『大和撫子』と朝の遭遇
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「いってくる」
「はーい。いってらっしゃーい」
翌朝、蒼はいつもの時間に高校へ向かおうと外に出たところで、栗色の髪を靡かせて家の前を歩いていた少女の姿が目に入った。
「あっ」
彼女もドアが開いた音と最近聞くようになった声に反応して立ち止まると、目を丸くして蒼の方を見た。
どうやらお互い朝のこの時間帯に顔を合わせるとは思ってもいなかったらしい。
「おはよう」
玄関前の三段ある階段を飛び降りると、陽葵の元まで歩み寄る。
顔を見合わせたというのに無視するのは陽葵にとても失礼なことだし、自分だってされたら嫌な気持ちになる。
それに陽葵には昨日擦り傷の処置までしてもらったのだから尚更無視なんてできるわけがなかった。
「はい。おはようございます。昨日の擦り傷の具合はどうですか?」
「おかげさまで順調だよ」
陽葵に言われた通り、帰りに市販の軟膏を購入して眠る前と学校に行く前に塗り直して絆創膏を貼っている。
気のせいだと思うが、傷も治りが早いような気がする。あと二日もあれば治るだろうし目立った跡も残らないだろう。
「なら良かったです」
陽葵の涼しげな表情には僅かだが安堵の色が滲む。大袈裟だなと思いながらも、心配してくれていることは分かったのでありがたく受け取っておくことにした。
「それじゃあ俺は先に行くから」
蒼はいつもの歩く速度で学校へと向かう。
たまたま出会したとはいえ、最低限の挨拶と昨日のお礼は伝えたのだから無理に一緒に登校する必要はないと思った。
陽葵が嫌いなわけではない。そもそも一ノ瀬陽葵という女の子を知らなさすぎるので好き嫌い以前の問題でもある。
ただ一緒に歩いていても陽葵を楽しませられるほどの話題を持っていないので、自分と一緒にいても退屈にさせるだけだと分かっていたからだ。
陽葵とは少し話すようになった程度の同級生の関係。蒼はそれで充分だと思っていてそれ以上は求めていない。それに一緒に登校して学校でありもしない噂を立てられるのは陽葵だって望んでいないはずだ。
そんなことを考えながら蒼は歩いていると、背後から慌てて駆け寄ってくるような足跡が聞こえてきたので振り返ると、陽葵の姿がすぐ近くにあった。
「なんで隣歩いてんの」
蒼は振り向きざまに陽葵に聞いた。
もっと正確に言えば二人分ほどの距離を空けて位置に陽葵はいたのだが、二人の関係性からしてこの距離感は隣と表現するには充分すぎるくらいに近いと蒼は感じていた。
「いえ。ただなんとなくというか……」
「なんとなくって……」
「嫌なら離れますけど……」
「別に嫌ってわけじゃないけど俺と一緒に歩いてても面白くないぞ。それにうちの生徒に見られて変な噂だってされるかもだしな」
「あぁ。そんなことですか」
蒼としては陽葵のことを思っての理由だったのだが、そんなことですかの一言で片付けられたので「えぇ……」と困惑した声を上げた。
「わたしはあまりそのようなことは気にならないので。何か言われれば偶然会ったと言えばいいだけですし、もし仮に噂になってもそれは真実ではないので気にする必要はありません」
「……そうか」
蒼はしばらく押し黙ったあと小声で呟いた。
陽葵の言うことも一理ある。家の前で会ったことは陽葵の言う通り本当に偶然なのだから。
正直な話、蒼としてはどちらでも良かった。
陽葵が気にしないと言ったのだから、これ以上蒼がどうこう言うべきことではない。
蒼は速度を少し落として、再び足を前に動かした。陽葵も一定の距離を保って蒼の隣を歩く。
隣を歩いているのに言葉を交わすわけもなく、時折り聞こえる吐息だけがお互いの耳に聞こえた。
「……」
しばらく歩いたところで、蒼は車道側を歩いていた陽葵のさらに車道側に移動する。
「気にする必要なんてなかったのに……」
「一ノ瀬さんが気にしなくても俺が気にする」
隣を歩いている以上、女性に車道側を歩かせるわけにはいかない。蒼は路側帯の白線を踏むようにして歩き、陽葵は蒼がさっきまで歩いていた位置に移動した。
「ありがとうございます」
「ん」
陽葵は栗色の瞳を蒼に向けてお礼を口にして、蒼は短く返事をした。
ただ自分の良心に従ってそうしただけであって、別に感謝してほしくてやったわけではない。
学校に近づくにつれて、同じ制服を着た生徒の姿が見受けられるようになる。
彼らは二人の姿に気がつけば目を大きく見開いていた。
蒼と陽葵という珍しい組み合わせ。接点もないであろう二人が隣を歩いているのにお互い顔を合わせることなく無言で歩いているのだからそんな反応になってしまうのも無理はない。
中にはこちらを見てひそひそと話し合う者の姿もあって蒼はチラリと視線を送るが、陽葵は言葉どおり表情には一つ変えることはなかった。
二人はこのまま校門をくぐり校舎の中へと入っていく。
「それではここで」
「おう」
クラスは別なので下駄箱の場所も当然違う。
校内で一緒に歩くのは陽葵も流石に考えていないようで、もちろん蒼もそんな気はさらさらない。
履き慣れた内履きの踵を直すと、蒼は教室へと向かう。
階段を登って廊下を歩いていたところで、先に学校に来ていた圭人が外の景色を眺めていて蒼が来たことに気がつくと、おはよう、と軽く手を上げて笑顔を向けるので、蒼も淡く微笑んでおはよう、と挨拶を返した。
「なぁなぁ。早速だけど一つ聞いていい?」
「ん?」
「一ノ瀬さんと一緒に歩いてたけどどうしたん?」
どうやら蒼と陽葵が一緒に登校している様子も圭人はここから見ていたらしく、圭人の爽やかな顔立ちは悪戯っ子のような笑みを浮かべている。
「たまたま会ったから一緒に登校しただけだよ。一ノ瀬さんの登下校の道が俺の家の前を通るらしいんだよ」
「ほー」
その顔は明らかに信用していないと言っている。
「本当だぞ。確かに隣を歩いてはいたがお互い無言だったしな」
「それはそれで辛くない?会話なしって」
「いや別に」
廊下から眺めていた二人の登校時の様子を知った圭人は思わず苦笑いを浮かべていて、蒼も肩をすくめて小さく笑うと、教室へと入っていった。
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