二人でホテル
居間では、母親が楽し気に電話をしていた。
通話を終えた母親は妙に上機嫌で、ホテルまで送ってくれるということだったので、好意に甘えることにした。
おかげで熱に焼かれながら荷物を引きずることなく、冷房の効いた車内でくつろぐことができた。その代償として母親と三上から昔話でいじり倒されたのだが、これには目をつぶろう。
「わあ、普通にホテルですね」
大川ホテルは田舎に不釣り合いな都会感があり、景色からは少々浮いている。だが、二十室ほどの客室はどれも清潔感と小洒落た内装で評判が良い。少々アクセスが不便だが、ホテルの滞在も含めてここから移動をするビジターもいるらしい。ネットの評価はどれも称賛されるものばかりだ。
「母さん、送ってくれてありがとう」
「はいはい。じゃ、奈津ちゃん、楽しんでね」
「はい、ありがとうございます」
母親は「よろしく言っといて」と最後に付け加えて元来た道を引き返していった。いったい誰によろしくすればいいんだ?
「まあいいや。チェックイン済ませよう」
ワインレッドのタイルカーペットを歩き、フロントに向かう。俺たちの姿を認めたフロントマンが歓待の言葉を掛けてくれるが、その言葉の中にわずかな訛りを見つけてなんとなく安堵した。ここは俺の知っている田舎だ。
「二人でお願いしている秋元です」
「秋元様。お待ち申し上げておりました」
五○一と書かれたルームキーを受け取り、フロント右側のエレベーターに乗り込む。先に乗って、扉を開けておくと、三上が後ろからとてとてと乗り込む。仕事場でいつも一緒だというのに、なぜかいま一緒のエレベーターに乗っていることが落ち着かない。
「なんだか、ちょっと緊張しますね」
どうやら俺だけじゃなかったようだ。しかし、意識されても困る。なんせ、これから向かう部屋は――、
ルームキーを差し込んで、解錠。
「わあ、すごい」
城を基調とした瀟洒な調度品に囲まれ、床にはオシャレな模様の描かれた絨毯。部屋の面積はダブルベッドが奪っても余裕のある広さだ。脳内のバグだと嬉しかったが、誤植でも誤謬でもなく、白ではなく城だった。お嬢様なんかが住んでいそうなイメージがまんまそのままだった。
「――じゃなくてだな。絶対部屋間違ってるぞ」
予約した部屋と内装が全然違う。予約したのはシングルベッドが二つあるし、室内はここの半分以下の広さだし、床は歩くのを躊躇うような絨毯など敷かれていない、いわゆる普通のホテルだったはずだ。
「フロントに確認してみましょうか」
三上が、部屋に備え付けの電話から内線を押す。
「あ、いま五○一に案内された秋元夫妻ですが」
「おい」しれっと何を言ってやがる。
電話中なので大きな声でツッコミも入れられず、やり取りを聞くことにした。三、四ほどのやり取りを経て、三上は受話器を下ろした。
「なんだって?」
「ホテルの支配人さんが、この部屋を取ってくれたんですって。先輩、この部屋はどうやらヴイアイピーらしいですよ」
サービス? キャンセルが出た? そんなことあるのか? 宿泊客が少ないから、はないか。普通何がしかのアナウンスはあるはずだよな。なんでそんなことに――とまで考えたところで、先ほどの言葉が蘇る。
――よろしく言っといて。
まさか、まさかとは思うんだが。スマホを開いて母親にメッセージを飛ばす。すぐに既読がつき、
『そこ、知り合いが経営してるのよ』
と返ってきた。
知り合いの幅、広過ぎない? 母親の顔の広さには毎度驚かされてきたが……。だから、俺たちは恋人ではないんだっての。ベッド一つだと困るんですけど。
「せんぱーいっ、ベッドふっかふかですーっ!」
あっちは困って無さそうだ。水揚げされた魚のようにビチビチと跳ねまわっている。すごく楽しそう。一緒になってやろうとは死んでも思わない。
俺はこのスイートルームらしき(実際にスイートなルームに泊まったことがないので判断はできない)室内を見て回ることにした。スイートルームというよりはラブホテルの印象が強い。これも行ったことはない。
風呂とトイレは別で、お風呂は我が家の風呂の何倍もあった。五人くらいなら一度に入れそうだ。ジャグジーとかいう謎機能に、壁には防水液晶テレビ。家に欲しい。アメニティも充実していて、至れり尽くせりの様子だ。
「風呂、すごいぞ。見てみ――、っ」
風呂場から戻った俺が目にしたのは、パーカーとシャツを脱ぎ捨て、今日でほんのり日焼けして赤くなった肌を惜しげもなくさらしている三上の下着姿でそれを見た俺は思わず綺麗だとか思ったよりもあるんだなとか色々な感想が脳裏を電流のごとく流れたわけだがそれをまじまじと見つめてしまうのはもはや致し方ないことで「ぐふぉっ」枕が顔面に飛び込んできた。
「せせせ先輩、ちょっとは気を遣ってくださいよ!」
いや、いきなり着替えるなよ。一声かけろよ。
「そういうのは空気で察するもんです! というか、思ったより胸あるんだなとか失礼ですからねっ」
日焼けした肌よりも真っ赤な顔で三上が抗議の声を上げる。しかも、考えていることが筒抜けだった。空気を察するスキルを会得すると心が読めるらしい。
「もうっいつまで見てるんですかっ、いいから早く向こうを向いてくださいっ!」
日ごろ好きだの嫁だの言う割には下着姿を見られるのはダメらしい。よくわからないやつだ。
「それとこれとは別なんですっ!」
さらに枕が飛んできた。顔面で跳ねる。読心術と投擲能力には目を瞠るものがある。ふっかふかな枕の感触を覚えながら俺はしばし風呂場へと退散する。
閑話休題。
「これからどうしましょうか」
腕時計は午後五時半を示していた。
二人でベッドに腰掛けながら、このあとの予定を話し合う。もちろん俺は手前側、三上は奥側に座ってスペースは区切ってある。さすがに同衾はダメ。ということで、毛布をぐるぐる巻いてベッドの中央に境界線として設置した。不可侵領域だ。こんな邪魔なものを置いても家のベッドより広いとは……おそるべし。我が家に欲しいけど足の踏み場が無くなりそうだ。しかし、ふかふかだな……うぅむ……。




