『大和撫子』のお買い物姿
まさか休日に。しかもスーパーで出会うなんて思ってもいなくて蒼も困惑と驚きの感情が生まれていた。それは陽葵も同様なようで栗色の瞳を丸くして蒼を見つめていた。
片手はスマホで塞がっていたので、スマホにメモしたものを確認しながら買い物をしていたのだろう。
「おはよう。一ノ瀬さん」
「おはようございます。風凪くん」
「奇遇だな。休みの日に会うなんて」
「こんな偶然もあるんですね」
顔を見合わせた以上無視するわけにもいかず、蒼が挨拶すると陽葵も挨拶を返すがそれ以上が続かない。
ほんの数日前に初めて言葉を交わすようになった同級生と話すことなんて何もない。
造形美を感じさせる陽葵の表情は学校でいるときのよう。無表情というわけではないが、どこか掴み所を感じさせない雰囲気を感じさせる。
なんとか退屈させないようにと蒼は何かいい話題はないかと思考を巡らせる。
「……風凪くんも買い物されるのですね」
しばらく続いていた沈黙を破ったのは陽葵だった。彼女の視線は蒼が持つカゴに向けられていて
意外そうな目を向けている。
「たまにだよ。今日は親が都合で出かけるから俺が代わりにやってる」
「そう、なんですね」
納得したように呟いた陽葵の表情はこれまでとは違った、何か心に引っかかった気がして蒼は内心で疑問に感じながら、蒼も陽葵のカゴに視線を送る。
カゴには大根やにんじんに玉ねぎ、その他諸々の野菜類と牛肉、そして味噌を始めたとした調味料類が綺麗に並べられている。
蒼も気を遣ってはいるが、後からどうしてもくちゃくちゃに入れてしまうのだ。
「一ノ瀬さんもその味噌使ってるんだ」
美味いよなこれ、と調味料が並んでいる棚に並んでいる複数の味噌から一番右に置かれている味噌を手に取る。蒼の実家で使用している味噌と陽葵の買い物カゴに入っている味噌は同じものだった。
買い物カゴに味噌を入れたところで蒼は続けて言う。
「この近辺に住んでるの?」
答えたくなかったら答えなくていいけど、とすぐに付け足す。蒼の自宅からは十五分ほどの距離にある。陽葵も帰り道に蒼の自宅を通り過ぎていて、陽葵もここに訪れるということはもしかして、と思ったのだ。
「はい。ここのスーパーが一番最寄りで」
思いのほかすんなりと答えてくれたので「そうか」と蒼は頷く。
よく見ると野菜に割引シールが貼られていて、ちゃんと節約しているんだなと感心する。
「なんて言うか……買い物慣れしてるよな」
「……」
蒼としては褒めたつもりだったのだが、返事は返ってこなかった。
陽葵の表情は僅かに陰りを見せていてそれを見せないようにか目を伏せていた。
「気を悪くさせてしまったならごめん」
「いえ。風凪くんのせいではないです」
カゴを持ち直すと楓は顔を上げるといつもの陽葵の表情に戻っていた。
「一ノ瀬さんは他に買わないといけないものとかあるの?」
「いえ。とりあえず必要な食材と生活用品はもうカゴの中に入っていますけど」
「じゃあレジに並ぶか。ここで立ち話をするのは他のお客さんにも迷惑になるだろうし」
蒼と陽葵は空いているレジの方に並んでそれぞれ会計を済ませた。
レジ付近にある台にカゴを置くと、持ってきていたエコバッグに突っ込んでいく。しばらくして会計を終わらせた陽葵も荷物をシンプルなデザインのエコバッグに次々と入れていく。
「重たくないかそれ?」
食材や調味料が入ったエコバッグはかなり重そうだ。蒼と会話していたときも何度かカゴを持ち直していたので気になって尋ねてみた。
「まぁ少し重いですけど……」
よいしょ、と両手でエコバックを持ち上げると二歩ほど後ろによろめいた。女子が持つにしてはやはり重いようだ。
「貸して。持つ」
「でも風凪くんも荷物ありますよ」
「俺のはそんなに重くない。それにあんなにふらつかれたら心配にもなる。だから持つ」
圭人に痩せたと言われたが、蒼だって高校生だ。陽葵より何倍も力はあると思っているしこれぐらいの荷物を持てなければお話にならない。
「……ではお願いしてもいいですか」
「あぁ」
しばらく黙考したのち、陽葵はエコバッグを蒼に手渡した。蒼はそれを受け取ってやがて陽葵の手が離れるとズシッと重さが襲いかかってくる。
「だ、大丈夫ですか?」
「うん。他の人の邪魔になるだろうしとっとと出ようぜ」
蒼と陽葵はスーパーを出ると先ほどよりも雲行きが怪しくなっていてもういつ降ってきてもおかしくない。
「無理に隣を歩く必要はないからな」
変に誰かに見られて何か言われるのは陽葵にとっても嫌だろう。そう言った蒼は自宅に向けて歩き出した。
先に歩いた蒼を陽葵は追いかけて、人二人分が入れるくらいの距離感で蒼の横を歩く。
そこからの会話はなかった。
蒼はこれ以上話すことはないし、それは陽葵も一緒だろう。
だとしたら、なぜ今こうして陽葵の荷物を持っているのか。話すことがないのならもう陽葵と関わる必要なんてないし、わざわざ荷物を持ってやるほどの仲でもない。
それはきっと、あのとき感じた引っかかりと同じのものなのだろう。
だがそれが何か分からなくて、その正体を考えながら蒼は歩いていた。
荷物を持っていたので、いつもより五分ほど遅れて自宅に着いた。
「ここが風凪くんのご自宅ですか」
「そっ。両親のおかけで不自由ない生活をさせてもらってる」
佇む蒼の実家を眺めて陽葵はポツリと呟いて、蒼は頷いた。
蒼の実家は周辺に建てられている一軒家よりは大きい。共働きしていることに加えてそれなりの給料もいただいていると、チラッと聞いたことがある。
もちろん自分の欲しいものはバイトで貯めた貯金から捻出しているので両親には迷惑をかけてないと思う。
「ここまで持っていただいてありがとうございました」
「そうか」
陽葵の自宅まで持っていく、と答えるとやましいことを考えていると思われる可能性がある。
「ではこれで」
「おう。気をつけてな」
ぺこりと頭を下げて歩いていく陽葵の背中を軽く手を上げながら見送った。
結局その正体は分からずじまいで、家で考えるほどのことではないな、と結論づけた蒼は自宅へと入っていった。
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