7話 その試験は誰が為に
そこはホテルのフロントかと思うような場所であった。
清掃が行き届いた空間からは傭兵という物騒な単語へは簡単には結び付かない。
受付嬢も見目麗しい者を揃えているのか、華やかであった。
「うーん、あっさりと話が進んだな」
「そのためにエニシエル様が骨を折ったわけですから、多少は楽に進みますよ」
受付で新規登録を申請した際、書類を幾つも出されたが、ミラルの口添え一つで全て引っ込んだ。
どうやら登録自体はほとんど済んでおり、後は操縦技能を確認するだけで良いらしい。
「では、試験場までこちらのスタッフが案内いたします」
受付嬢から連絡を受けたスタッフの青年に案内されて数分。
格納庫と思わしき場所へと連れられてきた。
頑丈な鉄壁に囲まれたそこには幾つもの巨人、正式名称MDが並んでいた。
ざっと見て20機程、それらは外見は洒落っ気のない無骨なもので統一されていた。
その姿に見覚えがあった。
つい先程まで追走劇を演じていたあの機体だ。
ただ、中身は天と地ほどに違う。
ブーストによる高速移動はできないし、背部のウェポンラックも存在していない。
何故外見が似ているのか、思い当たるのは“機械仕掛けの神”に収められていた設計図だ。
それは通信機能や一部センサー類、機構を徹底的に取り除いた、機体として必要最低限のモノだけで描かれた設計図。
そしてMDはその設計図から製造されたものだ。
だが、この世界の神々も然る者で、重要な動力源を魔物から採取できる魔石とやらに変えてしまった。
その他にも幾つかの技術を置き換えられたMDは設計図以上の性能を発揮していた。
足りない技術は既存の技術で補う。
そこに神々の意地を見た気分だった。
「えっと、アレが今回使う機体?」
その中の一機が格納庫の中央へと配置されていた。
「はい、あちらのMDが今回の試験に使用するものです。搭乗後は無線の指示に従って行動してください」
そう言って渡されたのはヘルメットタイプのヘッドセット、どうやら機体に通信機能は内蔵されていないようだ。
頭に装着し顎掛けの紐で調整する、これなら多少は暴れても落ちはしないだろう。
「では搭乗してください」
階段状に伸びるタラップを足場に胸部のコクピットに乗り込む。
操縦席の座り心地は最悪だ。
座席のマットは草臥れているし、どこか据えた臭いもする。
あれだ、学校の用具倉庫の道具と同じ感覚だ。
物としては手入れされているが、どこか草臥れたあの感覚だ。
おまけに、なまじ最高の機体を知っているがために不満しか感じない。
だが、精神は逆に高揚している。
だって、量産型汎用機だ。
それも数々の傭兵が始めて触れる事になるだろう基礎の基礎である機体。
誰かの専用というわけでもなく、訓練や非常事態用として運用されている練習用機体。
コクピット内の傷の一つ一つは数多くの卒業生の思い出が刻まれているのだろう。
これがテンションを上げずにいられるものか。
『あ、あー、聞こえているか若いの。今回の試験を担当する者だ。よろしくな』
ヘッドセットから男の声が聞こえてきた。
先の青年と違った渋い声は経験を感じさせる重さがあった。
「はい、聞こえています。よろしくお願いします」
『お、意外と落ちついてんな。腕に自信有りってか?』
「ただ練習で乗りなれているだけですよ。ま、そこそこの評価は期待してくださいよ」
『なんだい、そこは“未来のエースの勇姿を――”って言わないのか』
「ははっ、エースなんてとてもとても……そこまでの実力が無い事は俺が一番知っていますから」
それは嘘偽りのない本音だ。
『はー、口がデケェ奴はごまんと見てきたが、お前さんみたいなのは始めてだ』
驚いたのか呆れたのか、その口調は軽かった。
『まぁそこは試験で見極めるとするさ。さあ、試験開始だ。まずは“この格納庫から出る”事だ。分かったらさっさと起動しろ』
思わず疑問符が浮かぶ。
機体の歩行は基礎の基礎だ。
戦闘モードでもない限り、移動は自動で歩行になるのだが。
何の意図が隠されているのか分からないが、機体のエンジンに火を入れる。
劣化コピーと言われるだけあって基本操作は同じだ。
モニターに光が灯る。
映るのは格納庫の景色だ。
前方に人は居らず、巨大な扉も開け放たれていた。
『起動したな? なら外に出るんだ』
言われるがままにフットペダルを踏み込んで気付く。
……動作が重い――っていうか硬過ぎる!?
