『大和撫子』と定期考査
蒼と圭人は校内の掲示板を眺めていた。
定期考査を終えてしばらくした頃、今日はテストの順位表が貼り出される日だ。
上位五十名の名前が記載されているので、皆そわそわした様子を見せながら順位表に視線を送っている。
(……あった)
掲示板の三十位前後に名前が載っていて、とりあえずは四十位の壁を乗り越えることができたことに蒼は安堵の息を吐いた。
「おっ。蒼順位上がってんじゃん。やったな」
「おう。ありがと」
「俺は今回も名前載ってなかったわ」
「圭人は部活と月宮さんに時間を割きすぎなんだよ。飲み込み早いんだからもう少し勉強に本腰いれりゃ……」
「だって勉強より部活と有紗が優先なんだもん」
キッパリと言い切った圭人はあまりにも清々しくて、「お前な……」と蒼は呆れた目を向ける。
その有紗の名前は十二位に載っているのだから、彼女はしっかり勉強した上で圭人との時間を楽しんでいるのだろう。
蒼は改めて視線を順位表に向ける。
その順位にいるのは陽葵に教えてもらった数学の応用問題を解くことができたのが一番の要因だろう。おかげでいつもよりも点数を伸ばすことができたので、陽葵には感謝の念しかない。
その陽葵はというと、二位だった。
そして彼女を抑えて一位の椅子に座ったのは――
「すごーい。南くんまた一位だ」
「ねー。また南くんに勉強教えてもらおうかな」
「勉強できてカッコいいとかもう反則だよね」
近くにいた女子たちは一位の隣に記載されている名前を見つめながら楽しそうに盛り上がっていた。
「俺がどうかしたの?」
静かで落ち着きのある声が響き、話していた女子たちの視線はその少年――南晴久に釘付けになった。
圭人と系統こそ違うものの整った顔立ち。誰が話しかけても嫌な顔一つしない真面目で優しい性格。雰囲気はとても柔らかく清潔感のある少年だ。
「南くんおめでとう!また一位だよ!」
「ありがとう」
彼から溢れる甘い笑みは女子を虜にさせるほどで黄色い声が上がると、蒼たちは苦笑を浮かべていた。
「相変わらずすげーよな」
「そうだな」
「成績優秀。眉目清秀。性格も温厚で男女問わず人気者。おまけにバスケ部の主力ときたもんだ」
「なにその完璧超人」
まさに好青年という言葉を体現していて、蒼はそう言わずにはいられなかった。
陽葵と同様、南とは全く接点のない蒼だがおそらくこの学年で彼のことを知らないものはいないだろう。
桜海原高校の入学生代表の挨拶を任されて、入学してから一度も学年一位の座を譲ったことのなく、先ほどのように一言話すだけで歓声が上がるほどの端正な顔立ち。
陽葵が男子の願いの全てを叶えたような女子と言うのなら、南は女子の願いの全てを叶えた男子だ。
ここまでくると嫉妬の感情なんて湧いてくることはなく、住む世界が違うのだなと思わされるだけだ。
ただあれはあれで大変そうだなと蒼は遠目で眺めていれば蒼、と圭人に名前を呼ばれて肩を叩かれた。
「あそこに一ノ瀬さんがいるぜ」
「ん?あぁ、いるな」
蒼たちから少し離れた場所に同じく順位表を眺めている陽葵の姿があった。
二位と好成績を収めたのにも関わらず、その顔色は変化が見受けられない。しばらくすると順位表に背を向けて教室へと戻っていく陽葵の姿を、蒼は自然と目で追っていた。
「蒼、やっぱり一ノ瀬さんのこと気になってんだろ」
「それは違うって前も言っただろ」
「俺はいいと思うんだよね。一ノ瀬さん美人だし有紗の言う通りだと物静かでいい子なんだろ。あの様子だと彼氏もいなさそうだし。蒼だって顔は整ってるし清潔感もあるしで中々の優良物件なんだからその気になれば彼女作れると思うんだけどな」
「だから俺は一ノ瀬さんのことは恋愛対象とは見てねぇよ。そもそも俺なんかと付き合う女の子がいたとして、その子は楽しくないだろうしな」
「また捻くれたことを……」
圭人の蒼に対しての評価は過大評価だと思っている。
顔に関してはどこにでもいそうな平均的な顔立ち。清潔感があるのは髪を整えたり爪を短くしたりと高校生としての最低限のルールを守っているからに過ぎない。
そして何より一番の問題は性格だ。
蒼は基本的に誰かと過ごすよりも一人の時間を好んでいる。
