9話 大悪魔との宴の夜
大悪魔デビルンと名乗った者に私はお客さん用のお茶を勧めた。
「…………ホンモノの悪魔、か」
私はお客さん用の饅頭を一つまみしながら、ぼそりと呟いた。
「いや~~、浴室だっけ……? 扉なら後で治してやるよ」
「その前にバステトを起こしてもらおうか……?」
腕に抱えた雌猫を差し出して、大悪魔にお願いしてみた。
「しょうがないなぁ…………我が魔力を持って再び目覚めるがいい。子には玩具を、イヌにはドッグフードを、猫にはマタタビを……あげようあげよう、そして我と共に遊ぼうではないか」
(何だその、適当な詠唱は……そんなもので目を覚ますのか……?)
しかしバステトが目を覚ます。
「――!? 主様ご無事ですか? 私は一体、急に眠気が襲ってきて……」
どうやら後遺症も怪我もなくて大丈夫らしい。
(ああぁ、バステト良かった……)
ギュッとバステトを抱きしめる。
「……く、苦しいでございます主様」
そう言われたので、ソファーの上に置いておいた。しかしすぐデビルンの存在に気が付いて警戒する。が――
「今日はおかしなものばかり見ますね」
(……おかしいのはお前も同じだろう。猫が喋るとかないから、いやおかしいのは猫が喋って聞こえる私の方か)
「大悪魔様と呼べ……まぁなんにしても会えてよかった。ずっと探してたんだお前を……」
私は客人としてこの悪魔を歓迎することにした。さらに追加のお菓子や飲み物をテーブルの上に並べていく。ちょっとした夜の宴はもう始まっているのだ。
「あなたは何、悪魔? ……私のリスナー……? ストーカー行為はやめて頂きたいのだけど」
「リス? スト? 何の話かわからないが、お前の姿は今日初めて見たぞ」
「ほう……で不法侵入者、私に何の用……?」
「お前の力についてだ。願いは叶えてやった。次は俺様の願いを叶えて見せろ」
「はぁ? 願いを叶えてやった? 何の話……?」
「お前のオカルト体質だ。ほら猫と話が出来るようになっているだろ?」
「えっ? これはあなたの仕業だったの?」
ぶどうジュースの入ったグラスをひっくり返しそうになった。
「当たり前だろ! 霊感がもともとあったのなら俺様の勘違いだが……どうだ! ある日突然目覚めたとかなかったか?」
「霊感ならば、今日目覚めたかしら。バステトとの会話なら、もう一か月は過ぎているけど……」
「ビンゴ! 契約者はお前だ! えっとブスパピヨン」
「デイネブリスパピヨンよ」
私はブドウジュースを飲み干し、イチゴのショートケーキに手を付けた。
「なんて呼べばいいんだ?」
「もう本名でいい、黒井アゲハ。これなら覚えられるでしょう」
「アゲハ…………わかった話を続けるぞ。俺様は大悪魔デビルンだ!」
胸高らかに宣言したので、口にしていたポテトチップが飛び散る。
(それはもう聞いた……ポテチが……後で掃除も追加させようかしら)
「まず、とにかく! お前は黒い流れ星を見て願ったはずだ! オカルト少女になりたいと!」
「そんなこと願ってないわ」
グラスにブドウジュースを注ぎながら言い放つ。
「ええええええええええええええええええええええええ!! もしかして忘れてしまったのか!?」
「何を驚いているのよ。忘れも何も、願った覚えは……(願い事、黒い流れ星、オカルト少女)……あら、心当たりがあるわ」
「はぁ~~~~よかった、それなら話が早い。モグモグ、率直に言うぞアゲハ。俺様は、モグモグ、ごっくん!」
「この霊感体質とバステトとの意思疎通はあなたの仕業なのかしら」
「もちろん。だから、お礼をなんでも訊いてもらうぞ。俺様の出す命令はただ一つ」
「言ってごらんなさい」
「――お前の魂を喰わせろ!」
自称大悪魔は、ギラリと歯を煌めかせ、舌なめずりをして、口角を思いっきり吊り上げて申し出た。