タラ戦争について
あくまで事実に基づいて簡単に解説します。ご指摘等ありましたら参考のために資料を教えていただければ幸いです。
政治的意図については特に肩入れしておりませんので悪しからず。
某国との過去の歴史による外交対立が経済戦争にまで発展したことも踏まえ、ある事例について取り上げさせて頂きます。
今回取り上げるタラ戦争については日本ではあまり馴染みが無く、多くの学校でも教えていない話ですが、1958~1976年に渡り北海の小国が世界を揺るがした一大事件でありました。
要約すると、まともな軍隊を保有しないアイスランドという小国が世界屈指の海軍力を持つイギリスと海洋資源を巡り、戦ったという事実です。
古来から北大西洋のグリーンランド南東付近にあるアイスランド島をはじめとした諸島周辺海域は、漁業資源が豊富にあり、鱈をはじめとした漁業が盛んでした。幾多の困難を経て1944年に共和国として独立し、再出発したアイスランドにとっても正に漁業は主要産業であり、国家の基幹産業として保護されてきました。
しかし、第二次世界大戦が終わり、周辺海域に他国の大型トロール漁船が多数訪れたことにより事態は大きく変わります。
当時はまだ各国の主張から領海の定義は曖昧であり(20世紀に入るまでは沿岸要塞の大砲が届く範囲が国際常識)、3海里を主張する国や米国のように12海里を主張したり、中には200海里を主張する国もあり、領海は各国の国内法でまちまちでした。
しかし、漁師達の間では国際的に信じられてきた「公海自由の原則」により海の資源は好きに採って良いという感覚で、アイスランドの法律で決められた領海である4海里以遠の漁業は自由で得に制限はいらないと採れるだけ採っていくのが当たり前になっていました。
当初はそれでも大丈夫と思われていましたが、海外の漁師が、かつてない大型トロール漁船を駆使して根こそぎ採っていくようになり、漁獲高が目に見えて減少したことにより事態は一変。
アイスランドの鱈をはじめとした漁獲高は大幅に減少し、このままでは国民が飢え死ぬため漁獲制限を設ける必要が生じました。しかし、これには今の4海里以内のみの制限では意味がありません。
アイスランド政府は漁獲制限枠を拡大する必要から、遂に法律の改正に乗りだし、領海の規定を12海里にまで延長する実力行使に踏み切りました(これでもかなり控え目ですが)。
当時、他国の漁師により魚を根こそぎ奪われ、生活に苦しんできた多くの国民からも歓迎され、海洋資源の保護に繋がると喜ばれました。
しかし、それに対し大国のイギリスは黙っていません。このまま制限されれば、今度は自国の漁師が失業するからです。
イギリスは直ぐ様、抗議するとともにアイスランドの法律を無視し、軍艦を派遣してアイスランド当局から自国の漁船を守りに行くようになりました。
「つい最近までデンマークの植民地で軍隊のないちっぽけな島国が何を言うか」
当時、ナチスにも勝利し、欧州最強の海軍国を自負するイギリスにとって軍艦を派遣しての恫喝は効果があるだろうと思ってたでしょう。戦艦や空母のあるイギリスと違い、アイスランドには録な軍艦が無いので抵抗することは無いと考えたかもしれません。
しかし、事態は思わぬ展開を広げることになります。
アイスランドは国と国民が一丸となって戦ったのです。
軍隊はいなかったものの、アイスランドの沿岸警備隊の警備船や灯台船が中心となり、海に垂らしたネットカッターを駆使して違法操業をする他国漁船の網を切る、摘発の邪魔をする護衛のタグボートを砲撃する、遂にはイギリス海軍の軍艦に体当たり攻撃を敢行するなどして実力行使で漁業資源の保護に踏み切りました。アイスランドという小国が大国イギリスと戦ったことに世界は驚きました。
当時のイギリス海軍は小船しか持たない沿岸警備隊が体当たりする姿に驚愕したそうです。何せ、大砲もある大型艦に命がけで突っ込んで押し返して来たのですから。
アイスランドの沿岸警備隊の小さな警備船がイギリス海軍の大型駆逐艦に体当たりするその光景は世界中の海軍関係者が見ることになり、その勇敢さから当時の海上自衛隊の学校教育においても、主に旧海軍出身者から「あれぞ真のネイビーであり、皆は手本とせよ」と評されました。(アイスランドには海軍はいませんが)
日本をはじめとした世界の海軍からその勇猛さを絶賛されたアイスランドの沿岸警備隊の活躍については、今も多くのアイスランドの人々の誇りとして語られているそうです。
戦いの日々は長く続き遂には両国の国交まで断絶され、国際司法裁判所でも決着はつかなかったものの、小国でありながらも巧みな外交に加えて国と国民が一丸となったアイスランドの奮戦ぶりが認められ、各国からの仲介もあり最終的にはアイスランドが主張する200海里におよぶ漁業専管海域の設定が認められ、それが国際的に認められた今日の排他的経済水域の基準となりました。
