006 アリアの訓練を始める。
城郭都市ポーソンを出立した、ラークとアリア。
ラークは暗殺者ギルド本部を目指しつつ、その道中で占い師稼業をすることにした。
「で、お師匠様。あたしへの訓練は?」
アリアは目を輝かせて聞いてくるが、当然ながらラークは気乗りしない。
「殺しの訓練か? 暗殺者なんかやめて、アリアも占い師になるといい。占い師の師匠なら、僕が適任だろうし」
「一応聞くけど、お師匠様の占い師ランクって?」
「Gランク──あれだろうね、遅咲き」
「……暗殺者のランクは?」
「いいか、元・暗殺者だ──まぁ、SSSランクだったが……分かった、分かった。天職は占い師だが、暗殺者が得意だったことも認めよう。それに……」
「それに?」
《能力透視》で見たところ、アリアは訓練も受けていないのにFランクだった。
暗殺者ギルドなら、逸材発見と大喜びすることだろう。
「お前、暗殺者になって、どうするんだ?」
「心配しないで。あたしが殺すのは、悪党だけよ。たとえば、あのときの領主みたいな」
領民の娘を攫って、拷問にかけていた領主のことだ。
アリアは、暗殺者をヒーローと勘違いしているのだろうか。ヒーローと最も離れたところにいるのが、暗殺者のはずだが。
しかし──誰かが常識を打ち破ってもいいのかもしれない。
「……そういうことなら──教えようか。ただし、占い師としての訓練も受けてもらうぞ」
「え? 本気なの、お師匠様?」
「暗殺者が嫌になったら、占い師になれるだろ」
「けど、導師エレノアという人ならともかく、お師匠様から教わることって──」
アリアは言葉を濁した。
「なんだ?」
「なんでもないわ。その条件でいいわよ」
まずラークは、《存在減滅》スキルを教えることから始めた。このスキルを開眼しないことには始まらない。
通常スキルを獲得する方法は、いくつかある。
経験値を積んでいき、自然と覚える道もある。
ラークは3歳のとき、道具も持たされず、森の中に放置された。このとき獲物を狩るため、自然と《存在減滅》を身につけたのだ。
ただし、この方法はお勧めしない。死亡率が高すぎるので。
そこで、もう一つのポピュラーな方法だ。
獲得したいスキルに適した、練習をすることだ。
《存在減滅》の場合は、ひたすら、気配を消す練習をする。才能があれば、いつかは《存在減滅》を獲得するだろう。
それに気配を消す練習なら、移動しながらでもできる。旅が遅れることもない。
そこでアリアは、次の町にたどり着くまで、ひたすら気配を消すことに努めた。
「どうかしら、お師匠様?」
「まだまだ開眼の道は遠いな。よし、次の町で、ひとつ武器を買ってやろう」
「武器?」
「ああ。殺しのための得物だ。自分のスタイルにあったものを選ぶといい。常に手元において、体の一部にするんだ」
「お師匠様の得物は、なんなの?」
ラークは手を見せた。
「手刀だな。厳密には、《刃化》スキル。変わったスキルらしく、同業者にこれを使えるのは、僕を除けば2人だけだった。手刀なら、どんなときでも使えるから便利だ」
「あたしも、それがいいわ」
ラークは溜息をついた。
「初めは僕だって、普通の得物を持っていたんだ。立派な暗殺者になりたかったら、地道に進むことだ」
すっかり暗殺者の師匠になってしまった。
ラークとしては、複雑だ。
師匠の役割は、嫌いではない。だから、これが占い師の師匠だったら、完璧だったのだが。
町に入り宿を取ってから、武器屋に向かった。
ただ規模の小さい町なので、古い武器屋が一軒しかなかったが。
「本当なら、ポーソンの武器屋のほうが、品揃えも良かったんだろうが」
「案外、こういう武器屋のほうが、掘り出し物があるものよ」
アリアの自信は、おそらく適当だろう。
アリアに店内を見せ、自由に選ばせる。得物は自分の直感で選ぶのが良い。
ラークが待っていると、アリアは忍刀を持って戻ってきた。
「これが気にいったわ」
「忍刀か。忍者という一風変わった者たちが、使っている武器だ」
「ニンジャ? 聞いたことがないわね」
「僕もお目にかかったことはない。伝説の職業とまで言われているからな。暗殺者ギルドとは、職業の内容も似通っているらしいが──不思議と商売仇になったことはない。これは確かに、掘り出し物かもしれないが──お前、忍者になる気はないんだろ?」
「暗殺者が忍者の武器を使うところが、玄人なのよ」
遠い未来、この選択が大きな結果をもたらすのだが──占い師のラークが知ることはなかった。Gランクなので。
忍刀を購入し、宿に戻る。
アリアはさっそく、忍刀と寝るそうだ。
一緒に寝ろ、とまでは言わなかったのだが。
「間違って、足とか斬るなよ」
いちおう忠告はしておくラークだった。