『大和撫子』の勉強姿
日間ランキング載らせていただいたので12時の前にもう1話投稿させていただきます。
「もうすぐ定期考査かー」
授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると、圭人は身体を反らせながら、蒼に向けて呟いた。
倒れるのではないか、と心配になったが肘を蒼の机に置き体勢を安定させている。加えて圭人の体幹の強さもあって倒れるどころかふらつく様子すら見せない。
後ろに倒れられると蒼にも被害が及ぶので、是非ともその態勢で話しかけるのなら維持してほしいものなのだが。
「あー。確か来週からだったな」
「そうそう。勉強してる?」
「まぁ……そこそこには」
桜海原高校はそれなりに偏差値のある進学校で毎年有名大学に複数名現役合格生を輩出するくらいにはレベルが高い。
それ故に一限ごとの授業内容はとても濃密で進む速度も早い。
勉強に重きを置く生徒が多いが、中には圭人のように部活に精を出す生徒だっているが、桜海原高校は最低限の成績を残さないと部活に参加できないという決まり事がある。
部活に所属していない蒼には全く関係のない話ではあるのだが、だからこそ他の生徒よりも時間に余裕のある蒼は勉学ではそれなりの成績を収めなければならない。
「蒼はこの前の定期考査って何位?」
「あまり覚えていないけど、確か四十位くらいだった気がする」
それなりの位置に付けているの思うのだが、そこからどうも順位が伸びずにいて蒼は頭を抱えると小さなため息を漏らす。
「まぁまぁ。今回もお互いそれなりに頑張ろうぜ」
カラカラとのんきな笑い声をあげる親友を見つめながら圭人らしいな、と思っていると廊下から半開きになっている扉にひょこりと顔を覗かせる生徒が一人いた。動くたびに結んでいるベージュの髪がぴょこぴょこ揺れている。
「ほら圭人。彼女のお迎えだぞ」
顎を前に突き出して有紗がいることを伝えると、圭人は反らしていた身体を起き上がらせる。視界に有紗を捉えると、だらしなく頬を緩ませていた。
「圭くん。一緒に帰ろ」
教室に入ってきた有紗は蒼たちの前まで歩いてきて圭人の肩に手を乗せて言った。
おう、と圭人も微笑を浮かべて立ち上がる。
「蒼ももう帰る?」
「いや。今日は図書室で勉強してから帰るから」
「そっか。それじゃあ俺らは帰るわ」
「風凪くん。また明日」
「おう。二人も気をつけてな」
楽しそうに会話を弾ませている二人の背中を見送った蒼は椅子を引いて重い腰を上げる。
よし、と自分に気合いを入れるように小さく呟くと、鞄を持って一階にある図書室へと向かい階段を降りていった。
なるべく音を立てないよう静かにゆっくりと図書室のドアを開く。
図書室はそれなりに広く、その空間を埋めるかのように本棚がずらりと並んでいる。
設置されている長机には二、三人の生徒の姿が。それぞれ教科書とノートを開いて黙々とペンを動かしていて、ここにいる生徒も迫り来る定期考査に向けて勉強しているようだった。
桜海原高校には専用の学習室が存在して、放課後に勉強したい生徒がよく足を運ぶのだが、放課後残って勉強したいときは蒼は決まって図書室で勉強している。
やはり学習室の使用したいと思う生徒が多く、場所の取り合いになっているのと、図書室に比べて少し閉鎖的で息苦しいと感じるからだ。
家だとふとしたときにスマホに手を伸ばしてしまうし、同じ景色を見ていてもつまらないので気分転換したいときに蒼は利用している。
蒼も空いている椅子に深く腰掛けると鞄から勉強道具を取り出した。
(あっ……)
ペンケースに閉まっていた消しゴムを取り出そうとすると手元が狂って落としてしまい、不規則に転がっていってしまった。
拾いに向かおうと立ち上がったところでたまたま近くを通りかかった生徒が消しゴムを拾い上げる。
お礼を言おうと床に向けていた視線を上げると、最近よく見るようになった陽葵の姿があった。
蒼が訪れたときにはいなかったので、陽葵も今来たところなのだろう。
「これ、風凪くんのですか?」
「あっ、おう。ありがとう」
そう言って蒼は手を前に差し出すと、陽葵は手の掌に消しゴムを置く。
「一ノ瀬さんも勉強しに?」
「はい。学習室は人が多いですから」
他の人の邪魔にならないように蒼は小声で話しかけると陽葵は小さく頷く。陽葵はすぐに移動して椅子に座って、勉強道具を机に並べて自習を始めた。
蒼とは椅子を一つ挟んだところに座っている陽葵の横顔は惹き込まれそうなくらい美しくて、思わず視線を向けてしまいそうなほどだった。
(一ノ瀬さんも必死に勉強してるんだな)
陽葵に限らず、定期考査で常に一位争いをしている生徒とは元々才能が違うと思い込んでいた。彼らには彼らしか見えない景色があって、それは蒼のような凡人には決して登ることのできないと勝手に決めつけていた。
だが今こうして真剣な表情でペンを走らせる陽葵を目にして、誰よりも勉強に励んでいるからこそあれだけの成績を残せていることを蒼は陽葵を見つめながら思ったと同時に、才能の差だと決めつけていた自分が少し恥ずかしく情けなく思った。
負けていられないと、蒼も数学の教科書と向かい合う。
蒼が最も苦手で嫌いな教科の一つだ。これまでの定期考査でも数学が足を引っ張って点数が伸びないことがほとんど。
今回こそは苦手克服をと思っていたものの、やはりそんな簡単にはいかず応用問題に足踏み状態で、蒼はペンを回しながら小さく唸った。
(ん……?)
