032 毒物検知。
細心の注意を払って、監視を継続する。
ゾーイが潜伏しているのは、ラークたちが宿泊する宿の真向かい。
ラークに感づかれないよう、常時《存在減滅》を発動している。
現在、ラークは部屋にいた。
弟子のアリアという娘と、他に身元不明の男1名、少女1名。
ゾーイの監視スキルでは、これ以上の情報は得られない。
だがこれだけでも、用は足りる。
ゾーイは潜伏先の建物から出、《存在減滅》を高めつつ、宿の裏口へと回った。懐には、毒薬の小瓶を忍ばせて。
厨房へと入り込み、調理中のシチューに毒物を混入する。
これは遅効性のため、夜中までは毒物混入には気づかれない。当然ながら、一夜にして宿泊客は全滅することになる。
標的を仕留めるため、不要な犠牲を出すのは理想的ではない。
しかし、暗殺を失敗するよりは、まだ受け入れられることではある。
実際、暗殺者ギルドの中には爆弾魔として、連続爆破を起こす者もいる。
複数の爆破事件の中に、真の標的を入れるわけだ。この暗殺方法だと、誰を狙ったのか分からない、という利点はある。
ただ、やはり一流の暗殺者がすることではない。
それでも、その爆弾魔が一定の評価を受けているのは、暗殺を失敗したことはないからだ。
ゾーイも、手段を選ぶことはやめた。
毒物混入を終えたところで、ゾーイは同じルートで外に出た。
とたん、意識を失った。
※※※
ラークは、足元の女暗殺者を見下ろした。迷走神経への一撃で、意識を刈り取ったのだ。
女暗殺者は《存在減滅》を最高度にするため、《防御膜》を張っていなかった(スキルの同時発動は、その分、集中力を必要とする)。
それでも、ラークを欺くことはできなかったわけだが。
ラークは女暗殺者の息の根を止めようか、思案した。
標的を仕留めるためとはいえ、無差別殺人に手を染めるとは。
だが、これもギルドの教育が悪かっただけかもしれない。まだ救いはあるのか。
一考の末、拘束してから異空間に収納しておいた。
厨房に入ると、すでにアリアがシチューを流しに流したところだ。
「女暗殺者の接近に気づいただけではなく、よく毒物混入も分かったわね? 何かのスキル?」
「毒物検知のスキルは、普通にある。ただ、その必要もなかったな。僕の暗殺を狙っている暗殺者が、厨房で何らかの作業をしていた。となると、毒物混入しか考えられない。それも、宿泊客全員が口にするだろうメイン料理だ」
とはいえ、念のため厨房全体に毒物検知スキルはかけておいたが。
この間、調理スタッフは外に出てもらっている。ラークが厨房内での危険を伝えたわけだ──占い師として。
つまり、『災いの予兆を見た』として。
宿の女将さんが、占い好きなおかげで助かった。
「お師匠様の占いランクじゃ、絶対に見つけられなかったわよね」
「弟子のくせに、ナチュラルに批判してくるな」
女暗殺者の処理も済んだところで、ラークとアリアは部屋に戻った。
「では、コークス侯爵はお帰りだな」
ラークは、羊皮紙に識別番号を描いた。
それをコークス侯爵に渡しながら、説明する。
「通話スキルのためのアクセス番号だ。リリアンヌ姫が理解できなかったら、宮廷魔術師にでも──」
「その心配はない。リリアンヌ姫なら、お分かりになられる」
「リリアンヌ姫もスキルを齧っているのか。意外だな」
すると、コークス侯爵が嘲笑を漏らした。捕虜の身にしては、大胆なことだ。
「宮廷魔術師のナンバー1は、誰だと思っているのか?」
ラークは信じられぬ思いで、コークス侯爵を見返した。
《お喋り》スキルはまだ効いているので、虚偽ではない。
それにしても、王宮内の情報は暗殺者ギルドにも入っていたというのに。
なぜ、ラークは知らなかったのか。
ただ、全ての情報がギルド員に共有されるわけではない。暗殺に必要な情報のみが、ギルド員には伝えられる。
だから、ラークにとって初耳でも意外ではないのか。
「リリアンヌ姫が、ナンバー1の宮廷魔術師とは。王女の身でありながら、どうしてそうなった?」
「リリアンヌ殿下がスキルの才覚をお持ちと明らかになったとき、国王陛下が英断されたのだ。リリアンヌ殿下にスキル使いとしての訓練を積ませようと」
「……面白い話だ。ところで、ナンバー2もリリアンヌ姫の支配下なのか?」
コークス侯爵の顔が忌々しそうに歪んだ。
「あの男は──不届きにもリリアンヌ殿下に背を向けた」
「なるほど」
コークス侯爵を送り出してから、ラークは椅子に腰かけた。
「で、アリア。僕たちは、どこまで関わるんだ? ソフィア姫を王位に付けようというのか? それとも、王宮まで送って、あとはテキトーにやってくれと?」
アリアが、あっさりと言う。
「そこはソフィア姫の人格次第ね」
「人格……が、たとえば女王の器だったら?」
「これも何かの縁として、あたし達は最後までサポートしましょう。女王として即位できるように」
「ふむ。Gランク占い師としては、荷が重いな」
アリアは笑顔を見せた。
「SSSランク暗殺者なら、楽勝でしょ?」