一歩踏み出す。
ただそれだけが非常に遅い。
それは劣化コピーだからという理由では収まらない。
……駆動系……いや、システムが弄られてる?
一歩を踏み出してそのまま固まる機体に試験管から言葉が飛ぶ。
『何してんだ? 一歩踏み出しただけでブルッちまったか?』
「お言葉ですが、明らかに異常がありますよ。整備不良じゃ――」
『異常は無い。それを含めてがお前の試験だ』
言葉を遮るように放たれた言葉。
そこに苛立ちが混じっている事から試験管としても本意ではなさそうだ。
……普段は整備畑の人間なのかね? しっかし、これも試験って事はな……。
思い当たる節はある、エニシエルとの出会いの時だ。
現場で直接調整した事が知られている。
根回しとやらの時にエニシエルが話したのだろう。
それも試験に干渉できる程の立場の相手にだ。
……アレはエニシエルの蓄積データがあったからなんだけどなぁ。
とはいえ、やるしかない。
座席横のサブモニターからシステムに干渉する。
コンピュータウィルスという概念がまだ無いのだろう、セキュリティがペラペラで然程の苦労もせずにアクセスできた。
だが初めて触る機体だ。
どこまで数値を弄ればいいのか、まだ想像がつかない。
……仕方ない随時修正するしかないか。
キーパッドを操作し、念のため数値を抑え目に修正する。
そしてフットペダルを再度踏み込む。
二歩目も緩慢な動きであったが、最初に比べれば大分マシだ。
……いいぞ。このまま数値と感覚をすり合わせて……。
三歩、四歩と歩を進めるたびにその歩みは軽やかなものとなる。
……駆動系とシステムが完全に連動している。しっかり整備されている証拠だな。
格納庫を出る頃にはもはや異常を感じない、堂々たる歩みを見せていた。
●
一機のMDが格納庫から現れる。
陽光に照らされるその姿を一台の馬車が見えていた。
簡素な屋根をつけただけのそれには、何人かの人影が乗っていた。
「…………」
その中で腕を組み、鋭い眼光でその光景を睨むのは一人の男。
半袖のシャツにオーバーオールを穿き、腰に工具ベルトを巻いた技術者と思わしき男。
彼は身長は160センチ弱と小さいが、かといって子供というには鍛え上げられた肉体と老成した風貌であった。
その頭には鉱太が着けている物と同じヘッドセットを装着していた。
「次は射撃テストだ。今から旗を持ったスタッフが誘導する、その後に続け」
『了解』
旗を持ったスタッフが馬に乗ってMDの前を走る。
その後に続く歩みに淀みは無い。
自分達も後を追う。
向かった先は射撃場。
流れ弾防止の強化壁と土の山が遠くに見える。
それらには丸く切り抜いた標的が幾つか設置されていた。
再び背後に着いた頃には別の馬車に積んだハンドガンを装備したところだった。
「まずは用意した弾倉の数だけ静止標的を撃て、それで命中率をマガジンごとに計測する。それが済んだら動標的の計測に移る。分かったら標的を打ち抜け」
使用する弾倉は試験用の装填数10発の特別製だ。
本来の試験では10の弾倉を用いて命中率を算出する。
だが、今回の試験の目的では別だ。
『了解』
返事と共に破裂音が響き渡る。
狙ったのは直線上1000メートル先の的だ。
だが、弾丸は狙った方向には飛ぶものの、肝心の標的には掠りもしない。
当然だ火器管制システムを弄ってあるのだから。
一発で当てられる方がおかしい。
現に標的から半径20メートルの範囲に土煙が昇る。
