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引き返すには惜しいぐらい何日も歩き通してようやく噂の人魚がいると噂の山に来たらこれまたげんなりしそうなぐらい高い山で昔の人はこんなところに何で城を建てようと思ったのか不思議に思う。
えっちらおっちらとあるのかないのか分からない獣道をひたすら登り続け足が痛くて何回も休憩を取っていたらかなりの時間が経ってしまった。
これは戻ったらマーニャおばさんに怒られるし、エリスには泣かれるだろうと簡単に予想が付くが、本当に人魚がいたらもうマーニャおばさんにエリスを預けなくて済むし、エリスが結婚して家を出ていくまでずっと一緒にいられるし、エリスに悲しい顔をさせることもなくなるんだ! とその思いを胸にひたすら頑張って登り続けようやく山のてっぺんに城らしき建物が見えた時には夢か幻かと思った程だ。
深い山脈の奥、人なんて絶対足を踏み入れる奴なんかいる訳がないと思いながら何度も諦めそうになったが、それでも頑張った甲斐があった。
城は崩れかけている場所もなく、外側から判断しただけだがその姿は数百年の時を越えても朽ちる気配を見せない。
「お宝とか残ってないかね」
ぽつりと呟いたものの何百年と放置された建物だし、とっくの昔に持ってかれているか既に壊れてしまってるだろうし、今回の目的は人魚だ。城の方は人魚がいなかったら行ってみればいい。宝石でも残っていれば儲けものだ。
これだけ古い城だからどこか崩れてる場所から入れるだろ。
「さて、湖はどこだ?」
城の敷地内にあるみたいなことを言ってたから近くにあると思うんだが何百年も手入れなんかされてないからどこからどこまでが城の敷地か森なのかも分からないし、城を見失うことはないと思うが見失ったらあっという間に迷子というか、遭難してどこぞで野垂れ死んでしまいそうだ。
自分の想像にゾッと身震いが起こったので慌てて目印になりそうな場所を探すも城以外似たり寄ったりな光景しか目に映らず諦めて城を起点にあちこち行ってみようか。
そうやって探し回ること数時間。ここに来るまでに何日も歩き通しだったから疲れることはないけれど、太陽の位置と腹具合からそろそろ昼になるんじゃないかってぐらいの時間にようやくそこにたどり着いた。
そこは広くいくつかのごつごつした岩や腰掛けるのにちょうど良さげな岩や水草には花が咲き誇り良い香りが鼻をくすぐるが、それよりも目に入ったのはそこに湛えられた澄んだ水だ。
毎日歩き通しで汗も沢山掻くし喉も渇くしで、そう簡単に水場が近くにあることも早々ない。
だから、喉もカラカラだし、もう何日も風呂に入ってないから匂いもかなりヤバい。
「やった! 水だ!」
だから思いの丈を叫び人魚がいるかもしれないということは頭からすっぽり抜け湖に勢いよく飛び込めば耳や鼻から空気が音を立て抜けていく音とつんとした刺激が鼻や目を刺激するもののそれより水を飲みたいと口を開いたのがまずかった。
「!! ゲホッ」
びっくりした拍子口の中に残っていた空気が全部なくなってしまった。慌てて湖面に出て口いっぱいに新鮮な空気を送り込む。
「ぶはっ……何だよこれ海水? 何でゲホッこんなところゲホッに海水なんてあんだよゲホッ思いっきし飲んじまったじゃねえゲホッか」
何でこんなところに海水? でも、花が咲いてなかったか? 海に咲く花って何だ? それともこんなところまで海水を運んで来たのか? いくら掛かったんだ?
「っ!!」
咳き込みながらも混乱する頭でどういうことだと考えようとするよりも先に足に違和感を感じたらあっという間に湖の中に引きずり込まれた。
何だ?
流れる海水の冷たさと時たま体に当たる水草や魚のビチビチと当たってくる感触にうへっと思う間もなく勢いよく変わる景色に意識を刈り取られそうになる。気絶する直前に見えたのは銀色に輝く髪にきらりと光るあれはウロコ?
◇◇◇◇◇◇
「……ん、ここは?」
目を覚まして満天の星空と磯臭い匂いに自分がどこにいるのか分からなくなりそうだったが、肌を撫でる冷たい風と梟の鳴き声に戸惑いながらも起き上がれば少し離れたところから湖面に映った月明かりが眩しくてすぐに自分がどこにいるのか分かった。
「ここ昼間の……俺何でこんなとこ……で? あ」
服が中途半端に乾いていて気持ち悪いし、磯臭い匂いまでしてきて気分は最悪だ。幸い服に破れなんかはないし、金も少ないけど拠点となるべき城に置いて来たから落としたとか盗まれるようなことはなかったので少しだけホッとした。
自分の現状に何でだったっけ? と頭とか肩についていた水草を落としながら考えて思い出した。
湖に飛び込んだら海水で、んで、足引っ張っられたと思ったら気絶したんだった。
「あれ? でも何か見たような?」
気絶する直前確かに何か見た記憶があるが何だっけな? 夢だったのか?
思い出そうと記憶をさらっていると何か心地のよい音がどこからか風に乗って微かに聴こえてくる。
ちょっと考えれば分かったのに、この時はこんな場所に俺以外にも誰かいるのかとぼんやりとそんなことを考えながら音のする方へとふらふらと歩いて行けば先ほどから視界に入っている湖の方から澄んだ音がしてくる。
誰かがこんな場所で? とそいつの顔を見てやろうとこそこそと移動していると歌まで聞こえてくる。
高く澄んだ綺麗な声と弦楽器の物悲しげな音に誰が弾いているのだとかそんなものはどうでもよくなり、初めて聴いたはずなのにどこか懐かしさを感じさせる旋律はもっとずっと聴いていたいと願ってしまう程。
もう少しで木陰から出て行けば、歌っている奴の顔が見えそうな位置にまで来た。長い銀色の髪は月の光に照らされ青く輝ききらめいている。
楽器を持つ腕は細く、歌声で女だと分かっていたが否が応にも相手が女だと分かってしまう。後一歩か二歩歩けば女性の顔がはっきり見えるのだろうけど、それよりももっとこの歌を聴いていたい。
「~~~~♪」
ああ、この歌は何の歌なのだろうか? この曲が終わったら声を掛けてみようかな。
そう思えばこの曲が終わるのも悪く花井のかもしれない。わくわくとしながら彼女の演奏に聞き惚れていると自然に体が動きあっと思う間もなく気付いたらいつの間にか拍手を送っていた。
「あ、いや、その邪魔するつもりはなくて……すごく綺麗だったから」
しどろもどろになりながらも言い訳を口にすれば振り返った女性が物凄い形相で睨んで来たと思ったら湖の水が蠢き盛り上がりうねりを上げて襲い掛かってきた。
「あ、ちょっと、ま……」
最後まで言い切ることが出来ずに俺の意識は再び途切れた。