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Summer Refrain -狐の嫁入り-  作者: ジャこ
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膝枕と夏の傷痕

 ――神隠し。人間がある日、忽然と姿を消してしまう現象、なんの前触れもなく消失してしまう現象を神の仕業と捉えた概念。

 地方の新聞紙に小さく取り上げられた俺は、田舎で一躍有名人になった。もちろん悪い意味でだ。十八歳の夏、八月五日を境に姿を消し、八月二八日に発見された。当時、服装や身体には一切の傷、栄養失調などの兆候もなかったと言われている。

 というのも、すべてが人づてに聞いた内容だ。俺はその間の記憶がない。覚えているのは、悲しさが滲んだあの声だけだ。そう、それだけのはずだ。


 思考を中断し、ゆっくりと瞼を持ち上げる。まず目に映ったのは、真っ黒な空と、たゆたう半月だった。俺は横になっていた。後頭部には柔らかな感触がある。次いで、その感触の主が俺を覗き込んだ。


「目が覚めましたか」


 黒目よりも茶色の虹彩が強い瞳は、いまにも雨が降り出しそうな曇天だった。


「どれくらい」の時間が経ったんだろうか。


「ほんの十分ほどです」


 なるほど。痛む右半身を無理矢理に動かしてゆっくりと身体を起こす。


「先輩、まだ無理は」


 自分でも勿体ないとは思うんだが、という言葉は飲み込んで、


「そうも言ってられそうにない」


 先ほどの雷に比べれば、昔、クラゲに絡みつかれて刺された時ほどの痛みだと言える。つまり普通に痛い。

 震える手でワイシャツを脱ぐ。周りの視線が少し集まったが、さすがに堂々と駅で行為に及ぶようなメンタルは持ち合わせていない。無地の白ティーシャツをまくり上げ、その下に現れた傷痕を眺める。


「先輩、それって」


 大きな傷など負ったことのなかった身体には、いまは派手な裂傷の痕がある。まるで昔からそこにあったとばかりに、長い年月をかけて身体に馴染ませたような痕だった。その傷を、なぜか冷静に眺めている自分がいた。すべて知っていた風に。自分でも不思議な感覚だった。埃かぶった鏡に息を吹きかけて、鏡面が露わになった時のような。頭の中の靄が晴れた。舞った埃が光に乱反射して、思わず目を細める。そのキラキラとした粒子の中に、たゆたう真実のカケラを見つけ、手を伸ばす。ゆっくり大事に抱え込むと、確信めいたものが心の底にじんわりと芽生えた。



「あの夏の、傷痕だ」

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