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 遥か昔どこの誰が言い出したのかも分からない人魚の不老不死の噂に人間たちは目の色を変え血眼になって探し出し人間に姿を見られた人魚は乱獲された。それを恐れた人魚たちは海の深くに姿を隠し長い間人間たちの前には姿を現すことはなかったが、ここに遥か昔捕まってウィリアムズと人間によって名付けられた人魚がもうずっと同じ毎日を繰り返してた。


 気が向けば泳ぎ疲れたら岩場で休み。お腹が空けば湖底の水草を食べたり季節によっては池の近くの木から落ちた果物が運よく近くまで転がってくることもあってそれを食べられる時はなんだか懐かしいようなそれでいて苦しいような気持ちで胸がきゅっとなる。


 そういう時は疲れ果てるまで泳いだらその苦しさは忘れられる。


 けれど、それはいつまでも心のどこかに残る。


 昔あいつがそれについて何か語っていたいたような気もするけどかなり昔過ぎて覚えてない。そういえばあいつを最後に見たのはいつだったか。


 多分、数百年は前だっただろうか? だいぶ昔過ぎて忘れてしまった。あいつが亡くなってからここにいた人間たちは一人減り二人減りとどんどん数を減らしこんな辺鄙な場所に訪れる人間なんぞめっきり減ってしまったが、ごく希に盗賊だのどこからかやって来て住みつこうとする者たちがいれば驚かせればあっという間に逃げ出して行くからここはいつまでも静かで変化のない暮らしが出来る。


 たまに仲間に会いたくなることもあるけれど、ここから逃げ出すのは人間の術者によって出来なくされてしまった。まあ、出来たとしてもここに連れてこられた時は狭くて真っ暗な空間に閉じ込められてたからここがどこだかも分からないから迷って干からびてしまうのがオチでしかないだろう。


 ━━ガサッ


 そんなことを考えていたらどこかの茂みが動いた音がする。大方どこからか野生動物が迷い込んで来たのだろう。追い払うのも面倒だし放っておこうかな。その内出て行くだろうし。


「やった! 水だ!」


 何? と思う間もなくばしゃん!! と激しい水音が低い声と共に辺り一帯に響き渡り滅多にしない大音にその辺にいたらしい鳥たちが一斉に逃げ出したためウィリアムズはこの静謐な空間を壊した無粋な侵入者を追い出すために先ほど水柱が立った場所に向かおうとした。


「ぶはっ……何だよこれ海水? 何でゲホッこんなところゲホッに海水なんてあんだよゲホッ思いっきし飲んじまったじゃねえかゲホッ」


 そりゃそうだろう。ここの水は特別な魔術が掛けられいるらしく元々いた水生生物たちを保護しながらウィリアムズのような海水でしか生きられない者たちを生かすための塩分濃度を下げないようにしてるだのかなり大がかりな魔術なんだのとここに連れて来た人間が言っていた。


 だから後からやって来た動物にはこの湖の水は使えないし、ウィリアムズも使わせるつもりはないのでいつも追い払っている。



 ニ   ン   ゲ   ン   ?



 黒檀のように黒くて艶のある綺麗な髪を短く切り揃えてあったが、ここに来るまでにあちこち突っ込んだのだろう小枝や葉っぱをあちこちにくっ付けて薄汚れている。


 何だあれは。あれではこの湖が汚れてしまうではないか。


 ムッとしたウィリアムズは未だしょっぱいしょっぱいと騒がしい人間を二度とここに入ってこれないように痛め付けて森の中に転がしておけば運がよければ麓に帰れるだろう。


 そうと決めれば一度深く潜って人間が浮かんでる辺りの真下へと移動して一気に湖の中に引きずり込んでから人間の脚を持ったまま本気で湖をぐるりと一周してやった。


 驚く魚が慌てふためいて逃げようとするよりも速く隣を駆け抜け、人間の肺から空気が抜けてくようにと何度か回転を加えてやるとあっという間に人間の口から大きく空気が抜けていくのは日の光にキラキラと照らされ消えて行くのだけは綺麗だと思った。




◇◇◇◇◇◇




「~~♪」


 久しぶりに本気で泳いで気持ちよかった。


 人間はあっさり気絶してしまったので湖から投げ捨てた。目が覚めたらどこぞにでも逃げ帰ってここの恐ろしさでも伝えて誰も来なくなればいい。ここに来るのはあいつだけでいい。


 それ以外は誰もいらない。


 今日は珍しい侵入者がやって来たせいか湖の中が騒がしい。


 半分はウィリアムズにも責任があるといえばあるので湖を鎮めるためにも一曲歌っておくかとリュートを手に持ち湖面に出ると満天の星が瞬いて綺麗だ。


 確かこの辺りで一番高い場所がこの城だとか言っていた。ここで見る景色は空に近い分下界で見るよりも沢山、そして澄んで見えるって言われたっけな。そういえばあいつにこの星星にも一つ一つ名前があるって教えてもらったっけ。


 いつかここに帰って来るって言ってから何百年経っただろうか。人間の寿命は短い。もう戻って来ないと分かってはいるがあいつのことだから生まれ変わってでも戻って来そうではあるが。


 もしそうだったら一気に騒がしくなりそうだと考えたら数百年ぶりに口角が上がった。


 あいつのことを思い出すのも久しぶりだ。騒がしいのは湖だけではなく私自身もだったみたいだ。


 近くの岩に腰掛けリュートを爪弾きながら昼間の人間はもう山を下ったのだろうか? もしかしたらあいつのことを何か知っていたかもしれないのに気絶させたのは悪かったかもしれない。


 下半身はともかくとしても上半身は人間のメスとそう変わらないはずだし言葉だってあいつに教えてもらったから問題はなかったのに惜しいことをしてしまった。


 もし、さっきの人間があいつの生まれ変わりだとしたら……いや、さっきの人間にはあいつが目印にして欲しいと言って顔にこの国、今はもう滅び私しかいないから国というのもおかしいが、この国の国旗と同じ形の刺青を彫りその形と同じアザを根性で持って生まれてくると言っていた。


 ちらりと見たさっきの人間にはそのアザはなかったから完全に違う人間だろう。


 どこからか人魚がいると聞き付けて物見遊山か人魚の血肉を求めてやって来た愚かな人間だろう。あいつも最初は人魚の血肉を求めていた一人だったのに結局私を食べることをせずにこんなところに私を置いていきやがって。  


「~~~~♪」


 さっきの人間はもう来ないだろうから次人間がやって来ることがあればその時あいつの手掛かりでも聞けばいい。


 騒がしなってしまった湖や魚たちが優しく眠れるようにとリュートの音に合わせてゆったりと歌っているとパチパチと聞き覚えのない音が聞こえてきてバッと音のした方を振り返った。


「あ、いや、その邪魔するつもりはなくて……すごく綺麗だったから」


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