004 女暗殺者が来る。
その夜。
ラークの部屋に侵入者があり、ベッドに短剣を突き刺した。
ラークは壁際の闇の中で佇み、暗殺者を眺めていた。
暗殺者はラークがベッドにいないと知り、ハッとした様子で顔を上げる。
「掛け布団の下に、枕を入れていたんだ。こんな手に引っかかるなんて、Aランクが泣くよ」
暗殺者のランクはA。
しかし、いくらランクが高かろうとも、それに見合った経験値がなければ宝の持ち腐れ。
なまじ才能がある分、経験値を稼ぐ前にランクだけ上がると、こういう初歩的な失態をやらかすわけだ。
暗殺者は女で、顔をマスクで隠していた。女の暗殺者は珍しくないが、たいてい色仕掛けを武器とするものだ。
しかし、この暗殺者は色仕掛けなしで、いきなり夜に殺しに来た。
「いまだに暗殺者ギルドが、僕を狙っていたとは。暇な連中だなぁ」
暗殺者は声を低めて答える。
「貴様はギルドの恥さらしだ。命を狙われて当然だろう?」
「それはおかしい。育ててもらった恩の分は、ちゃんと働いただろ。あとは僕の好きにやらせてもらう。すなわち、占い師として」
ところが女暗殺者は、意味の分からないことを言い出した。少なくとも、ラークには意味の分からないことを。
「貴様が、占い師という職業に偽装している。それくらいは、お見通しだ」
アリアも、似たようなことを言っていた。
ラークとしては、不可解すぎる事態だ。なぜ誰も、ラークの言葉を信じないのか。こちらは正直に話しているというのに。
そもそも『占い師=偽装の職業』という発想が、失礼ではないか。
ラークに言わせれば、占い師ほど貴い職はない。
暗殺者ギルドの長にして、ラークの暗殺者の師でもあったタイタン。
たしかに立派な人物ではあったが、導師エレノアと比べれば、霞んでしまう。
「占い師は偽装ではない。大事なことだから、強調しておくぞ」
「ふん。そんな見え透いた嘘に引っかかるものか。占い師に偽装し、標的に接近するつもりなのだろう。標的が何者かは知らないが──とにかく暗殺者ギルドは、暗殺者の独立を禁じている。ラーク、貴様は禁を破った。よって抹殺対象とされたのだ。覚悟しろ!」
ラークはようやく理解した。
なぜギルドからの刺客が尽きないのか。
ようはラークが転職したと、誰も信じていないわけだ。
それどころか、ラークが暗殺者として独立したと思い込んでいる。
そうなるとラークは商売敵だ。
少なくとも、この王国オーシャでは、暗殺者はギルドの独占市場。ところが、そこにラークというライバルが出てきた。
それで暗殺者ギルドは、ラークを消そうとしている。
(こっちは、暗殺業からは足を洗ったというのに。まったく──信用ないのか、僕は?)
女暗殺者は、火炎の弾を発射してきた。通常攻撃スキルの《業火弾》だ。
火炎弾の回避は楽勝だ。
ただ火炎弾が壁に当たると、そこから火の手が広がってしまう。最後には、この宿が全焼するだろう。
暗殺者ならともかく、今は立派な占い師だ。ひと様に迷惑をかけるようなことはしたくない。
「仕方ない。《吸取手》」
《吸取手》発動の右手で、発射された火炎弾を、次々とキャッチしていく。キャッチすると、火炎弾はすぐさま消えていった。
一方、女暗殺者は《業火弾》連発の手を止めない。
ラークは溜息をついた。
「いい加減に──」
跳んで距離を詰める。
「しろ!」
左拳を、女暗殺者の腹部へと放つ。
だが、女暗殺者は余裕の顔だ。
「無駄だ。私には《防御膜》が──!?」
全身を覆う《防御膜》スキルは、防御の基本中の基本。Aランクともなれば、《防御膜》の強度にも自信があったのだろうが。
ラークの拳は《防御膜》を破壊。
女暗殺者は腹部への一撃をもろに受け、壁まで吹っ飛んだ。
「バカ、な──私の《防御膜》が破壊されるなど」
「悪くはなかったが、こちらも《粉砕拳》スキルを使わせてもらったし」
女暗殺者は屈辱の様子も、ここは撤退が上策と見たか、逃げ去った。
ラークも深追いするつもりはない。
とはいえ、また来られるのも面倒だが。
翌朝。
ラークは朝食の席で、アリアに言った。
「どうも、暗殺者ギルドの本部に、行くことになりそうだ」
「OK。弟子のあたしを紹介するのね?」
「バカか。違う。僕が暗殺者を引退したことを、きっちりと話しに行くんだ」
「ふうん」
アリアは信じていない様子だった。
弟子でさえ信じないことを、暗殺者ギルドの連中に納得させることができるだろうか。
(まぁ、試してみるか。占い師としての将来のためにも、これは必要なことだしな)