高校に入学して圭人や有紗と接するようになって、自然と話すようになってから二人と過ごす時間はとても有意義なものへと変わったが、それ以外は一人でいる時間の方が好きなことは変わらない。
それに人付き合いがあまり得意ではない。
自分から話しかけられるほどの積極性があるわけでもなく社交性があるわけでもない。話を合わせられるだけの引き出しは持っていないし、流行にも疎いので今どきのこともよく分からない。
それに――
(いや。それはもう関係のないことだ)
蒼はグッと飲み込んで、微かに思い出したことを消し去る。
つまり現状として蒼には彼女を作るどころか、これ以上親しい友人ができるかすらも怪しいところなのだ。
「今は彼女もこれ以上の友達も作る気はないよ」
「えっ?」
「俺には圭人と月宮さんって大事な友達がいるんだから。それだけで充実した毎日が過ごせてるんだから、これ以上望むものなんてないよ」
彼女が欲しいと思う日がいつか来るのだろうが、それは今ではない。それよりも今はこんな自分と仲良くなってくれた圭人と有紗と共に過ごす時間を大切にしたい。
蒼は三人で過ごす時間が一番心地よくて、安心できる居場所だと思っている。
「なんでそういうことを恥ずかしげもなく言っちゃうかなー」
ただ当たり前のことを言ったつもりだったのだが、圭人は何やら嬉しさと照れを混じえた笑みを見せていて、「俺も蒼と有紗と過ごす時間は楽しいけどよ」と、鼻の下を人差し指で擦っていた。
「圭人。その顔なんか気持ち悪い」
「ひでぇ」
一瞬訴えかけてくるような悲しい表情になるが、ハハッとすぐに小さく笑って笑顔をこぼす。
「まぁこれも蒼らしいな。有紗に今の言葉言ってやったらすげー喜ぶと思うわ。あとで言っておいてやるよ」
「いいけど言ったことそのまま伝えろよ。圭人はたまに変に話を盛ることあるし」
「信用されてねぇなー」
順位表も確認できたので、蒼たちもこの場から去って教室へと向かった。
☆ ★ ☆
この日、蒼は別件で図書室に用があったので、足を運んでいた。
大したことではなかったのでその用はすぐに済んでそのまま帰ろうとしたとき、ふと視線が長机の方に向いた。そこには定期考査の勉強をしていた同じ席に陽葵が座っていた。
気づいたときには足が陽葵の方へと動いていた。
「……何してんの?」
生徒は他にもいるようだったが、この場には陽葵しかいないので普通に話しかけた。
「見ての通り明日の予習です。今日の授業の復習はもう既に済ませました」
話しかけると、陽葵は教科書とノートを蒼にも見えるように手を退けた。
「放課後はいつも図書室で?」
「いえ。今日はたまたま」
「そうか。それにしてもよくやるな。定期考査終わったばかりなのに」
「定期考査と授業の予習復習は別ですから。それに……また一位を逃してしまいましたからね……」
放たれた弱々しい言葉が耳に届いて、蒼はふと疑問に感じた。
最初は二位という結果に満足するのではなく一位になれなかった悔しさを噛み締めているだけだと思っていたが、今までになく悲しそうな表情を浮かべていて、悔しさだけでここまでの表情ができるものなのだろうか。
やはり陽葵には他の人が知らない何かがあるのではないかと考えさせられてしまうほどのものを感じ取っていた。
「それで、わたしに何か?」
さっきまでの悲しみに溢れていた顔は既に隠れていた。
「あぁ。この前数学の問題教えてくれたろ?あれのおかげで数学の点数上がったからお礼を言おうと思って。ありがとうな」
「いえ。礼には及びません。良かったですね」
そう言われて、「おう」と蒼は口元を緩ませた。
「……余計なお世話かもしれないけど、あまり無茶はするなよ。それじゃあ」
「はい。お気遣いありがとうございます」
最後に言葉を交わすと、蒼は歩いて図書室のドアに手をかける。
出る直前、蒼はもう一度陽葵の方を見た。
教科書とノートに向き合い真剣な表情を見せているが、蒼の頭にはさっき見せた陽葵の悲しそうな表情がどうしてもこびりついて離れなかった。
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