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『大和撫子』と蒼の両親

 (普通だな)


 吉と書かれたおみくじの内容に目を通して蒼はそんなことを思っていた。

 特に気になるようなことは書かれていない。そもそもの話おみくじの内容に関してはあまり信用はしていない。お参りと同様おみくじに書かれていることがそのまま当たるなんて思ってもいないからだ。


「どうだったのですか?」


 隣から透き通ったような声が蒼の耳に届く。

 先ほどまで周りの視線を集めていた陽葵は今、蒼と共に行動。というより誰の邪魔にもならない隅っこに移動して立っていた。


「まぁぼちぼち」


 一通り目を通した蒼は境内におみくじを結ぶと、陽葵へと視線を向けた。


 陽葵の服装は白の厚手のロングコートに膝丈下の白のスカート。その下には厚手の黒タイツを履いていて黒のスノーブーツを合わせていて、

 化粧も目立たない程度に自然に施しているようだった。


 (確かに周りが視線を向けるのも納得できるな)


 元がいい陽葵の可愛らしい顔立ち整った体形。

 大和撫子と呼ばれるのに相応しいくらいの清楚でお淑やかな雰囲気は軽く施された化粧によってより一層強調されて、高校生ながら大人の色気も感じさせて、蒼の鼓動は少しだけ早くなっていとのだがそれを陽葵に気づかれぬようにと隠す。


「とりあえず、明けましておめでとうございます」


「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」


「こちらこそ」


 よろしくお願いしますと言うほど去年は接点が全く言っていいほどなかったのだが、新年のお決まりの挨拶をそれぞれ口にした。


「そっちはどうだったの?おみくじ」


「わたしも可もなく不可もなくって感じです」


「そっか。一ノ瀬さんはおみくじとか信じる方?」


「いえ。運試し程度に引いているようなもので内容そのものはあまり信じていないです。仮に大吉が当たったとしていい事ばかりが起こるようになるのなら苦労はしませんから」


 淡々と言葉を連ねる陽葵を、蒼は意外そうにきょとんと見つめていて、何か?と言いたげな顔つきを陽葵は浮かべた。


「女子っておみくじとか占いとか好きって聞くから一ノ瀬さんもそうなのかなとばかり」


「その結果が良くても悪くても、結局最後は自分の頑張り次第だと思っているので。努力が必ず実るとは言えませんけど、それは無駄にはならないと信じてますから」


 陽葵の言葉には説得力を感じさせられる。

 彼女の努力の一端は蒼も二度その目で見ているし、実際にその努力の結果も出している。当の本人はその結果には随分と不服というか納得していないようだったが。


 蒼もそういった類のものはあまり信用せず自分のできるペースで地道にコツコツとやってきた人間なので、現実主義者という意味では似たもの同士なのかもな、と蒼は勝手に親近感を抱いていた。


「そういえば……風凪くんのご両親はどこにいらっしゃるのですか?」


「甘酒買いに行った。待ってるその間におみくじでも引いてこいって言われてな。一ノ瀬さんは……一人暮らしだったよな。もしかして一人で?」


「はい」


 静かで落ち着きのある、しかしどこか悲しくなるような返事に、蒼には聞こえた。


「……あのさ、一ノ瀬さん」


 蒼は白い吐息と共に彼女を呼び、陽葵はきょとんとした顔を見せる。


 これ以上踏み込むな、と自身の理性が口にする。それは蒼の頭の中でも分かっていて、それを口にすれば陽葵にとってはいい迷惑になることは分かりきっている。

 だけどそれ以上に、見ているこちらが悲しくなるような表情を覗かせる陽葵のことが気になって――


「何か――」


 何かあったのか?と陽葵に問いかけようとした。

 だがそれとほぼ同時。

 いや、それよりも少し早くに、


「蒼ー。甘酒買ってきたわよー」


 張り詰めた空気が流れている中、それを一刀両断するかのような気の抜けた声で蒼のことを呼ぶ声が、陽葵に尋ねるよりも早く聞こえた。


 二人揃って声の方に目を向けると、甘酒を買いに向かっていた恵と雄大の姿がいた。


 その恵と雄大は自分の息子とその隣に立っている栗色の美少女を話している姿を目撃して、蒼と陽葵に交互に目を配る。


「蒼。そちらの女の子は……?」


嫌な予感がする、と蒼は冷や汗を流す。なんとかこの流れを断ち切るべく蒼は即座に口を開いて、


「あ、えっと。俺の……」


「もしかして……彼女さん?」


 高校の同級生と言う前に、恵はそう尋ねてくる。

 このとき陽葵は突然の出来事すぎて「えっ」と栗色の瞳を大きく見開いていた。


「可愛らしいお嬢さんじゃない!ちょっと蒼。こんな別嬪さんの彼女がいるなら早く紹介しなさいよ」


 陽葵とは正反対に表情を輝かせた恵は手を打ち鳴らして陽葵に視線を向けていた。


「いや違う。ただの高校の同級生。たまたま会ったから話してただけ。早とちりすんな」


 これ以上面倒なことにならぬように、蒼は説明してすると恵は分かりやすく肩を落とした。

 神社に訪れる前に蒼の彼女についての話をしていただけに蒼が女子と話している姿を見て勘違いしてしまったのだろう。

 

「その、ごめん。変なことに巻き込んで」


「い、いえ。わたしは別に。まぁ少し驚いたくらいで……」


 そう言う陽葵はまだ呆気にとられた表情の色を覗かせていて、蒼はもう一度ごめんと謝った。


「高校の同級生ということは、二人は同じクラスの友達ってことかな?」


 嘆息を漏らす恵の隣に立っている雄大が二人を見つめて不思議そうに尋ねる。


「クラスは別。ここ最近少し話す機会があってそれなりに面識があるって感じ」


 友達と呼ぶにはあまりにも関係が浅すぎるような気がして言葉を濁す。雄大は特に深く追求してくるわけでもなく小さく頷くだけだった。


「ねぇ。お名前聞いてもいいかしら?」


「あ、はい。一ノ瀬陽葵と言います」


「いい名前を付けてもらったのね。陽葵ちゃんって呼んでもいいかしら?」


「あ、はい。大丈夫です」


 陽葵もいつも通りの落ち着いたような、恵と雄大の前だからか少しだけ緊張しているようにも取れる表情を見せる。


「見て分かると思うけど一応紹介する。俺の両親」


「蒼の父の雄大です」


「蒼の母の恵です。いつもうちの蒼と仲良くしてくれてありがとうね」


「いえ。こちらこそ」


 柔らかく微笑む雄大と満面の笑顔を見せた恵に、陽葵も淡い笑みを口元に浮かべて軽く会釈した。


「ところで陽葵ちゃん。ご両親の姿が見えないのだけれど……せっかく息子と仲良くしてくれているのだからご挨拶したいと思って……」


 周りを見渡す恵に「あっ……」と陽葵は罰が悪そうにしていた。


「一ノ瀬さんは一人暮らしだから一人で来たんだと」


「あらそうなの。高校生で一人暮らしなんて凄いわねぇ」


 答えづらそうにしていた陽葵の代わりに蒼が答えて、恵は感心するように唸り声を漏す。

 そして何か思いついたように手を打ち鳴らすと、雄大に耳打ちして何か話し始める。雄大は何度か相槌を打ち、優しい笑みを見せながら恵と言葉を交わせば「陽葵ちゃん」と恵が声をかけて、


「陽葵ちゃん。この後家でお雑煮一緒に食べない?」


「「えっ?」」

 

恵からの突然の提案に、陽葵と蒼は困惑したような声を重ねた。

お読みいただきありがとうございます。

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