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幼馴染みの憂鬱  作者: なぬか
始まり
2/2

日常 異常

 それは、異様な光景だった。


 一人の女子校生が、同じくらいの体格の男子校生を肩に担いだまま息をきらせて歩いている。


 久遠春斗と彼のカバンを肩に担ぎ、牛歩ながらも通学路を進むのはすでに宮下雪乃の日課と化している。


 夏休みがつい先日終わった八月の最後の金曜日。


 今年の夏の暑さは例年に比べて異常で、午前7時をまわった現時刻代でも熱気がねっとりと纏わりついてくる。


 背中にピッタリとくっつく彼の体温に暑苦しさは増すばかり。


 それでも雪乃は未だに夢の中にいる彼を引き摺るように歩き続ける。


 見知らぬ人達からみれば、異様な光景。


 ただし彼女達と同じ聖岳高校に通う人達からみれば、いつもの光景だった。


 最早見慣れたその姿に、彼等は常に道を譲ってくれる。


 若干引きぎみではあるが、これもいつもの事。



 




 「つっかれたぁぁぁぁぁ」


 「お疲れ~宮下」


 朝から疲労困憊で机に突っ伏す雪乃に、真中三鈴が声をかける。


 「旦那が朝弱いと大変だねぇ~」


 「旦那じゃないし!」


 顔を上げて反論するも、三鈴はニヤニヤと笑っている。


 別のクラスである春斗を彼の席に配送し終えて、やっと自分の席に着けた。


 雪乃と春斗は隣のクラス同士。


 教室が近い事は雪乃にとってありがたい事だ。


 「幼馴染みで腐れ縁だっけ?それにしたってさー、そんな面倒な奴ならほっときゃいいのに」


 「!?・・・・それは、そうなんだけど・・・・」


 「朝迎えに行って?半分寝てる旦那をわざわざ担いで毎日登校?わーやだやだ、アタシだったら速攻捨ててくわ」


 雪乃と春斗の家は近い。


 さすがに部屋まで入って起こす事はしないが、それでも春斗が出てくるまで玄関で待つのが常だ。


 その間は春斗の母親━透子と世間話をしている。


 大半が、


 「いつもごめんなさいね」


 「いえいえ」


 の押収で終わるのだが。


 そうこうしていると、寝ぼけたままの春斗がのっそりとやって来る。


 軽く挨拶を交わすと今にも地面に崩れてそのまま眠りそうな彼を担ぎ、家から近いからという理由で決めたこの学校に登校するのだった。


 「んでもさぁ」


 紙パックのイチゴ牛乳を飲んでいた三鈴が、ストローから口を離す。


 「そこまで世話焼いちゃうって事はだ!やっぱ好きなんじゃないの~?奴の事」


 軽くおでこを小突かれた雪乃は、一瞬の沈黙の後、


 「・・・・・は?はぁぁ?何言ってんの?そ、そんなわけないでしょ!って、その顔やめて!ハラタツ」


 思わず立ち上がって猛抗議をする雪乃。


 勢いでいまだにニヤニヤしている三鈴の両のほっぺをつねってやった。


 「痛い、痛いってば~」


 無理矢理雪乃の手からひっぺがし、解放された三鈴は口を尖らせる。


 「だってぇ、普通そんなダメな奴の為にそこまでする?愛でもなきゃ出来ないって。それか雪乃がただのドMか・・・」


 「真中?」


 怒気を込めて静かな声で名前を呼ぶと、すかさず三鈴は自分の頬をガードした。



 三鈴とは高校入学してすぐに知り合った。


 宮下と真中で席が前後で近かったという事もあって、初対面だらけの緊張感漂う教室で雪乃が最初に声をかけたのがきっかけだった。


 お互いが名字呼びなのは、なんかその方がかっこいいかららしい。


 他のクラスメイトに対しては漏れなく名字プラス「さん」や「くん」仲の良い友人はあだ名や下の名前呼びに対して彼女達だけが互いを呼び捨て、これもなんか特別な感じがする。


 そんな二人の謎なポリシーから、「宮下」「真中」と互いに呼び続けている。


 



