習慣
弊社の定時は六時だ。ということで「お疲れ様でーす」ぴったり退勤。この会社は残業という概念が基本的になく、ほとんどが五時五十分ごろには帰り支度を整えている。タイムカードを切る同僚たちの動きは、おそらく一日で一番いい動きをしているに違いない。
「先輩」
同じく退勤した三上が俺の元へと駆け寄ってきた。周りがひゅーひゅーとはやし立てる。それを冷めた目で蹴散らしながら、三上に向かい合う。こいつがこうして声を掛けてくるときは、だいたい寄り道の提案だ。
「またか? 一杯だけだぞ」
「さっすが先輩、話がわかるぅ」
周りの独身者たちの恨みがましい視線を一身に浴びながら、居心地悪くオフィスを出た。勝手に兄妹と言っておきながらカップルを見るように僻んだりされても困る。なまじ三上の容姿が整っているせいでもあるんだろうけれどさ。
会社を出て、最寄り駅の方角へと向かう。駅に面する大通りの一つ手前の路地で曲がって、少し直進。会社からは徒歩にしてだいたい六分ほど歩いたところに、俺たちの行きつけの店があった。
「かーっ、この一杯のために仕事してるんですよ!」
トレイに積まれた色とりどりの穴が開いた輪っか状の食べ物と、右手に握られたピンク色の液体をテーブルに並べて向かい合う。ドーナツ屋に来ていた。
「イチゴミルクでそのセリフ言ってるやつって日本探してもお前だけだと思う」
「ノンノン、先輩の世界は狭いですねえ。私の知る限りでは四十七人はいますよ」
ちっちっと指を左右に振る仕草をする奴、初めて見た。しかもどこからその数字が出てきたのかさっぱりわからん。一都道府県に一人はイチゴミルクに最上の喜びを感じる人間がいるということだろうか。イチゴミルクネットワークみたいな包囲網でも敷かれているのか。考えるだけ不毛だ。
「その指振り、すっげえむかつくから次やったら鼻に指突っ込むぞ」
三上はイチゴミルクみたいに染めた頬を両手で包みぐねぐねと変な動きを見せた。
「先輩……そういうのはちゃんと段階を経てからで、最初はお知り合いから始めるべきですよ」
「あれ、俺たちって知り合いじゃなかったのかー、そうかー、よし帰ろう」
「あー、待ってくださいよ先輩のいけずぅ!」
席の向こう側から腰にタックルしてきやがった!
椅子が倒れ派手な音が鳴る。テーブルがガタガタ揺れる。だああ腰にしがみつくな動けんわドーナツもイチゴミルクも危ないわ周りの視線も痛いわ離せ!
閑話休題。
女子高生ぐらいの若い店員に「すみませんお客様」と、控えめに注意されたりそれに平謝りしたりその様子を見た三上が「結局私なんかより若いほうがいいんですね。鼻の下伸ばして」と誤解を招きかねない内容を口走ったりとあったが、全部終わった。ということにしよう。
「残念でしたまだ私のターンは続きますぅ!」
「うるせえ空気の入れ替えしてんのに邪魔すんじゃねえ!」
「す、すみませんお客様……」
「はい、すいませんでしたああ!」
お前も、謝らん、かい!