安全には十二分の配慮を行ったが、整えるのではなく崩す調整など、一介の整備士としては二度と行いたくはない。
『ここも弄られているのか』
異常とも言える照準に彼も気付いたようだ。
だが気付いたところで調整に手間取っているのか1マガジン分を使い切っても狙いが定まらない。
数字弄りに慣れないながらも、腕利きを集め、徹夜してまで調整したのだ。
そう簡単に修正されてたまるものか。
『だいたいこんなもんか』
だからこそ、聞こえてきたこの言葉を聴き間違いだと思いたかった。
MDは慣れた手つきでマガジンを交換する。
そこからの変化は劇的であった。
2つ目の弾倉でも、弾は当たる事はなかったが、集弾率は目に見えて上がっていた。
3つ目の弾倉では、10発目が的の端を穿った。
4つ目の弾倉では3発が、5つ目の弾倉では7発の弾丸が的を揺らす。
ここで標的と銃を交換し、休憩を行う。
しかし、操縦士の彼は機体から降りることなく、何かをブツブツ呟きながらキーを打ち込む音がヘッドセット越し聞こえていた。
6つ目は全弾が命中し、7つ目は銃痕が的の中心へと近づいていた。
8つ目にして6発が中心を穿ち、9つ目は全ての弾丸を中央に決めた。
最後の弾倉は精度を確かめるかのように、ゆっくりと狙いを定めて全ての的の中心を撃ち抜いた。
「そこまで。静止標的の計測は終了だ。次は動標的の計測に移る。準備に多少時間が掛るから、それまで休憩だ」
次の試験のためにスタッフが慌しく動き出す。
遠くの土壁では立てられた標的は倒され、動標的用の機材が組み立てられる。
ワチャワチャと動き回る人影を遠目に男はヘッドセットの電源を切る。
会話を聞かれないためにだ。
「オイお前ら、アレを見てどう思う?」
男は同乗していた面々に声を掛ける。
彼らは男と同じく小柄ながらも、鍛えた体と老成した姿を持つ者達。
「へぃ親方。ハッキリ言って……バケモンすね」
その言葉に同意するような声が他からも上がる。
どれもが、彼を畏怖する言葉。
親方と呼ばれた男はそれらを聞き入れて言った。
「……俺ぁ、今までMDをMDたらしめるものは、俺達が作り上げた鋼の肉体だと信じていた。操縦士の肉体の延長として思うがままに動かせるよう整備する。それが俺たちの仕事だ」
男たちの誰もがその言葉に傾聴する。
「その誇りに変わりはねぇ。だが見てみろ、あの動きを。見てみろあの精密な動作を。格納庫の中にあれだけ滑らかに動くものがあるか? いや、無ぇ。それは最終点検を行った俺が一番よく知っている。そして“ぷろぐらむ”というものが大切なのは知っていた。操縦士の意思をMDに反映させる事に必要だとな。だが、あの数字一つ、文章一つ弄るだけでああも軽やかに動くとは思わなんだ」
男達の顔を見て言った。
「アレが、あの性能がMD本来の動きなんだろうな。……クソッ、何で俺ぁあの程度で満足してたんだ!」
あそこまで滑らかに動けば、狙いが上手く定まっていたのなら。
今も酒を酌み交わせた者が居た筈だ。
だが、後悔するにはまだまだやるべきことが山程ある。
「……エルフの連中を呼ぶぞ。あんの頭でっかちも“ぷろぐらむ”について研究してた筈だ。少し前の学会でもそこまでの成果は出てなかったからな。教えれば飛びつくだろうよ」
会いたくない顔もあるが、そんな事を言っている場合ではない。
「まず出来る事は……あの男を確保する事だな」
試験の後、小柄でムキムキな男達に囲まれる事が本人の預かり知らぬ場所で決まったのだった。