そう、小さな国が国民の生命と財産、国益を保護するという国家の義務のために、20年近く大国と戦い世界を動かしたのです(因みに、アイスランドは1940年に中立を守ってたのにいきなりイギリスに占領された歴史もあり、反英感情も高かったようです)。
アイスランドは日本の北海道と四国を合わせた位の面積で人口は30万人程度しかおらずNATOに加盟はしてますが軍隊はなく警察や沿岸警備隊(他に外務省の傘下に防衛庁があり領空監視はしている)が主戦力です。
日本とは同じ捕鯨国として商業捕鯨の再開においては欧州における数少ない協力国です。(なお、アイスランドは漁業資源保護のためEUには加盟してません。欧州各国があからさまに日本の捕鯨に反対しつつも、アイスランドの捕鯨に反対しないのはタラ戦争の経験から、漁業に口をはさんで怒らせると怖いのを知ってるからかもしれません)
因みに、イギリスは漁師が大量に失業するだけでなく、海洋における国際的な発言力も狭まり、サッチャーの時代に生起したフォークランド紛争までしばらく肩が狭い想いをしたそうです。
もし、アイスランドが正々堂々とこのタラ戦争で戦って勝たなければ、今のアイスランドは国際社会の一員として独立を保つことすら難しかったかもしれません(その地理的条件から、過去には欧州で最も貧しいと言われていました)。戦いのなか、国交まで断絶しながらもアイスランドは同じ考えを持つ国を味方に率いれ、時にはトルーマンが提唱した「大陸棚の資源は沿岸国が管理できる」としたトルーマン宣言を下地に、認めなければ米ソ冷戦を利用して共産圏に鞍替えするぞとアメリカに脅しをかけてイギリスから引き離して味方につけるといった巧みな外交力も発揮しました。
今日の排他的経済水域の規定については日本も遠洋漁業の分野で少なくないダメージを受けましたが、反対に自国の海洋資源保護においては他国の海洋進出に対し、大きな効力も発揮しました。
戦史を語る上で大国に立ち向かったアイスランドの勇気には感服しますが、彼らとしては国家として国民の生命と財産を保護し国益を守るという当然のことをしたまででしょう。
昨今、某国が国際法や条約を守らず、あまつさえ自国の裁判所で意図的に司法界ではありえない法解釈を駆使して日本企業に賠償請求をする始末。
日本政府としては国民の財産を守る上で持てる手段で対抗するのは当然といえます。日本国内では政経分離だと言う人もいますが、歴史を振り替えるとそれを抜いたら、太平洋戦争のように武力解決しかなくなってしまうのを理解しているのでしょうか。
彼方が大統領支持率を維持するために意見を変えないため、最早外交による話し合いでは限界がきています。
また、今回の事態は6兆円の経済損失の可能性を語る人もいますが、タラ戦争当時においてアイスランドはイギリスと大型トロール漁船の輸入をはじめとして経済関係も強く、対立による輸入制限により経済的な損失も少なくなかったそうです。しかし、命がけで自国の漁業資源を死守したことにより後の通貨危機においては輸出の割合を増やすことができ、経済基盤を失わずに済みました。
もし、某国の言うがままに何でも答えてしまうか、何も対抗しなければ日本企業は海外で活動できなくなるばかりか、日本政府に対する信頼を失い海外に拠点を移すことになるかもしれません。それどころか、私達の子孫が将来的に悪い国とされた日本に悲観し、日本人であることを恥じて国籍を捨て、海外に出ていってしまいかねません。
実際に南太平洋にあるナウルという島国は基幹産業であったリン鉱山閉鎖により経済基盤を喪失し、生活できなくなった国民が次々と海外に出て行く事態も起きています。アイスランドも下手すれば同じ道を辿ってしまったかもしれません。
日本は経済大国とはいえ、その地位に甘んじて政府としての義務を果たせなければ、数百年後には同じような事態になるかもしれないと考えなければいけません。
今は厳しい事態ですが、過去を振り替えるとアイスランドのように未来のためにも一丸となって、日本政府は今の考えを貫き通して欲しいものです。
この話は、私が以前講義を受けた恵隆之介先生のお話しを参考にしました。海上自衛隊出身の先生はこのタラ戦争にこそ海軍の本懐があると語られているのが印象的でした。
しかし、先生の言葉の真意を理解している人は現役時代にはおらず、失望して退職した悲しい経緯も話されました。にも関わらず、こうして戦史家として数々の真実を掘り下げて語るその姿には尊敬して止みません。
先生の今後の活躍も祈りつつ今の政局が良い形で落ち着くのを見守る次第です。