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8話 既知で未知の技術

 格納庫に機体をドッグに戻す。

 試験は終ったのだ。

 ヘッドセットは既に電源を切ってある。

「はぁ……悔しいなぁ」

 動標的相手の試験はそこまで上手く行かなかった。

 静止標的相手ならば照準プログラムに修正させるだけで当てるのは容易い。

 だが、動体に対しては操縦士の腕が必要だ。

 結果として命中率は4割5分。

 あの後は障害物のある道をどれだけ早く抜けられるかなど、操縦士の腕を試すものばかりであった。

 総合成績は中の下であった。

 とてもエースなんて呼べない成績であった。

「でも、始めて一週間なんだよな」

 よくよく考えればMD暦は一週間。

 それも大半はシュミレーションばかりだ。

「まだまだこれから、時間はあるんだ」

 そう決心してコクピットを開く。

 ハッチが開くとタラップが用意される。

 用意したスタッフに礼を言って降りると、目の前にちっさいオジサン達が群れていた。

 シャツにオーバーオール、工具ベルトと整備士だと思われる筋肉ムキムキのおっさん達だ。

 日本では幸運の象徴であったが、こうして囲まれると恐怖しかない。

 その中で頭一つ抜き出たおっさんが前に出てきた。

「おい、少し付き合え」

 渋い声だった。

 というか、試験官の声だった。

「え、いや人を待たせてて」

 おっさん達の目はギラギラしており、嫌な予感しかしない。

 故に、同行者が居ると匂わせるが、

「ミラルの嬢ちゃんには話はついてる。安心して着いて来い」

 逃げ道はキッチリと塞がれていた。

 前後左右をおっさんに囲まれて連行される。

 頭の中には小牛が売られる唄が流れていた。


          ●


「つまり、MDのプログラミング依頼って事です?」

「ああ、そうだ。格納庫内のMD全てを試験に使ったMDと同じようにしてくれ」

 おっさんに連れられやってきたのは格納庫内のスタッフルーム。

 壁にはめ込まれたガラスからは格納庫の中が一望できた。

 中に入れば、そこではミラルが待っていた。

 初めから逃げ切る事など出来なかったのだ。

「っと事を急ぎすぎたな。俺ぁ、ここの整備士を纏めてる“エニック”だ。見ての通りドワーフだ」

「えっと、“常磐鉱太”です。鉱太が名前です」

 伸ばされた手を掴む。

 小さくはあるものの、ごつごつとした手だ。

「試験で疲れてるところ悪いが、依頼を頼みたい」

「依頼? でも俺はまだ登録してないですよ?」

「安心しろ、登録自体は試験を受けた時点で済んでる。了承が得られればこのまま依頼として登録できる」

「そういう事なら分かりました。でも基本的な事しかできませんけど良いんですか?」

 プログラムというなら日本で学んだ知識がMDに転用できた。

 しかし、それは少しだけで、本格的な知識はPDAに電子化して収められた学術書で勉強中だ。

「基本的? そうか、あれは基本的な事なのか……」

 何やら遠い目になってしまった。

「おっと、スマン何でもない。で、可能か?」

「出来ますけど、拘束時間と報酬について聞いてもいいですか?」

 タダ働きとブラックだけは駄目ゼッタイ。

「ああ、そうだな。調子を見る必要もあるし、拘束期間は一日に2機の10日間。報酬は通常の整備依頼と技術込みで1機辺り15万の全機で300万(エニー)でどうだ?」

「さんびゃ――っ!?」

 思わぬ値段に言葉が途切れる。

 思わずミラルに視線を向けると彼女は首を横に振った。

 そうだろう、基本的な設定をするだけでこの値段は高すぎると――、

「話になりません。確かに組合によるMDの整備費用は10万前後ですのでサービスされているのは分かります。が、“プログラム”に関しては知識欲に飢えたエルフですら研究に難航している領域。つまりは難なくそれを成すコウタさんの技術は国宝級……いえ神器に匹敵する価値があると言えます。最低でも億から始めてください」

「待って!? プログラミング技能ってそんな壮大に云われるもんなの!?」

 更に跳ね上げられた桁に変な汗すら出てきた。

 何故と混乱しているとミラルが小声で耳打ちする。

「あのですねコウタさん。現在MDについて主に判明しているのはその構造なんです。“プログラム”につきましては設計図に同封されていたものを複製して使用しているのです。そして“プログラム”に干渉できるようになったのは50年程前なんです。更に使用されている言語も解読中でして、判明しているのはどの数値がどんな動作や結果に繋がっているかだけなんです」

