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『大和撫子』について

 朝のチャイムが鳴り響く前、蒼と圭人が座っている座席の間には一人の少女――月宮有紗(つきみやありさ)が立っていた。


 ベージュ色の髪をシュシュで結んでいる。小柄で可愛らしい顔立ちをしていて柔らかい印象を与えてくれる少女だ。

 

 蒼が話すことができる唯一の女子であり圭人の中学時代からの恋人だ。有紗と仲良くなったのも圭人の存在が大きい。


 有紗とは違うクラスなのでときどきこうして蒼のクラスに顔を出しては他愛のない話をしに来ている。有紗の目的の八割以上は圭人と話すことだろう。


「なぁ月宮さん。一つ聞きたいことあるんだけど」


「ん?どうしたの?」


「一ノ瀬さんってどんな人なんだ?」


 陽葵と有紗は同じ二組。クラスメイトである彼女なら陽葵のことについて何か知っていることがあるのかと思ったのだ。


「一ノ瀬さん?物静かで真面目。世の男子の願いを全て兼ね備えたような可愛い女の子だよ」


 有紗の言葉に頷きながらまぁそう答えるよな、と蒼は思う。その表現が陽葵を表すのに一番相応しいだろう。


 陽葵の美貌は蒼たち一年生だけではなく上級生も魅了するものであり、彼女の顔を拝もうとクラスにまで足を運んだ生徒もいただとか。


「風凪くんが一ノ瀬さんのこと尋ねてくるなんて……何かあったの?」


 有紗からしたらまさか蒼の口から一ノ瀬さん、という言葉が出てくるとは思ってもいなかったのだろう。


「有紗。蒼と一ノ瀬さんは実は面識があるんだよ。この前帰ろうとしてたらお礼言われててさ」


「え、そうなんだ」


「別にそんな大したことしてない。落とし物拾ってそれが一ノ瀬さんの大事なものだっただけ」


 話が膨らんだり話が変な方向に進んでしまわないように蒼は真実を端的に述べる。

 圭人は淡い微笑みを浮かべながら呟いて、有紗は表情に驚きの色が含めて意外そうに蒼のことを見つめていた。


「蒼くんさ。もしかして一ノ瀬さんのこと狙ってる?」


「はぁっ?」


 圭人から投げかけられたあまりにも的外れな質問に、何言ってんだ?と蒼は呆れた顔を浮かべるが、それはすぐに失笑へと変わる。


「ないない。たった数回話しただけでどうやって恋愛感情に変わるんだよ」


「ふぅん。俺はてっきりお近づきになりたいから有紗に聞いたものかと」


「んなわけあるか」


「じゃあなんで急に有紗にそんなこと聞いたんだよ」


 笑いながら言ってくる圭人の言葉に蒼は固まった。

 自分自身なぜ陽葵のことを知ろうとしているのか。確かに陽葵のことは可愛いと思っている。だがそれは決して恋愛感情なんかではない。それとは違う何かを彼女から感じて――


「――ぁ」


「ん?どうしたよ」


「……いや、なんでもない」


 今なんとなく分かったような気がした。

 教室で見た陽葵の横顔もスーパーで出会したときに見せた表情も、氷のように冷たい表情からはどこか寂しそうで心に大きく穴が空いているように見えたからだ。

 何かを求めているような気がして、そこにどことなく昔の自分を重ね合わせるように――


「あ、でも自分から積極的に話しかけてくるタイプじゃなくて誰かが話しかけてきたら話してるって感じかな。基本は授業の予習とか読書とか」


「あー。なんとなく想像できる」


「あと……何て言うんだろう。相手の領域には踏み込まず自分の領域にも踏み込ませず、どこか一歩引いてるような。特別仲の良い誰かと行動することもあまり見たことないし」


 適切な距離を保って接しているというわけね、と蒼が言うと、そうだね、と有紗は返した。


 学校だからといって誰かと仲良くしないといけない決まりなんてない。一人が好きなら無理して付き合う必要はないと思っている。


「でもいい子だよ。話しかけたら笑顔で話してくれるし。頭も全然いいし女のわたしから見てもやっぱり可愛いし。まぁわたしが知る限りだとそれぐらいかな」


「分かった。ありがとう月宮さん」


「どういたしまして」


 有紗は淡い微笑みを蒼に向けた。


「なぁ有紗。今日も部活あるんだけどちょっと待っててくれない?」


 蒼と有紗の会話が終わったタイミングで圭人が話しかけて、有紗はくるっと回転して圭人を見た。


「別にいいけど……圭くんどこか行きたいところでもあるの?」


「まぁな。ちょっとスポーツ用品店に行きたくて。スパイク壊れかけてて新しいの買いに行きたいんだよ」


「いいよ。そのかわりクレープ奢ってね」


「うげっ……まぁ待ってもらうわけだからいいけどさ」


 笑みを含んだ声で言う有紗に圭人は眉を顰めるがしばらくして頷くと、「圭くんありがとー」と言って圭人の肩に手を乗せて小さく跳ねた。


「全く仲がよろしいことで」


 蒼は頬杖を突きながらクスッと小さく微笑みながら目の前で仲睦まじく話している二人をぼんやりと眺めていた。


 有紗が教えてくれたことで陽葵のことを少しは知ることができた。

 だが陽葵から感じたあの寂寥さの正体までは結局何かは分からなくて。程なくして二人に向けていた視線を外の景色へと向けると、ため息に近い吐息を小さく漏らした。

お読みいただきありがとうございます。

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