021 「上には上がいるということを」
ラークにとって苦手なのは、訪問者を迎えることだ。
暗殺者時代は、いわば訪問する立場だったので、これは無理ないことと思っている。
パクルガが、男爵の用意した道案内とやって来たとき、ラークは薪割りをしていた。
「見ろ、アリア。実に、それっぽいだろ?」
「それっぽいって?」
「用心棒は暇なとき、薪割りをしているものと思う」
「うーん。それは偏見かも」
ラークは斧から手を放して、パクルガたちのほうへ歩を運んだ。
パクルガは乗って来た馬から降り、うなずいた。
「失礼、邪魔するよ」
ラークは、用心棒ならどう反応するものか、と考える。
基本的に暗殺者というのは、殺しをするとき以外は愛想がいいものだ。むろん標的を油断させるため。
しかし用心棒は違うだろう。そこで凄みを入れてみた。
「貴様、男爵の回し者だな」
パクルガが《能力透視》を発動したのが感じられた。Gランク占い師を読み取っただろう。
それから両手を上げて、戦うつもりがないことを示した。
「確かに男爵とは知人だが、君たちに危害を加えるつもりはない。だから安心してくれ」
「安心? この修道院やすぐそこの村では、男爵の子分が暴力沙汰を起こしてきた。修道院長など大怪我したんだ。だから、痛い目にあいたくなかったら、とっとと立ち去ることだな」
「そうしよう」
パクルガは馬に飛び乗った。
「だが、よく覚えておくことだ。君は腕に覚えがあるのだろう。しかし、上には上がいるということを忘れないことだ」
ラークの経験では、この手の輩は自分の腕を信用しすぎる。
「上というのは、あんたのことかい?」
「さて、どうかな」
パクルガが馬首を翻そうとし、ふいに動きを止めた。
魔素が膨大に膨れ上がるのを感じたのだろう。魔素とは、全ての生物の源だ。スキル発動にも使用される。
魔素が膨張した理由は、一つしかない。
クロエが計画を始動したのだ。あとは上手くいくかどうか──。
パクルガは腰に差していた長剣を抜いた。聖印が刻まれていることから、聖剣と分かる。
パクルガは駆けていき、ラークも追った。修道院の裏に回ると、神兵が立ち上がるところだった。
神兵の内側からは、禍々しい魔素が漏れ出てきている。
これこそ、クロエが急ごしらえした神兵の偽物だ。
外見も似ているが、内側に充満している魔素の迫力も素晴らしい。
どうやらクロエは、召喚した上位悪魔を神兵の内側に入れたようだ。神兵と上位悪魔の違いを見分けられるほど、パクルガが経験を積んでいるとは思えない。
パクルガが警戒の口調で言う。
「神兵だと!? 暴走を始めてしまったのか!」
クロエの仕事のおかげで、パクルガを騙すのに成功したようだ。あとは神兵を自壊させるだけだが──
刹那、パクルガが聖剣を一閃する。
「《雷撃迅》!」
電撃による斬撃が飛び、偽神兵に直撃した。
とたん偽神兵がパクルガに襲い掛かる。
ラークは嘆きたくなった。雷斬撃の衝撃で、偽神兵の中の上位悪魔が暴走したようだ。
(本当に暴走してどうする)
パクルガは聖剣に雷を纏わせてから、偽神兵に向かって跳躍。強力な連続攻撃を発動する。
このままだと神兵の外装が剥がれ落ち、内側の上位悪魔がむき出しになりそうだ。
しかしラークの不安は杞憂に終わった。偽神兵の口から放たれた光線が、パクルガに命中。パクルガの《防御膜》を粉砕し、大地に叩きつけた。
瀕死とまではいかないが、かなりの重傷だろう。
(死なれたら、まずいな。神兵は自壊した、と報告する者がいなくなってしまう)
ラークは通話スキルで、クロエと連絡を取る。
クロエは少し離れたところで気配を消して、上位悪魔を操っているのだ。
というより、操っていたが、今は暴走させてしまっている。
[おい、クロエ。掌握できていないぞ]
[あと23秒で、制御を取り戻しますわ]
[制御を取り戻したら、いつでも自壊できるようスタンバイしてくれ]
偽神兵はパクルガにトドメを刺そうとする。
ラークは飛び出し、《粉砕拳》で偽神兵の注意を引いた。
(壊さない程度に加減して、時間を稼ぐとするか。しかし、最後の決めは──)
ラークは、パクルガに向かって怒鳴った。
「僕が時間を稼ぐ! あんたは必殺の一撃で、この化け物を仕留めてくれ!」
こちらは神兵を知らない設定なので、『化け物』と呼称しておく。
それから通話スキルで指示。
[クロエ。パクルガが必殺の一撃を放ったら、それでやられたようにして、偽神兵を自壊させろ]
[了解ですわ]