蒼は陽葵の方を向いた。
陽葵は鞄からメモ用紙を取り出して何か書くと、それを綺麗に折り畳んでスッと蒼と陽葵の中間地点である誰も使用していない机の上に置いた。
蒼は手を伸ばしてそのメモ用紙を掴みペラリと開いた。
『どこか解らない問題でもあるのですか?』
そこには可愛らしい丸文字で書かれていた言葉が。問題と睨めっこして頭を抱えている蒼を見てそう思ったのだろう。
かと言って話しかけるのは周りにも迷惑になるのでメモ用紙に書いて伝えることにしたようたま。
『まぁ。でも一ノ瀬さんには関係ないから気にしなくてもいい』
蒼はメモ用紙にそう書いて、さっきの場所に戻した。それを受け取った陽葵は再度何かを書いて、差し出す。
『数学なら教えられますよ。得意教科ですから』
『なんで数学って分かった?』
『さっき通り過ぎたときに教科書が目に入ったので。中身を見てしまったのはごめんなさい』
『別に気にしないよ。教えてくれるのはありがたいけど一ノ瀬さんの勉強に邪魔になるだろ?』
『構いませんよ。誰かに教えることで自分が理解しているかどうかの確認にもなりますから』
図書室とはいえこんな至近距離でメモ用紙でやりとりするこの光景は少し異様に見えるだろう。
変な感じがするな、と蒼自身も感じていた。
『邪魔にならないなら頼む。でもどうするんだ?図書室だから話できないだろ?』
『教科書とノートを一度見せてください。計算式や解き方を文字で書き起こしますから』
メモ用紙を見た蒼は教科書とノートを置くと、陽葵は問題に目を通して早速ペンを動かす。スラスラと書き進めていくあたり、数学が得意というのは本当のようだ。
しばらくすると教科書とノート、そして新しいメモ用紙が挟まっていたので蒼は視線を落とす。
(めっちゃ分かりやすいな)
綺麗で読みやすい文字。
そしてただ問題の解き方を書いているだけではなく注意しないといけないこと、特に重要なことは分かりやすいように印を付けてくれていて、書いてある計算式以外にも使える式を書いてくれている。
試しに陽葵が書いてくれた計算式を用いて数字が変わった応用問題を数問ほど解いてみると、驚くくらいにすんなり解くことができた。
正直授業よりも分かりやすくて驚いていた。
とりあえずやっておきたい範囲まで勉強することができたので帰り支度を整えつつ陽葵にお礼を伝えようと思っていたのだが、陽葵は既に自分の勉強に戻っていて集中している様子だった。
(邪魔しちゃ悪いよな)
自分のためにもなると言っていたとはいえ、結局は自分のやりたい勉強を中断してまで教えてくれたのだ。
陽葵のようにメモ用紙を持っていない蒼はノートの一番後ろを千切ると、何かを書き始める。
それを四つ折りにすると、メモ用紙の受け渡しをしていた中間地点に置いて蒼は鞄を担ぐ。
最後に陽葵と目があったので、蒼は僅かに微笑んで図書室から出て行った。
蒼が出ていったタイミングで、陽葵は蒼が残したであろう一枚の紙に気がついてそれを開く。
『ありがとな』
そこには感謝の言葉が記されていて、滅多に表情を変えない陽葵の口元が僅かだが緩んだようにも見えた。
お読みいただきありがとうございます。
ブクマ、評価のほどよろしくお願いします。