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『大和撫子』と体操服姿

 午前中の授業、昼休み、そして今ちょうど五限目の授業を終わりを告げるチャイムが鳴り響く。


 教科担当の先生が教室を去ると、後に続くようにクラスメイトたちは鞄や手提げを手に持って次々と教室から出ていった。圭人も机のフックにかけていた鞄を持つと蒼の方を振り向いて、


「蒼。次体育だから早く更衣室行こうぜ」


「おう」


 教室という狭い空間に閉じ込められて椅子に座って机に向かい授業を受けることが退屈だと思う生徒がほとんどだろう。体育はそれから解放される数少ない時間なので喜ぶ者も少なくない。


 だが蒼の口から出たのは誰が見ても憂鬱だと分かるほどの重苦しいため息だった。


「なんでため息?」


 隣を歩いていた圭人は不可解な面持ちを浮かべると蒼に向かって呟く。


「こんな寒い時期に外で体育なんかやりたくないんだが。風邪ひくぞ」


「ぶっちゃけ外でも体育館でもあまり変わらんと思うんだけどな」


 蒼は別に体育が嫌いなわけではない。運動部には所属していないが、運動に苦手意識を持っているわけでもないし身体を動かすことは好きな方である。ただ長期間続けることによって結果が出てくる筋トレは別なのだが。

 蒼はただ寒いところが大嫌いなのだ。


 渋い顔で文句を垂れる蒼に対して肩をすくめる圭人の表情は相変わらず爽やかだ。

 最近の体育ではサッカーをやっている。圭人からしたら授業でも大好きなサッカーができることが楽しくて仕方がないのだろう。


「まぁまぁ。動いてりゃ身体も温かくなるって」


 笑いながら圭人に肩をポンポン叩かれて、蒼はもう一度深いため息を吐いた。


☆ ★ ☆


 蒼たちはジャージ似の体操服に着替えを済ませてグラウンドへ移動。太陽は顔を覗かせているものの、肌を突き刺すような寒さが全身に襲いかかってくる。少しでも風が吹けば鳥肌が立ち身震いをして、手で必死に擦りながら身体を温めた。


「なぁ圭人。その格好寒くないの?」


 授業が始まってしばらく経過した頃。

 二人一組で準備体操を行なっていたときに蒼がやや心配そうな声音で圭人に向けて言葉を発した。


 蒼は格好は長袖長ズボン。下には半ズボンと長袖のヒートテックを着込んでいる。

 対して圭人は長袖に膝丈の半ズボンと肌を露出した格好。周りを見渡せば半ズボンの生徒も見受けられるがそれでも長ズボンの生徒の方が多い。


 その圭人はまるで寒さを感じさせない元気な姿を見せているのだから、蒼はそう尋ねずにはいられなかった。


「だってこっちの方が動きやすいし」


 圭人にとっては寒さ対策よりも体育での動きやすさの方が優先順位なようだ。


「それに、今日は格好いいところを見せないといけないからな」


「あぁ、なるほど」


 そう言った圭人が向けた視線の先には体操服を着ている有紗の姿があって、蒼も頷く。


 桜海原高校は二クラスで体育を行なっていて、有紗のいる一組と蒼たちの二組が合同ということになっている。

 その中には陽葵の姿もあって、いつもと変わらない凛とした佇まいで前を向いていた。


 男女別々で行なっているはずなのだが、今回は女子も外で授業を行うらしく、周りにいる男子たちの気迫や目の色がいつもと違う。女子にカッコいいところを見せようと気合が入っているのだ。


「単純だなぁ」


「男はそんな生き物なんです」


 準備体操を終えると、チームを作って早速試合形式が始まった。

 最初は別チーム同士の試合なので、同チームの蒼と圭人はコートから離れたところで胡座をかきながら試合を眺めていた。


「おーお。すげーやり合ってる」


 いつもは半分真面目半分楽しみながらで時折り笑い声が飛び交うような、緩い空気感で男子たちだが、今日は最初から本気で授業に取り込んでいる。あまりにも激しくいきすぎて怪我をしなければいいのだが。


「みんな張り切ってんな」


「でもその頑張り。多分無駄になると思うぞ」


「なんでよ?」


「女子の方見てみろよ。男子のことなんてまるで気にしてねぇ」


 蒼が指差した方向に圭人が視線を向けると、確かにそうかもな、と言った。


 彼らが女子にいいところを見せようとしている一方で、その女子は男子の方には目もくれず楽しそうにサッカーボールに触れていたので、その頑張りは彼女たちに届いていない。


「みんなが不憫に思えてきたな」


「いいんじゃないの。少なくとも授業態度で点数引かれることはないんだし真面目にやってるんだから」


「蒼くんはお堅いこった」


 などと話していると、試合終了を告げる先生のホイッスルが鳴って次は蒼たちの番になった。


「よーし。今日は有紗にいいところ見せるぞ」


「おー頑張れー」


「蒼も一ノ瀬さんが見てるんだからほどほどに頑張れよ」


「うるせ。まぁ足を引っ張らない程度にはな」


 立ち上がって砂を払いながら茶化しながら気合を入れる圭人に、蒼はそれなりに頑張ることを告げて二人はコートの中へと入った。


☆ ★ ☆


 他のみんな同様に圭人も張り切っていて、みんなが楽しめるようにボールを回しながらも決める場面はしっかり決めるなどして大活躍。

 有紗も圭人の活躍をしっかりと見ていて嬉しそうにはしゃいでいた。圭人と目が合ったので小さく手を振ると圭人も振り返す。


 その微笑ましい光景に本当に仲がいいのだな、と思わせられる。


 蒼はというとボールが来てはすぐにパスを出す程度で活躍らしいものはしていないが、足を引っ張るほどでもない。


 軽く走りながらあとはこのまま時間が過ぎればいいのだが、と思って視線を逸らす。

 少し早いが女子は授業を終えて教室に戻ろうと移動しながらコートに視線を移していた。陽葵もこちらを見ていて一瞬目が合った。


 どう反応すればいいのか迷っていると、


「蒼っ!」


「え」


 圭人からの声が聞こえて慌てて視線を戻すと、足元のすぐ近くにボールが転がってきていて――


「ぐへっ」


 余所見をしていたせいで足元に転がってきたボールを蹴り損ねた挙句躓いて体勢を崩してしまいみんなの前で盛大に転んでしまった。

お読みいただきありがとうございます。

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