無数の匙と光に包まれて消えていった。


「僕は、正直戦闘についてゆけなくなってきてたから、他のメーカーと協力して魔工の技で人間側の勢力に武器や必要やパーツを開発、提供することに専念するよ。『戦後』、軍需メーカーが暴走しないように、今から詳しい実態を内部から知っておいた方がいいだろうし」


私より小柄だけど老成した表情をするパルシー。


「ゲコォっ、パルシー君は私が守ります! ワーフロッグ達はこの国に限らず、世界の治安当局と手を組ませ、魔族の動向を探らせましょう!」


軽やかに、ぴょ~んと跳んで宙で1回転してパルシーの側に着地して抱き付いてみせるマブカ神。ノーリアクションで為すがままのパルシー。


「2人ともよろしく!」


「うん」


「ゲコォ!」


2人が済むと、次はマティちゃんだった。


「ケムは他のケムシーノ達と加護の要のホノカ神様を守るケムっ!」


「カッコいい!」


「おいで、マティ。私の騎士団長さん」


ディンタンの頭の上に乗っていたマティちゃんはホノカ神様が招いた桜の花弁に乗って、ホノカ神様に腕の中に移っていった。

でもって次にきたのが、


「YOっ! ミカゲっ、YOっ、YOっ!!」


普通に今後のことを話すかと思ったらラップしながら、ディンタンが近付いてきた。


「もう何? ディンタン。普通でいいよ!」


いかにも過ぎて、今度は私の方がちょっと泣きそうになった。


「セイホーっ! 聴けよ、ミカゲ! マジマジでっ」


ラップは続いた。曲は最初にインディーズで出して全然売れなかったヤツのリサイクルだった。ディンタン、こんなんばっかり・・



YO! ガキの頃から いつの頃から おしゃまで世話焼き優しいお前 俺 親と上手くいってなかったけど お前のお陰でわりとピース・・


託児所でも 初等学校でも 中等学校でも よくからかったけど やるせなくなる前に お前に絡みたかっただけなのさ セイホー!


YO! ガキの頃から いつの頃から おしゃまで世話焼き優しいお前 俺 大事なことってわかってるぜ 俺の一番マイシスター・・


YO! YO!



「あーもうっ! ありがとっ。私のブラザー! YOっ!!」


ボロボロ泣いちゃうし、落ちた涙が光の花弁に変わっちゃうし、ワケわかんなくなった!


「へへっ。・・俺はナジムと他の回収班とも連携して各地で『神器(しんき)』を回収して回る! 魔族にゃ渡さねぇし、使えそうなもんはミカゲで持ってってやっからな!」


「うん! ナジムよろしくね」


「ああ、まぁ・・」


『ラップの件』にもらい泣きしちゃってたナジムは慌てソッポを向いた。


「泣いてた?」


「違いますよっ? 眼精疲労です!」


雑な言い訳っ。

そして最後、泣き過ぎてちょっとヘロヘロになってるマリマリーを抱えるようにして、目を腫らしたロンロンが私の近くに連れてきてくれた。


「私とマリマリーでミカゲちゃんをサポートをする。ギルドからいい装備を提供してもらえるそうだよ。まずは艦隊から離れて地上で悪さしてるネームドの中位程度の魔族幹部を狩って回って鍛えて、状況を見るんだよね?」


「うん、ロンロン、サポートお願い。マリマリーも、泣かないでよ」


「ミカゲーーーっっ!!!」


マリマリーは結構な勢いで抱き付いてきて、大泣きしてしまった。



・・・2日後、防具を刷新した私、マリマリー、ロンロンの3人よる『新ミカゲ隊』は超高額な転送門による長距離テレポートで隣の州、『トレマー州』の砂漠地帯の野外拠点の転送門にやってきた。


「うわっ? あっつー??! 2人とも、フード被った方がいいよっ?」


私は後ろで結んだ桜色になった髪をフードの中に押し込んだ。


「砂漠は私も初めて来た」


「それより案内人」


野外転送門は念入りな魔除けと砂対策の風の護りが施され、ここ自体が旅人の安全地帯になっているようだったけど、人気が無かった。

でも、気配を探ると・・


「あそこ! 砂が溜まってる所っ。モンスターじゃない」


私は感覚が前より鋭い、探知できた。崩れた石材の陰、砂の溜まった中に誰かいる!


「ちょっと探ってみようか?『ブライトブリッツ』っ!」


ロンロンは砂地に神聖属性の弾を軽めに放った。ドンっ! と砂が吹き飛ばされると・・


「たぬーっ?!」


砂地からタヌキ型獣人(ワーラクーンドッグ)が飛び出してきた!


「おーいたいた。ワーラクーンドッグ。あれが案内人だよね? ギルドで聞いたヤツ」


「そっか。じゃあ狸さん、よろし」


「ごらぁーーーッ?!!!」


ワーラクーンドッグさんは血相変えて私達に突っ掛かってきたっ。


「今、いきなり神聖系でブッ放ってきたの誰だ?! お前か? お前? お前だなっ! 魔力の残滓があるっ」


ワーラクーンドッグさんはロンロンを嗅ぎ回って突き止めてしまったっ。


「いや、敵かもしれないし・・」


「結界の中だろうがっ? 普通に声掛けろやっ!」


「悪かったよ・・でも手加減したし」


「『でも』とかねーからっ」


「謝ってんだから許してやんなって、たぬ」


面倒臭くなったマリマリー。


「俺の名前は『たぬ』じゃねぇ! 安易かっ?」


「でもさっき、たぬーっ! 言ったじゃん」


私、聞いたよ。


「語尾だ!」


「もうたぬでいいじゃないか、君」


「よくねぇっ、なんだ『もう』って! お前さっきからそんな感じで来るな? 俺はトレマー州の冒険者ギルドに雇われたが案内してやんねーぞっ?」


「もう~~っ」


暫く小競り合いになったけど、このワーラクーンドッグさんは名前を『ラファン』と言って、砂漠狸種の獣人。職業は盗賊。レベルは18。砂に潜ってたのは予定より速く転送門に着いてしまったから日差しを避けてたみたい。


「ラファン、改めてよろしく」


「チッ、しょうがねぇ。俺が『悪魔ベスカー』に支配された街まで案内してやるっ。いいか? 魔族はそこらのモンスターと違って知性がある! 大雑把なことするなよ? 特にそこの筋肉女!」


「そんな根に持たなくてもいいじゃないか? タヌファン」


「ラファンだ! オイっ、今のは完全に宣戦布告だなっ?」


「ふふんっ」


「やめなってぇ~」


「暑いからとっとと行こう」


やたら短気なラファンと意外と煽り属性持ちだったロンロンが不穏な空気を醸し出しつつ、私達は新体制最初の砂漠の討伐任務に踏み出していった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