1
昼の食堂は一気に人が増えさながら戦場だ。
そこで働くゲイルはいつもと同じように忙しなく働いていたが、ふと聞こえてきた話が気になって聞き耳を立てた。
「はあ? 山の上に何で人魚がいんだよ」
「なんか大昔滅んだ国の偉いさんが酔狂な奴でそこまで運んだとかか?」
「俺が知るか。俺が知ってるのは人魚の血肉が不老不死の霊薬になるってことだけだよ」
「そりゃそうさ」
そんなの子供だって知ってるさと言う声にその場はどっと笑いすぐに別の話題へと流れていってしまった。
「山の上の古城の人魚?」
「おいゲイルそんなとこでサボってないで仕事しろ!」
「いでて……すみません。気をつけますんで耳引っ張るのだけは」
「そうか。それじゃ次サボったら給料減らすからな」
「ぎゃー!! それだけは勘弁してください!!」
上司の横暴な物言いにゲイルはすかさず謝罪し、それ以降は食堂の日常に戻った。だが、その話に食い付いた者がいたことは誰も知らない。
◇◇◇◇◇◇
「ハァハァ……こんなに遠いだなんて聞いてない……」
汗を拭って噂の人魚がいるという古城の地図を見るが全く近づいているようにも思えずゲイルは背中の鞄に地図を仕舞い直した。
「ちくしょうあの親父ぼったくったんじゃないだろな」
20フランもしたんだぞと悪態を吐いて木陰にどかりと腰をおろした。
「くそっ! こんなに遠いのならエリス置いてくるんじゃなかった」
エリスはゲイルの年の離れた病気の妹で数年前流行り病で亡くなった両親の変わりにゲイルが育てている。
けれど、エリスのために薬代を稼ぐのに出稼ぎをする時は近所に住むマーニャおばさんにエリスの世話を頼まなければならないのだが、このおばさんケチな上にせこいのでエリスの薬をあげずにしょっちゅう懐に入れるので別の人に預けたいが、なかなか預かってくれる人が現れなくて仕方なくマーニャおばさんに預けるしかない日々が続いてる。
ゲイルは嫌なことを思い出してしまったと眉をひそめながら風にさわさわと揺れる葉を見ていたが心の中では人魚のことを考えていた。
人魚は不老不死の霊薬の他に上半身は美しい女性の姿で下半身は魚の姿でそのウロコはアクセサリーとして王公貴族に高値で売れるらしい。
別に不老不死の噂は信じていないが、でも、もしいるのならエリスの病気が治る程度その血を少し分けてもらってあわよくば高値で売れるという噂のウロコを何枚か貰えたら万々歳だと思っている。
が、ちらりと背負ってきた大型の甕を見て浅ましい自分に嫌気がさしてくる。
「けど、人魚がいれば困らないのも事実なんだよな……」