 「宮下、久遠どこ行ったか知らね?」


 昼食時。


 三鈴とお弁当を広げようとしていた雪乃に、一人の男子生徒が話しかけてきた。


 突然来訪した見知った顔に、雪乃は内心うんざりする。


 去年は同じクラスメイトだった。確か名前は和田山。


 「何?どうしたの?」


 和田山が両手で持っている物に怪訝な目を向ける。


 「いや、アイツ今日日直でさ。昼休みまでに現国ノート集めて持って来いって言われてたのになんもしねーで消えやがったんだ」


 あーそんな事だと思った。


 雪乃は更に顔をしかめた。


 どうして和田山がここに来たのか、大体察しはつく。


 もう何度目になるだろう。


 「で?なんで私のとこ来たわけ?」


 だが、敢えて雪乃は聞き返した。


 和田山は持っていたクラスメイト分のノートを雪乃の机の上に置く。


 「悪いんだけどさ、これ西島のとこまで持って行ってくんね?」


 やっぱりか。


 雪乃は大げさにため息をついた。


 「なんで私が?てか他のクラスの事なんか知らないんだけど」


 「いやだって、旦那の不始末は嫁の責任だろ?」


 「旦那でもないし、嫁でもねーわ!!!!」


 クラス替えしてもなお一緒に行動している雪乃と春斗は、影でまとめてこう呼ばれている「久遠夫妻」と。


 特に付き合っているわけでもないのに、こう呼ばれる事に雪乃はうんざりしていた。


 なぜかって?そんなの決まっている。


 大抵の久遠の不始末をさせられるからだ。



 そんなに嫌ならやらなきゃいーじゃん。



 以前三鈴に言われた言葉だ。


 全くもってその通りだと、雪乃自身でさえ思う。


 それでも、なぜか春斗を気にかけてしまう。


 世話を焼いてしまう。


 放っておく事が出来ない。


 幼馴染みだから、腐れ縁だからと自分に言い聞かせて結局いつも泥をかぶるのは雪乃の方だった。


 「・・・・・・・・・・・わかった。昼休み中に西島先生のところね」


 結局、雪乃が折れた。


 このまま和田山と押し問答していたら、ただ時間が無駄に過ぎるだけだ。


 「お、おう。悪ぃな」


 「そう思うなら一々こっちに持ってくんな!!」


 語気を強めて言い放つと、立ち上がって机の上に置かれたノートの束を乱暴に掴む。


 「ちょっと職員室行ってくる」


 一言、三鈴に言うが早いか、雪乃は教室を出て行った。


 「・・・・・あーと、じゃあ」


 雪乃が去った後流れていた微妙な空気を無理矢理破って、和田山はそそくさと去っていった。


 「あーあ、あの子のあれはもはや病気だねー。この先悪い男にひっかからなけりゃいいけど」


 昼休みの騒がしくも賑やかな教室の中。


 三鈴はひとりごちて、昼食の菓子パンにかじりついた。  



 昼御飯食いっぱぐれたら、アイツマジ許さない。


 一クラス分のノートを抱えて、雪乃は廊下をひた歩く。


 雪乃のいうアイツとは、この場合二人の事をさしている。


 一人は先程面倒を押し付けてきた和田山。


 彼はもう何度となく雪乃を頼ってきている。


 そしてもう一人は、当然幼馴染みの久遠春斗だ。


 込み上げてくる怒りの大半は久遠への物でもあるが、和田山に対しても当然思うところはある。


 たまにはお前で何とかせーよ、と。


 別に久遠に命令されているわけでも、ましてや強要されているわけでもない。


 ただ雪乃が放っておけないだけで、文句を言いつつもアレコレ手助けしてしまい、結果雪乃は抱えなくていい荷物まで抱え込んでしまうのだ。


 「・・・・・だって、幼馴染みだし」


 いくら幼馴染みとはいえこれは行き過ぎだ。異常だ。


 そんな事は雪乃自身もわかっている。


 それでも久遠を手助けしてしまう。なぜか。



 やっぱ好きなんじゃないの~?



 今朝のからかうような友人の声がリフレインして、雪乃の足はそれを否定するよう早くなっていく。


 必死になって否定するのは、思春期特有の恥ずかしさからか。


 それとも別の何かなのか、込み上げてくる何かを必死に堪えようとして、雪乃は急に立ち止まった。


 「・・・・・・・・やっぱり、真中の言う通り・・・・・」


 「雪、ちゃん?」


 掛けられた声に振り返る。


 「春・・・・斗?」


 そこには壁に身体を預けて、気だるげに立つ春斗の姿があった。



 少しクセのある黒い髪に伏し目がちな瞳。


 あんなにしょっちゅう寝ているのに、目元にはうっすらと隈が出来ている。


 制服の半袖シャツから覗く両腕は白く、細い。


 身長は雪乃と同じくらいだが、華奢という言葉が似合うのは春斗の方だった。


 具合が悪いのか、呼吸が少し荒いのが気になる。


 「それ」


 細く長い指が差すのは、雪乃に抱えられたノートの束。


 「・・・・・アンタの仕事。職員室の西島先生に持って行くんだって。和田山が集めて私のところに持って来た」


 「なんで、雪ちゃんに?」


 「知らない。私のとこに来ればアンタがやんなかった事が簡単に片付くって思ってるからじゃないの?」


 皮肉を込めて雪乃が笑うと、春斗の顔がくしゃりと歪んだ。


 握った拳が、わずかに震えている。


 「・・・・・ご、ごめん。雪ちゃん・・・・・・本当に、ごめん」


 口からこぼれ落ちるのは、雪乃への謝罪。


 「・・・・・べ、別に、いつもの事だし!」


 うつむいてしまった春斗へ、努めて明るい声で話しかける。


 さっきまで感じていた春斗への怒りが消えたわけではない。


 見つけたら怒り任せに文句の一つも言ってやろうと思っていたのだが、いざ本人を前にするとその気持ちもしぼんでしまう。


 結局雪乃は春斗に対して甘いのだ。


 どうにも腑に落ちない気持ちを吐き出すように、一つおおきなため息をつく。


 「・・・・・じゃあ、昼休み終わっちゃうし行くね」


 このまま春斗を残していくのは少々気掛かり引けたが、雪乃は職員室へと踵を返す。


 「・・・・・っ、待って!雪ちゃん!!」


 久しぶりに聞いた春斗の大きな声に、雪乃は思わず振り返った。


 一瞬の隙をついて、春斗は雪乃からノートの束を奪う。


 「・・・・・へ?」


 呆けている雪乃へと、春斗が顔を寄せる。


 「・・・・・明日。明日になったら、もう大丈夫だから。明日から、ぼ・・・俺、頑張るから」


 それだけ言うと、春斗は雪乃から離れて去って行った。


 そんな彼の後ろ姿を、雪乃はただただ見送る事しか出来ないでいる。


 明日?


 「明日になったら大丈夫?明日から頑張るって・・・・そんなダイエット宣言みたいな」


 ただでさえ細いのに、あれ以上細くなってどうするんだろうか。


 「いやいや、ダイエット関係ないし!じゃあ、つまりどういうこと?」


 一人取り残された廊下に、昼休み終了を告げるチャイムが無情にも響き渡った。



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