されど捕まり
「―――ったく!何なんだよこれ!」
「……」
「何で俺が牢屋なんかに!!」
「……」
「……つーか、お前も何か言えよ!」
「……」
「おい!聞いてんのか!?」
「……はぁ……」
「てめっ、ため息つきてえのは俺の方だ!」
「まさかな……」
「……あ?」
「まさか、お前がこんな時に記憶喪失とは」
「……何言ってんだ?俺の記憶はハッキリしてる!」
「何言ってんだ?はこっちのセリフだ」
「あ?ケンカ売ってんのか?」
「じゃあ聞くが、俺の名前は何だ?」
「は?そんなの知るわけねーだろ。初めて見た顔なのに」
「……これが記憶喪失じゃなくて何だって言うんだ?」
「あ?だから、俺の記憶は……!」
「俺の名前はケンだ。ケン ソウハク。お前の幼馴染で、小さい頃からこの帝都のスラムで育った」
「……は?何を言って……」
「俺とソウ……お前は、共に赤子の時に親に捨てられ、スラムの義母さんに拾われて、一緒に育ってきた」
「……まさか……?」
「義母さんも、一昨年亡くなって、俺らは何とか食い繋ぐ為に正義の盗賊団を立ち上げた」
「……嘘だろ……?」
「お前がリーダーで、俺が副リーダー。仲間達はあと三人居て、今回の仕事には三人は外でフォローに回っている」
「……これが……?」
「俺が落ち着いて居られるのも、もし、万が一、侵入して二時間以内に俺達が戻らなかったら、仲間達が助け出してくれる手筈になっているからだ」
「……これが、ホクシンとか言うヤツが言っていた、転生した俺の人生ってワケか?」
「……?……お前、大丈夫か?そんなに強く打ったのか?」
「……え?」
「北神と会った様な口振りとか、転生とか、そんな事、現実にあり得るワケ無いだろ?」
「……何でそんな事言い切れるんだよ?」
「北神と言えば、この世界で東西南北の四方を守ると言われる四神の一人。北を守る神の事だぞ?」
「……は?」
「だが、言い伝えではそう言われているが、実在する神じゃない。そんな神が居るなら、この世は今のような戦乱の世になど、なってなかっただろうよ」
「……まぁ、そうかもな……ってか、ここは戦乱の世なのか!?」
「お前は、そんな事も忘れちまったのか!?この世は戦乱の最中にある。今、俺達が居るのは、レガリア大陸を五つに分けたうちの一国、北の照帝国だ。その中でも東南に隣接する天玄皇国との国境にある、南釘と言う城塞都市のスラムで俺達は生活している」
「……なんか、小難しい国の名前だな」
「……やっぱり、お前は何もかも忘れちまったんだな。このコウエンの屋敷に忍び込む時、塀を飛び越えた直後に着地に失敗して、お前は庭石に頭を打って気を失ったんだ」
「そ、そうだったのか」
「ああ。……で、俺が何とか庭木の多いあの場所に背負って行って、間もなく意識が戻ったと思ったらこの様だ。まさかとは思ったが、あの時に頭を打ったショックで、記憶喪失にまでなっていたとは……」
「……なるほど。そう言う事だったのか」
『これは、記憶喪失も都合が良いかもしれないな。これを利用しない手はない』
「だとすると、俺がハッキリしていると思っている記憶は、もしかしたら、その頭を打った時に記憶が色々とこんがらがって、変な記憶の繋がりも起きているのかもしれないな」
「ああ、そうかもな。お前は自分の名前も間違えていたしな。お前の名前のソウってのは、こう(颯)書く。この字は別の読み方でハヤテとも読む。お前は名前の字だけ思い出して、読み方を忘れたんだろう」
「……あ、ああ、そうかもしれない。……そうか。俺はソウだったのか」
「ああ。ソウ ホウセン。字はこう(颯 封殱)書く。その名前は産みの親が付けたのか、お前の銭袋の中にその名が刺繍されていたらしい」
