011 ロガ修道院。
ロガ山に到着。確かに麓には、古めかしい修道院がある。
ここで疑問。バメル伯爵とやらは、何が嬉しくて、こんな古い修道院が欲しいのか。敬虔な信者とか?
しかし、それなら修道院長を襲わせたりはしないだろう。
ラークが修道院を眺めていると、木こりの斧を持った少年が突撃してきた。歳は10くらいか。
真正面から来た点は、暗殺者としては失格だが、男としては褒めてやりたい。
ラークは斧を弾いてから、少年を持ち上げて小脇に抱えた。
「修道院の前で暴力沙汰はよくないぞ。たぶん、神様も近くにいるんじゃないか?」
ラークは無神論者だったが、一応はそんな注意をしておく。
「離せ! お前、男爵の手下だろ!」
ラークは、だいたい読めた。
この少年は、修道院が世話している孤児の一人。当然、孤児たちにも、バメル男爵の蛮行は伝わっている。
そして少年は、ラークをバメル男爵の手下と誤解したのだ。修道院にまた嫌がらせに来たと思い、斧で攻撃してきたと。
ラークが本物の男爵の手下だったら、いまごろ少年は酷い目にあっているところだ。
ラークは少年を放り投げた。
「あのな、僕はバメル男爵とは無関係だ。しかし、そもそも君は、その斧で何がしたかったんだ? 僕に、斧刃を叩き付けようとはしなかったな? バメル男爵の手下を脅かすのが、目的だったのか? それは意味がないし、逆効果だ。武器を持つなら、殺す気でないと。せめて手足を斬るくらいの覚悟は必要だぞ」
ラークに説教された少年は、目を白黒させた。
(しまった。暗殺者の師匠みたいなことを言ってしまった。占い師は、こんなことは言わない)
「……よし少年、占ってやろう」
「死ね!」
少年は捨て台詞を吐いて、走って逃げて行った。
「おーい、斧を忘れているぞ!」
ラークが溜息を付いていると、後方から蹄の音がした。振り返ると、馬が2頭、こちらへ走ってくる。
馬上には、アリアと修道女。別の道を走っていたようで、知らぬ間に追い抜いてしまっていたらしい。
どうりで、どこにもいなかったわけだ。ちなみにアリアが乗っている馬は、修道院の馬だろう。
アリアが手を振った。
「お師匠様ぁ~!」
ラークは腹を立てていたので、手は振り返さなかった。
アリアは下馬して、ラークのもとに駆けてくる。
「来てくれたのね、お師匠様!」
「弟子が勝手に消えるとは、前代未聞の事態だ。占いへの道を何だと思っているんだか?」
「あたし、占いの道とかに、とくに興味はないけど。そんなことより、お師匠様。来てしまった以上は、用心棒役を引き受けるのよね?」
アリアはこうなることを承知だったようだ。つまり策略。
弟子にしてやられた展開。
「用心棒になるつもりはない」
アリアは落胆した様子だ。
「いいわ、お師匠様。あたしだけで、やってみるから。〈斬殺丸〉があるし」
「……〈斬殺丸〉って?」
「これよ」
アリアが見せたのは、忍刀。知らぬまに大層な名前がついていた。
「早とちりするな。用心棒はやらないと言っただけだ。ここまで弟子が助けたがっているのだから、師匠の僕も無視はできない」
「それじゃあ?」
ラークは修道院を見やった。
「用心棒をやらないのは、警護は得意ではないからだ。暗殺者時代のスキルを活用するのなら、攻めに行くしかない」
「バメル男爵を殺すのね? 貴族は皆殺しだわ!」
ラークは溜息をついた。
「貴族を皆殺しにしたら、この国は滅びる。階級社会を改善する試みは良いとしても、いきなり上位階級を一掃したら、国家は立ちいかなくなる」
「皆殺しはいいすぎたわ。けど、バメル男爵は殺してしまうんでしょ?」
ラークは、ジェーンを見やった。
こちらに気を使って、少し離れたところで待っている。会話は聞こえていない様子だが。
「いいか、アリア。殺すのは簡単でも、後片付けが面倒ということはある。バメル男爵の背後にも、さらなる勢力があったらどうする? バメル男爵を殺した容疑者として、いちばんに挙がりそうなのは、この修道院だろ?」
「だとしたら、さらに修道院が襲われるかもしれなのね」
「うむ」
ただし、修道院が暗殺者を雇う、という発想に至るかは微妙だが。
それを言うならば、修道院側が暗殺を望むとも思えない。
ラークはそこまで考えてから、ひとまずやることを決めた。
「とりあえず、修道院長と話してみるか。謎を解明したいし」
「謎?」
「この修道院が狙われるに至った、真の理由だな」




