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『大和撫子』とお雑煮

 食卓にはお雑煮を始めとしてだし巻き卵や黒豆

、筑前煮などが並んでいて、蒼たちは椅子に腰掛ける。

 まさか思わぬ形でこの食卓を四人で囲むことになるとは思ってもいなくて、蒼は隣の椅子に座っている陽葵に横目でチラッと見る。


 蒼以上に驚きと困惑しているのは陽葵だろう。まさか元旦に友達と呼べるか怪しい関係性の男子の家にお邪魔して朝食を食べることになるなんて想像できない。


 最初は「家族の時間をお邪魔するわけには……」と断ろうとしていた。押しには強いと思っていた陽葵だったが、それ以上の力で押してきた恵には勝てなくて、今この状況に至る。


「いただきます」


「いただきます」


「い、いただきます」


「はい。召し上がれ」


 先に雄大と蒼、少し遅れて陽葵が手を合わせる。陽葵を招待した恵は笑顔を浮かべていた。


「どう?お口にあったかしら?」


「はい。とても美味しいです」


 お雑煮のすまし汁を口にした陽葵は小さく息を吐くと僅かに口元を緩ませ、恵は「そう。良かった」と安心した様子を見せた。


 蒼も箸で切り餅を掴むと口に運ぶ。

 年越し蕎麦が今年の終わりを感じさせるのならばお雑煮は今年が訪れたことを知らせてくれるものだろう。

 餅を喉に詰まらせないようによく咀嚼して味わったあと、飲み込んだ。


 (……綺麗だな)


 蒼は隣で朝食を食べる陽葵に視線を向けた。

 その横顔は何度見ても魅了されてしまうほどで芸術品を思わせるような美しさがある。

 他人の家だからというのもあるだろうが真っ直ぐ伸びた背筋、一つ一つの動作は綺麗で箸の使い方一つにしてもどこか気品を感じさせる。  

 

 高級マンションに一人暮らしさせられるくらいの財力はあるのだから、それなりに育ちはいいのだろう。

 

「蒼。箸が止まってる」


「何陽葵ちゃんに見惚れてるのよ」


 雄大からは食事の手が止まっていることを優しく注意され、恵からは陽葵を見ていたことを茶化すように言われてしまい、蒼は視線を逸らすと誤魔化すようにすまし汁を飲む。


「あの……」


「……悪い」


「別に謝るほどのことではないと思うのですけど……ただこの距離でジッと見られるのは少し恥ずかしかったので……」


 表情には不快さを露わにしていないが、代わりに少し反応に困ったような苦笑を浮かべている。  

 

 お人形さんのような可愛らしい顔立ちと誰もが羨む綺麗な肌を持つ陽葵は、日頃の学校生活でも生徒の視線を集めることが多い。

 だがあまり交友関係を持たない陽葵にとっては、遠目から視線を向けられることは多くても至近距離で、しかも異性に見られることはあまり慣れていないのかもしれない。


「んっ。このだし巻き卵美味しいね」


「そうでしょ。これは雄大さん用に少し甘口にしてみたんだけどお口に合って安心した」


 だし巻き卵を口にした雄大が表情を明るくして舌鼓を打つと、恵は嬉しそうに笑みを作った。


「でもあと数日したら恵の料理が食べられなくなるのがとても残念だよ」


 雄大も料理が全くできないわけではないが、見た目も味も恵には到底及ばない。ここ数日味わった妻の料理がまた食べられなくなってしまうので、雄大は肩を落とした。


「そうね……そしたらこれから毎週雄大さんの食べたいおかずをタッパーに入れて送るわ。遠方で頑張っている雄大さんには美味しいご飯を食べてほしいもの」


「本当かい?それは嬉しいなぁ」


「ふふっ。何か作って欲しいものとかあるの?なんでも作っちゃうから」


「そうだなぁ。恵の料理ならなんでも美味しいし大好きだから決められないな」


「……もうっ」


 いい意味で少し困ったように淡い微笑みを見せる雄大の言葉が相当嬉しかったのか、恵と口元の緩みが抑えられず口元を手で覆った。


「二人とも。一ノ瀬さんがいる前でやめてくれ頼むから……」


 蒼の言葉が恵と雄大の耳には届いていない。陽葵がいるということすらすっかり忘れていて、「ダメだ。聞こえてねぇ……」と蒼は頭を抱えたくなってしまった。


「それじゃあ今日のお昼はオムライスが食べたいな」


「分かった。蒼もオムライスでいいかしら?」


「え?あぁ、うん。いいけど……じゃなくて一ノ瀬さんがいるんだから……あぁもう。ごめんな、なんか見苦しいところを見せちゃって」


 恵の言葉に頷きつつ、夫婦の戯れ合いを止めるように再度言葉を投げかけるが、また二人の世界を入り込んでしまっていて、蒼は陽葵に頭を下げた。


「……一ノ瀬さん?」


「仲、とてもよろしいのですね」


「え?……まぁいい方ではあるだろうな」


むしろ仲が良すぎて少し困るところまであるのだが、と蒼はそう思うが、陽葵は恵と雄大を真っ直ぐ見つめていた。無表情だが栗色の瞳は羨望の眼差しの向けているように見えた。


☆ ★ ☆


 蒼と陽葵は今、家の前に立っている。

 朝食を食べ終わったところで陽葵が帰宅すると言ったので蒼たち三人は玄関で見送ったあと、蒼は陽葵と共に外に出て玄関前の階段前まで見送ろうとした。


「わざわざお見送りすること必要なんてなかったのですよ。それにその格好、寒いでしょう」


 冬用とはいえ部屋着姿。室内と外の寒暖差に身体を震わせている蒼を見兼ねて陽葵は憂色そうにしていた。


「礼儀としてだよ。それに母さんが無理やり連れてきたっていう申し訳なさも込めてるけど」


「わたしはその……楽しかったですよ。なんだか新鮮で」


「息子からしたらあんなのただの公開処刑だよ」


 呆れたように言葉を漏らした蒼の表情には煩悶の色が表れている。陽葵はというと口元に小さな笑みを浮かべていた。


「いいですね。明るくて楽しいと食卓があって。羨ましいです」


「あれ目の前で見させられるの中々しんどいぞ」


「いいではないですか。それだけ仲が良いということなんですから。風凪くんもご両親と仲が良さそうで……」


 羨ましいです、ともう一度その言葉を吐いた。


「……一ノ瀬さんのところは、違うのか?」

 

「どうなんでしょうね。仲が良いとか悪いとか、それ以前の問題なのです」


 蒼の問いかけにどこか他人事のように答える陽葵は栗色の瞳に悲しみの影をよぎらせていた。

 そんな陽葵になんて言葉をかけるのが正解か分からなくて、蒼はただ押し黙ることしかできなかった。


「すみません。こんな話をしてしまって。今の話は忘れてください」


「忘れるって。んなこと……」


「お願いします」


 忘れるなんてできるわけがなかった。

 だって目の前にいる陽葵は顔を引き攣らせた悲痛な表情をしていて、蒼に向けた言葉もとても苦しそうだったから。


「今日はお誘いいただいてありがとうございました。とても楽しかったです」


「あ、あぁ」


「それではまた学校で」


 陽葵は背を向けて、自宅へと向かい歩き出していった。その後ろ姿はとても哀愁が漂っていて、きっと何か声をかけるべきなんだろうと分かっていながらも、その一歩が踏み出せなかった蒼は遠くなっていく陽葵の背中をただ見つめることしかできなかった。

お読みいただきありがとうございます。

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