記憶への糸口
これは夢だ。いつもの夢だ。いつもと違うのは、今までのような不明瞭さが緩和されているということ。どうやらここは神社の拝殿のようだった。天井も床も木張りで、正面の固く閉ざされた本殿を前に正座をしている。前回見た夢に似ている気がする。だが、確証は持てない。
『目が覚めたか』
びくりと身体が跳ねる。初めての出来事に、驚きを隠さず振り返る。
そこには、巫女衣装に身を包んだ綺麗な女性がいた。髪は透き通るほどの金髪で、室内は陽が射していないというのに、眩く光っているように見えた。その周囲を取り囲む空気が粒子となって煌めいている。現実的にそんなことがあるはずもない。きっと、それは俺の脳が魅せるバグなのだろうけれど。だが、それほどに人外の、神秘的な美しさにしばし言葉を失った。
「あなたは」
『妾のことを知りたければ、直接逢いに参れ』
逢いに、って。
「いったい、どこに行けばいいと言うんです、俺は」
金髪巫女は人差し指を立てたまま自身の口に当て、俺の言葉を黙らせた。
『あの日をたどれば良い。道案内なら隣におるであろう。無事にこれたなら、そうじゃな、口吸いのひとつくらいしてやろう』
「はい?」
クチスイって何だろうか。
『あの小娘がきっと、そなたの道を照らしてくれる。だから、迷うことなど何もない』
女性の姿がぼやけていくのと同時に、意識が浮上する感覚。あの日をたどる――それが、俺のやるべきこと?
「――先輩。朝です。起きないとキスしますよ」
「やめろぉ……」
「もう、起きないと二人でベッドインしてる姿をお母さまに送りますよ」
「まじでやめろぉお!」
自分でも驚くほど機敏な動きだった。小学校のころにやった、大の字で寝転んだ状態から誰が一番早く起きあがれるかで一番だったのを思いだした。こんなところで思い出したくはなかった。
しかし、そんなことはどうでもいい。
「金髪……クチスイ……、逢いに参れ……?」
「え、先輩、口吸いしたいんですか? な、ならそう言ってくれればいいのに……! さあ、さあ目を閉じてください! むちゅーっと!」
近寄ってくる三上を手で押しのける。クチスイって何のことかと思ったが……口吸い、キスか!
「口吸いなんて言葉、よく知ってるなあ、三上は」
「せっ、せんぱい、私、もうっ、返事を待つっていったけど、そこまで激しく求められるなら、いっそ、いまっ! いまこそフぐぁ――っ!」
閑話休題。
「うぅ、鼻フックのセカンドバージンまでも奪われるとは……」
「すまん、もう意味わからん」
洗面所の鏡に映る自分は、なんとも間抜けな表情だ。そういえば。寝起きの自分の顔なんてあんまりまじまじと見なかったな。
「あ、着替えるので少しあっち向いててください」
「わかった。じゃぁついでにシャワー浴びる」
「せ、先輩。それはつまり」
「鍵は閉めるから安心しろ」
「いけずぅ」
万が一ということがあるので鍵をかけることは忘れない。蛇口を捻ればすぐに熱いお湯が出てくる。頭から豪快に浴びながら、俺は思考を整理する。
あの日。俺が神隠しに遭った日。所々、記憶に薄い膜を張っていた箇所に穴が開いて、断片的な情報が浮かび上がる。俺は水中を漂う木の葉を掬い上げるように、慎重にそれらを集めていく。
あの日は、数日前の記録的豪雨なんて嘘のような快晴だった。田畑はかなりの大打撃を被り、道も排水が追いつかずほとんどがぬかるんだままだった。家にいるのが一番だったのだが、俺はどうしても甘いものが食べたくなった。誰かが甘いものを買いに行けと脳内で囁いているような気分だった。
結果として、悩みに悩んだ末、夏休みの自堕落な身体に鞭打って出かけることにした。自転車では到底進める気がせず、片道一時間の距離を倍の二時間ほどかけて歩き、スーパーへと向かった。
ドーナツやスナック菓子の代金を小遣いから捻出し、帰り道を想像しては少しげんなりしつつ復路を歩いていた。その帰り道で、山に入って――。
「どうして、山に入ったんだっけ……そこに行けば、何かわかるのか……?」
シャワーを止めて、鏡を見る。そこに映る傷痕を眺めて、少しずつ身体の熱が下がるの待った。
あと少し、あと少しで何かが掴めそうだ。パズルのピースは揃いつつある、そんな確信めいた予感があった。
浴室から出るなり、俺は三上に告げる。
「記憶の在処が、わかったかもしれない」




