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『大和撫子』とうさぎのストラップ

「さむっ」


 学校を終えて一人で校門を出た風凪蒼(かざなぎそう)は思わず身震いをして、思わず呟いた。


 大した特徴もない顔立ち。癖のないストレートな黒髪は軽く眉がかかる程度に伸ばしている。


 蒼は今年の四月から桜海原(おうみはら)高校に通っているピカピカの高校生。

 と言ってももう十一月で秋から冬に季節が変わり始めていて、ピカピカというにはもう輝きを失っている。高校から着始めた濃紺のブレザーも縛り慣れるのに時間を要した赤色のネクタイも、もうすっかり馴染んでいている。


 蒼が吐息を空に向かって吐き出せば、白い息が出て消える。雨こそ降っていないが上空は分厚い雲で覆われていて、思わしくない空模様だった。

 太陽さえ顔を覗かせていればもう少し気温が上がっていただろうが季節も季節だ。空気も乾燥しているので、体調管理には気をつけなければいけない。


 強く冷たい北風が吹いて首元に流れてくる。蒼は身体をもう一度震わせて肩を竦めると俯いて風が入り込んでくるのを防いだ。


 (長袖のシャツ着てくるべきだった……)


 こんなに冷え込むとは思ってもいなくて、天気予報をしっかり確認しておくべきだったと蒼は後悔の念に駆られるが、今そんなこと思っていてもしょうがない。

 冷えた空気が手を襲い始めていたので息を吹きかけて温めると、蒼は早足で歩き始める。

   

 (まじで寒すぎ。今の気温絶対一桁だろ……)

 

 制服のポケットに手を突っ込みながら、蒼は心の中で文句を垂れる。ズズッと鼻を啜りながら帰り道を歩いていた。


「……ん?」


 しばらく歩いたところで、蒼は路側帯に落ちているものに気がついた。蒼は近づいていきそれを拾い上げる。


 それはウサギのストラップだった。柔らかい素材で作られていて白のフェルトはもこもこしていて可愛らしい。胸元には赤いリボンが付けられている。

 だが古いというか、随分と年季が入っているようにも見える。特にビーズでできた目の部分は何度も縫い合わされている。


 紐が切れてしまっていて、持ち主がこのストラップを落としたことに気が付かずにそのまま放置されてしまった感じだろうか。

 今頃持ち主も必死に探しているだろう。

 この近くに交番はないので蒼はスマホを取り出して、一番近くの交番を探す。


 (あった)


 一番近くにある交番はここから三十分ほど。

 自宅を通り過ぎる必要があるので蒼は顔を顰めて思わず唸り声を上げてしまう。


 だが見つけて拾ってしまった以上は良心に従って一刻も交番に届けなければいけない。

 ストラップをポケットにしまってスマホで道を確認しながら、蒼は交番へと向かった。


 しばらく歩いたところで、蒼はピタリと足を止める。一人の少女が俯きながらきょろきょろと周りを見渡していたのだ。


 その彼女は桜海原高校の女子の制服を着ている。


 一ノ瀬陽葵(いちのせひまり)。クラスこそ違うが蒼と同学年の女子生徒だ。


 背は百六十はないくらい。腰ほどまでに伸ばされた明るめの栗色の髪。その下には大きい瞳と長い睫毛。スッと通った綺麗な鼻梁。彫りの浅い顔立ちは可愛らしくガラスのように透き通っている白い肌はとても美しい。


 成績優秀で定期考査では常に三番以内に名を連ねている。運動の方は知らないが体育祭を活躍を見る限りだとそこそこできる方だと思う。先生たちからの信頼も厚いと耳に挟んでいる。


 そんな彼女のことを一部の生徒は大和撫子と言う者もいるようだが、確かにその表現が相応しいと思ってしまうくらいに容姿は整っていると蒼も前々から思っていた。


 そんな彼女が整った顔立ちをくしゃりと歪めて焦った表情で必死に何かを探していた。


 蒼と陽葵とは違うクラスのため話したことはおろか顔を合わせたことだって少ない。陽葵は有名人なので知っているが、おそらく陽葵は蒼のことは知らない。


「あの……どうしたの?」


 必死に何かを探している人の横を無視して通れるほど蒼は心のない人間ではない。


 顔を上げると、陽葵は今にも泣きそうで瞳は潤んでいる。油断したら今にも溢れ出しそうだった。


「えっと……風凪……くん?」


「うん。風凪」


 自信なさげで確認してくるように蒼の苗字を呼ぶが、蒼からすればまさか陽葵に認識してもらえているとは思ってもいなくて、少しばかり驚いていた。


「なんで俺のことを?」


「ときどきご友人と歩いているところを見かけるときがあったので。名前もそのときに……」


 会話すらしたことないただの同学年のことを覚えているなんて相当の記憶力がいいのだろう。

 なるほどな、と蒼は理解した。


「何か探し物?」


「はい……」


「手伝うよ」


「えっ……でも申し訳ないです。面識だって全然ないのに……それに冷え込みも激しくなっているのですから……」


「気にしなくていいよ。必死に何かを探している人の前を無関係ですみたいな顔して通れる人間じゃないから。それに二人で探した方が早く見つかるかもだろ」


 そう言って蒼は視線を落として、陽葵の落とし物を探し始める。


「……ありがとうございます」


 しばらくの沈黙が続いたあと、陽葵は僅かに頭を下げて言った。


「……ちなみに探し物ってどんなもの?」


 落とし物の特徴とか目印になりやすいものとか、それを教えてもらわなければ探すにも探せない。


「えっと……うさぎのストラップです。白の羊毛フェルトでできていて少しほつれていて……」


 陽葵からの落とし物の特徴を聞いた蒼は、それに心当たりがあった。というか間違いなくそうだろうと、蒼はポケットに手を入れる。


「もしかして……落とし物ってこれのこと?」


 取り出して楓に見せると、不安でいっぱいだった陽葵の表情が一気に緩んで、こちらに駆け寄ってくる。


「これ、どこで……」


「路側帯に落ちてた。見た感じ紐も経年劣化してたから強風が吹いたときに切れたんだと思う……」


 陽葵はそのうさぎのストラップを手に取ると、ぎゅっと目を瞑って大事そうに胸元に抱え込んだ。


「ありがとうございます……」


「そのストラップ。一ノ瀬さんにとって大事なものなんだね」


「はい。わたしにとって……一番宝物のようなものです」


 可愛い動物のストラップが好きなのだろうか、と蒼は思った。

 だがこれでうさぎのストラップを交番に届ける必要はなくなり、困っていた人も助けることができた。それがまさか同じ高校の美少女とは思わなかったが。


「とりあえず良かったな」


 そう言うと踵を返して蒼は自宅へと向かう。


「帰り道はこっち方向じゃなかったのですか?」


「うん。家は通り過ぎた。そのストラップを交番に届けようとしてたんだけど、持ち主が見つかって良かった」


「あの、本当にありがとうございました」


「おう」


 蒼はそう答えると、通り過ぎた自宅へと向かい帰っていく。まさか落とし物がきっかけで陽葵と話すことになるとは思わなかったのだが。


 鼻がむず痒くなって大きなくしゃみをする。

 いよいよ本格的に寒くなってきて、蒼は身震いしながら家に帰るのだった。

お読みいただきありがとうございます。

ブクマ、評価等のほどよろしくお願いします。

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