003 水晶玉に唾を吐く輩。
城郭都市ポーソンに到着。夜も更けていたので、安宿に部屋を取った。
翌日。まずはアリアに衣服を買ってやる。
アリアはフリル付きのドレスを選んだ。
暗殺業には向かなさそうな選択だが、ラークはあえて指摘しなかった。暗殺スキルは教えるが、暗殺業まで教えるつもりはなかったので。
「よし。さっそく店を開くぞ、アリア」
「殺しのお店を開くのね?」
「バカ言え。占いの店だ」
「占い師というのが、お師匠様の偽装職業なのね」
アリアは大いに納得した様子でうなずいている。
ラークとしては、もう誤解を解く気にもならない。
大路の歩道にテーブルとイスを置く。
「アリア、客引きしてきなさい」
「了解」
しばらくして、2人の衛兵がやって来た。アリアの姿はないので、お客ではないらしい。
「営業許可証を拝見」
「そんなものはありませんよ。それより、占いましょう」
衛兵の片方がテーブルを蹴とばした。
「営業許可証がないのなら、ここで商売はできん。とっとと消え失せろ」
ラークは溜息をついてから、テーブルとイスを《異空間収納》でしまった。
どこも占い師を冷遇する気のようだ。
しかし、導師エレノアと各地を回っているときは、こんなトラブルはなかったのだが。
アリアを探しに行くと、5人の男に絡まれているところだった。アリアは美少女といっても良く、こういう展開もあり得はしたわけだが。
ラークが眺めているとアリアが気づき、走ってきた。
ラークの背中に隠れてから、男たちを指さす。
「お師匠様。アイツら、あたしに下品なことを言ってきたのよ、仕留めちゃって!」
暗殺者というものは、依頼もなく人は殺さないものだ。とはいえ、先ほどの領主館では何人か殺したが。
とにかく、暗殺者にとって大切なのは、殺さずに事態を収拾する能力。
そこでラークは、男たちに頭を下げた。
「僕の連れが失礼したようだ。謝罪する」
これぞ大人の対応、とラークは満足した。
男たちはラークを舐め腐った様子。ただでさえ数の有利がある上、ラークが下手に出たからだろう。
そのうちの一人が、ラークを小突いた。
「オレはそっちの女に用があるんだ。てめぇは失せろ」
「いや、それは困る。この子は、僕の弟子なので。その代わり、君たちを占ってあげよう。なんと無料で!」
ラークが水晶玉を出す。
ところが男は、水晶玉に唾を吐いた。
「占いなんかに興味があるかよ」
ラークは水晶玉を見る。導師エレノアから頂いた、大切な水晶玉を。
「導師が、僕のために作ってくれた水晶玉に、唾を吐くとはな」
「あぁ? なんだブギャ」
男の顔面に、水晶玉を叩き込んだのだ。
あまりの衝撃で、何本もの歯が飛び散り、鼻が潰れた。
男はひっくり返った。白目をむいているが、おそらく死んではいないだろう。ただし歯無しになってしまったので、入れ歯は避けられないだろうが。
歯無しとなった男の仲間たちは、呆然とした。
ラークは水晶玉を、歯無し男の衣服で、拭く。
「まったく、占い師の水晶玉に唾を吐くとは、どういう教育を受けていたのだか」
スキンヘッドの男が怒鳴る。
「て、てめぇぇぇ、ポークに何してくれてんだぁぁ!」
ポークというのが、歯無し男の名前のようだ。
ラークは立ち上がり、スキンヘッドの男を睨みつけた。とたん、スキンヘッドは蛇に睨まれた蛙のごとく固まってしまう。
「失礼した。ついカッとなってしまい、申し訳ない。これで足りるだろうか?」
ラークは巾着から、銀貨を一枚取り出した。
スキンヘッドたちは、怪訝な顔をする。
「な、なんだ、それは?」
「入れ歯代だ。この男の──」
歯無しにした男を、ラークは指さした。
と、ポークが呻いたので、ラークは軽く蹴とばして、さらに何本か歯をへし折った。
「この分だと、総入れ歯になりそうだな。銀貨をもう一枚プラスしよう」
この事務的な行為が、男たちに恐怖を呼び起こしたらしい。
「コイツ、イカレていやがる!」
と叫びながら、逃げて行ってしまった。歯無しの男を残して。
見ると騒ぎを聞きつけ、衛兵たちが駆けつけてくる。
「うーむ。占い師というのは、こんなにもトラブルを引き起こすものだったのか」
ラークは改めて占い師の大変さを思い知った。
それでも天職だから、諦めるつもりはなかったが。
一方、アリアは別意見のようだ。
「お師匠様。今のは占い師とは関係なく思うわよ」
「そうか? とりあえず、逃げようか」
ラークとアリアは走り、追いかけて来た衛兵を引き離した。
その後、宿に戻る。衛兵に顔は見られていないので、暴行事件で指名手配される心配もないだろう。
「それはそれとして──」
ラークは一階の喫茶室にて、コーヒーを味わう。
この宿には、いつの間にか同業者が部屋を取っているようだ。
否、元同業者が。
すなわち暗殺者だ。
(僕には関係のない話だがね──おそらくは)