「ん? という事は弄られていたのは数値だけ? ……あ、やべ」

 試験を思い出す。

 あの時はシステム自体(・・)を弄られているのだと考えていた。

 故に、プログラムを足したり引いたり打ち変えたり色々やった。

 照準の補正や修正だけではなく色々なシステムを追加した。

 機体性能からして無いと不自然なシステムだったので追加していたのだ。

 結果としてコクピット内の|ユーザーインターフェース《UI》も多少の変化が起きていた。

 しかし、弄られていたのが数値だけというなら。

「…………」

 ガラス越しに先程まで乗っていた機体を見る。

 つまるところ、アレは(がわ)こそは普遍的な物の、中身はこの世界で未知の技術による最新鋭機という事だ。

「コウタさん? もしかして……」

 流石エニシエルと長い付き合いなだけはある。

 理由は分からずとも、やましい気配については敏感だ。

「エニックさん。すいませんが少し考える時間を貰えますか?」

「お? ああ、そりゃこっちも助かる。報酬については上に話をせんと釣り上げられなくてな。そうだな、返事はお互いに明日の朝でいいか?」

「ええ、構いません。それじゃこれにて失礼させていただきます」

「おう、お疲れさん。案内は――」

「あ、大丈夫です。ミラル、行くぞ」

 エニックの好意を断ってミラルを急がせる。

 このままここに居たらどうなるか分からないからだ。

 早足で帰宅した結果、何事も無く屋敷に辿り着いた。

 だが、組合の格納庫が大騒ぎになっていたのを知ったのは、次の日におっさん達に囲まれての事だった。


          ●


「で、どうしようかって話ね」

 その日の夜、雑談も兼ねた相談として話題に上げた。

「うーん、少なくとも明日から貴方は有名人ね。まだ誰も解明できていないプログラムの謎を解き、手を加えられる技術者。国が放って置くわけがないわ」

「それは困るんだよなぁ」

 元々この世界に来た動機はパイロットになるためだ。

 技術者になるためじゃない。

「でも、今回は大丈夫でしょ」

 あっけらかんとエニシエルは言った。

「エニックの口は堅いし、その部下も躾が行き届いているから組合から情報が漏れる事は無いわ。上層部については私から話を通しているから下手な事はしないわ。コウタ、貴方が望まない限りその立場は守られるわ」

「ええ、傭兵派遣組合は中立を保つ代わりに神々の支援を受けています。エニシエル様の意向に反する事はしないでしょう」

「そっか、それなら安心かな」

 懸念は晴れたが、明日はその対応に追われる事は目に見えていた。

「この世界の神としては、基礎部分でいいからその技術を提供して欲しいのだけれど、現時点だと貴方の負担にしかならないのよね」

 この世界の最高権力者である女神というバックはあれど、自分は一個人でしかないし、そもそも他の神から干渉があれば完全に防ぐ事はできないだろう。

「お兄ちゃんだって知られないで色んな人に教えられないの?」

「それは可能なんですよね。この技術は覚えれば誰でもできてしまうモノですから。誰か一人に教えればその人が他の人にも教えられるのですよね。ですが、コウタさんの恩恵が少なくなってしまいます」

「ん? 俺の恩恵?」

 頭を捻って考えてくれる姉妹だが、そこに何故恩恵という言葉が出てくるのか。

「再度言いますが、プログラミングという技術はコウタさんの故郷と違い、この世界では新の技術なんですよ。それらが齎す利益はエニックさんやエニシエル様の反応を見れば少しは想像できます。そして、その恩恵はコウタさんが受けるべきです」

「ミラル……」

 じんわり来た。

 短い付き合いにも関わらず、ここまで考えてくれるとは。

「それって誰かがその技術を知ったら、お兄ちゃんが得するって事?」

「それが理想ですが残念な事にそんな魔法みたいな仕組みはありません」

「そうだよね……うーん、何か方法はないかなー?」

 むーむー唸るイーミルをミラルは温かい目で見守っていた。

「あ、そうよ。その手があったじゃない」

 何かを思いついたのか、エニシエルは手を叩く。

「ねぇ、コウタ。“特許”とってみる気はない?」

 エニシエルは意味深な笑みを浮かべて言った。

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