「……そうか」
「お前は忘れたかもしれんが、仲間たちも俺達の幼馴染みだ。皆、捨子で育ての親も過労や餓死で亡くした。俺達ももう十六歳だ。自立して生きていかなきゃならない歳だから、同い年のアイツらも誘って、この義賊を立ち上げた」
「俺、十六歳だったのか。記憶の中では十八歳だったけど、二歳もサバ読んじまったな」
「……フッ。冗談も言えるほど落ち着いてきたか。だが、記憶を無くしたのは正直言って大問題だ。今日は仲間の助けで脱出したら、とりあえず一休みして、明日は朝から、お前にどれだけ記憶が残っているのか、確認したい」
「ああ。解った。多分、想像以上に酷いかもしれないが」
「まあ、明日の確認で明らかになるだろう。とりあえず……来たな……」
「……えっ?仲間か?」
「ああ。下調べで牢屋の場所も把握してあるから、アイツらも俺らの様なミスでもしない限り、ここまでは簡単に潜れる」
「そうなのか。用意周到だな」
「下調べで万が一の事を計画に入れたのは、最初はお前が言い出した事だ」
「そうだったのか」
「ああ。……で、あの高い小窓からロープが降りてくる」
「……あ、本当だ」
「その先に、アイツらが管理室から盗んだ牢屋の鍵があるから、コイツを取って、牢屋の鍵を開けて……っと!」
「おお!開いた!?」
「バカ!大声を出すなよ!敵は今は見える所には居ないけど、あの扉の外には二人が警備してるんだ!聞こえたらどうする!」
「ああ、ごめん」
「よし、じゃあ、そっと音を立てない様に開けて……」
「ああ」
「抜き足で歩けよ?」
「おう」
「……さて、着いた。問題はこの扉だ。さっきも言ったが、この扉の向こうには、二人の警備が居る。ソウは素手で戦うのは大丈夫そうか?」
「……ど、どうだろうな。ケンカ拳法くらいならできるけど」
「???……聞いた事のない拳法だな。……だが、仕方ない。それに頼るしかないか。俺達は素手だから、一人で二人を相手するのは難しいだろうからな」
「魔法とかでやっちまえば良いんじゃね?」
「お前、いつの間に魔法なんか覚えたんだ!?」
「……えっ!?いや、俺が居た世界とは違う異世界なら、そんなのもあるんじゃないかと思って言ってみただけだが、やっぱり、魔法ってあるのか?」
「お前の言っている意味が全くわからん。……つまり、俺の知っている限り、お前は魔法など使えなかったはずだが、結局、お前自身は使えないままだって事だよな?」
「……あ、あー、以前の俺が使えないなら、今も使えないだろうな」
「……ったく、一瞬でも期待しちまった俺がバカだったよ。だが、相手は魔法を使えるかもしれない。下調べでも、兵達一人一人の戦闘能力までは調査しきれなかったからな」
「なに!?じゃあ、敵に魔法使われたら終わりじゃねーか!」
「いや、魔法は詠唱に時間がかかる。だから、一対一なら速攻かければ魔法を使われる前に仕止められる」
「なるほどな。それなら、何とかなりそーだ」
「だろ?魔法は放たれれば絶大な効果を生むが、放たれなければ意味が無い。詠唱が完成する前に、何とかしちまえば良いのさ」
「ああ。解った。じゃあ、もし敵が並列なら俺は右を。敵が前後なら、俺が後で良いか?」
「良いぜ。記憶を無くしたお前がどれだけ戦えるかわからんから、前後の場合の前衛とは俺が戦うのが確実だろ。俺は強ぇぜ?」
「そうか。なら、頼りにしてるぜ」
「ああ。任せろ」
「じゃ、行くか!」
「おう」
「一、二の、三で行くぜ!」
「ああ」
「一、二の……」
「「さん!!」」
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