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「あ」


 びっくりした。


 まさか昼間の人間がまだいるなんて。とっくに逃げ出しているものだと思っていた。


 うっかり気絶させてしまったけど大丈夫か?


 昼間は湖の外に押し出してしまったが、今度は水を操ってこちらへ引き寄せる。


 黒檀のような黒い髪に日に焼けた健康的な肌。瞳の色は何色だっただろうかと考えたが、ちゃんと見てなかった。そろりと閉じられた目蓋を開いて見れば焦げ茶色の瞳が見えた。


 袖口からのぞく腕は太くたくましい。


 あいつは淡く輝く金色の髪にすみれ色の優しい瞳。さっき聞いたこの人間の低い声よりは高いが、女のような甲高い声でもない優しい声をしていた。病気がちだと言っていたあいつの体は線が細く、いつか消えてしまいそうな儚さがあった。


 こいつはあいつとは似ても似つかない。どうしてこんな奴とあいつを関連付けて考えてしまったのだろうか? もしかしたら体の別の場所にアザがあるのかとあちこち触ってみたが人間の服というものはどうやって脱がせるのか分からないし、引っ張ったら簡単に破れてしまいそうだ。


 どうやって確認すればいいか悩んだがすぐにこの人間を起こして確認すればいいと思い数度頬をひっぱたけば「うっ」と小さくうめいたので慌てて離れる。


 人間の中にはいきなり飛び掛かって来るような愚か者もいる。


「うぅ……」

「起きたか」


 歌以外で喋ったのも数百年ぶりだ。あいつに人間の言葉を教えてもらっていたが変なところはなかっただろうか?


 そういえばあいつ以外と喋ったことはあったか? ここの人間たちはあいつと私が喋るのを遠巻きに見ていたし、あいつがいなくなってからここに訪れるのは盗賊か訳ありの人間か野生動物ぐらいしか来なかったから喋る必要もなかった。


「ここは? あれ」

「暴れるな。溺れるぞ」

「え、あ、れ? 海?」

「違う。山の上の湖だ」


 まだ寝ぼけてるのか? ぼんやりとした様子だが騒ぎ出す様子もない。これなら溺れるが心配もないから簡単に話が聞けそうだ。


「お前は何をしに来た」

「歌が聴こえたんだ。とても綺麗でいつまでも聴いていたくなるような懐かしい歌が」

「そ、そうか。懐かしい?」


 思っていた返事と違っていたため一瞬戸惑ったが言われた言葉が気になって聞き返してみたが、意味のないうわ言みたいな言葉しか聞こえてこない。


 もしや、この状況でまだ寝ぼけているのだろうか? 私が知っている人間は水を掛ければびっくりして目を覚ましていた。それならば小さな津波を作って溺れさせたのが悪かったのか、元々こいつの頭が変だったのかどちらかだろう。


 これじゃあこれ以上こいつといても話しになんない。とっととお引き取り願おう。


「お前がここに来た理由はいい。そろそろ帰れ。ここは人間の来るべきところではない」

「嫌だ」

「は?」


 今何て言った? それまでうわ言のように意味の分からない言葉を繰り返していたのに急にはっきりと喋ったのでうっかり聞き逃してしまった。


「俺は人魚に会いに来たんだ」

「人魚を食べるつもりか?」


 きつめの言葉と共に湖の水が私の感情に呼応し、波打つ。


「答えろ。人魚に何をする気だ」

「違う。食べない。ただ、血と鱗を分けて欲しい」

「つまり、害すると?」


 ここの魔術はウィリアムズを媒体にウィリアムズが死ぬまでは消えないようになっている。ウィリアムズを媒体にしているからウィリアムズの感情の昂りに反応してざわりざわりと湖の水が波打っている。


 さっきみたいに津波で押し流し、いや、さっきより大きな、それこそ本物の海のように湖の水を全部使って押し潰してやってもいい。


「……やっぱ無理だよな。そんな気はしてた」


 そう言うと人間は「体が冷えた」と言って陸地に上がった。


 ようやく帰るのかとホッとしながら人間の行動を見守っていると、人間は服を絞って服の水気を絞り落とそうとしていた。


 が、全身ずぶ濡れだから意味はないような気はするけど、あいつも同じことをしていたなと思えばこの人間のことに興味が出てきた。


「うわっ!」

「なあ、お前はどうして人魚が必要なんだ?」


 湖の水を操って目の前に人間を引っ張ってくれば驚いているが、怯えた様子はない。益々あの人間に似ているような気がするがアザは確認出来ない。


「俺の妹が病気なんだ」

「病気」

「そうなんだ。もう何年も治療を続けてるけど、一向に治る様子もなくて……妹の治療費のために働いてる時にここの噂を聞いて、いてもたってもいられなくなって気付いたらここに来てた」

「人魚がいないとは思わなかったのか?」

「思わなかった」

「ふっ……」

「あ、笑った?」

「笑う?」


 笑う。あの人間がよくしていた。口を大きく開けて大きな声で同じ音を立て続ける行為ではなかったのか? そう思って今いる人間に聞けば笑うには色々あると言われて余計に笑うについて意味が分からなくなってしまった。


「こうやるんだ」


 そう言うと人間は頬に指を当てると「こう」と言いながら口角を上に上げた。


「ウィリアムズがそんなことをしたと?」


 ウィリアムズの顔に手を当ててみたが、上がってなんかない。


 騙したのかと人間を見れば変な顔をしていた。


「なんだ?」

「いや……うん、名前があるとは……思ってなかったというか、名前はあった方がいいんだけど……その」

「ここに昔暮らしてた人間がウィリアムズのことをウィリアムズと呼んでいた。だからウィリアムズはウィリアムズでいいのだろう。ああ、そういえば笑うという行為も昔その人間に教えてもらった」


 懐かしい。あの人間はいつになったら戻って来るのだろう。ウィリアムズは今日も明日もその先もあいつが戻って来るのを待っているというのに。そうだ! この人間にあいつを連れて来てもらえばいいのではないか?


 ウィリアムズは天才だ! そうと決まればこの人間に頼めばいい。


「お前」 

「見つけた」

「なっ!」


 その時、聞いたことのない低くひび割れたような耳障りな声がしたと思うと、いきなり何かが飛んで来た。


 ウィリアムズがびっくりして動きが止まってしまったのが悪かった。


 ばさりと何かが頭に掛かってそれを振り払おうとしたらあちこち引っ掛かってしまい水の中に落ちた。


「くるしっ」


 もがけばもがく程絡まるこれは身に覚えがある。


 遠い昔、ここに連れて来られる前に海で同じように絡めとられたことがある。


 これは嫌だ。


「ああ……」


 これを取らねばウィリアムズはまた人間に捕まって見世物にされるか体を細切れにされて人間どもに喰われてしまう。


「誰か助け……」

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