6話 傭兵という存在
ビルとビルの間を巨体が抜ける。
物体が移動する事で起きる風圧がガラスを叩く。
「くっそ、市街地戦でこんな速度出させやがって」
加速によるGが体を押し付ける。
シートベルトがなければ座席から振り飛ばされてもおかしくはない。
視界の端に見える速度計によるとは既に3桁の大台を越え、2百前後を行き来している。
それでも加速を止める理由にはならない。
「振り切れない……っ」
背後からは自分を狙う巨人が2機。
地上ではあるが、その2本足は動く事なく青い閃光を吐き出していた。
「このレベルになると相手もブースト移動してくんだもんなぁ!!」
入り組んだ市街地を背中や足のサブブースターを吹かせることで蛇行する。
そのまま進んで辿り着いた大通りの十字路、その先に巨人が待ち構えていた。
敵の標準装備である短機関銃の銃口がこちらを向いてる。
「やばっ!?」
操縦桿とフットペダルの一つを操る。
すると前方に吹き飛ぶように飛んでいた視界が一瞬掻き混ざる。
「ぐぅ――っ」
僅かに暗くなる視界の中、瞬間速度が一瞬だけ音速近くまで上昇したのが確認できた。
かなり苦しくはあるが、成果はあった。
銃口から飛び出した鉄の群れは自身の後方を横切るだけだ。
「クイックターン成功ってね」
十字路を直角に曲がった機体はそのまま速度を跳ね上げる。
「鬼ごっこにしては難易度高いよなこれ」
鬼は3機、被弾されても鬼にはならないが、評価が下がる。
時間は制限があり、ランダムに設定された時間を逃げ続けるだけだ。
ただ時間は表示されず、いつ終るか分からない中逃げ回るしかない。
体感で10分は経過しただろうか、だが終了の合図はまだない。
「せめて武装が使えればな」
相手は短機関銃、こちらは丸腰。
更には一部のセンサー類の封印。
牽制どころか索敵すらできないのだ。
一部の変態技量を持つ者なら同士討ちや格闘戦を狙うのだろうが、そこまでの技量が自分にないことは既に知っている。
「そろそろキツくなってきた……」
ペース配分には気をつけてきたつもりだが、そろそろ息が切れてきた。
コクピットに座っておいて何言ってんだと言われるかもしれないが、緊張が続くとそれだけで体力が削られるのだ。
気を抜けば短機関銃が火を噴いて機体を揺らすのだ。
幸い装甲は堅牢で抜かれる事は無いが、その衝撃ばかりは完全に殺せない。
割と腰と内臓に来るのだ。
若くして腰痛持ちとか洒落にならないので、被弾は全力で避ける所存である。
「結構端の方に追い詰められてるな……このままだと袋小路か」
サブモニターに表示したマップによると、指定領域の角に追い詰められていた。
指定された領域の外にも市街地は続くが、規定時間内に領域内に戻らなければ領域離脱でゲームオーバーだ。
どうにかして中心部まで戻らなくてはならないが、鬼はその行動を簡単に許さない。
「えっ」
ビルの陰から一機、先回りをされていた。
ただ、相手にとってもこの会敵は予想外だったみたいで、一瞬動きが止まった。
「うぉぁあああ!?」
おかげで驚き思わず放った右のストレートが綺麗に横顔に入った。
頭部はそのままパージされ、青空に舞った。
「へっ?」
直後アラームが鳴り響く、鬼ごっこが終った合図だ。
リザルト画面に評価が刻まれる。
評価としては上々だった。
被弾率の低さと撃破ボーナスのお蔭だ。
クリアできた事に一息ついていると外部マイクが音声を拾う。
「お兄ちゃーん! お昼ご飯できたってー!」
ミリィの声だ。
時計を見れば既に昼前だ。
「わかった今行く」
マイクで声を伝え、ベルトを外す。
食事が遅くなればエニシエルが不機嫌になる。
急ぎ機体を降りれば上機嫌なイーミルが居た。
かれこれ一週間程の付き合いとはいえ、それぐらいは分かる。
「何か良い事でもあったのか?」
「うん! 今日のオカズの出来が良かったの! 楽しみにしててね!」
鼻歌を歌いながら彼女は屋敷に入っていった。
「……妹が居るってこんな感じなのかね」
初日はエニシエルに接するように自分にも接してきたが、自分は別に彼女達の上に立っているつもりはない。
気楽に接してくれと頼んだら、了承する代わりにとイーミルから逆にお願いされたのだ。
それは兄と呼ぶことだ。
兄という存在に憧れがあったらしく、特に問題を感じなかったので了承したのだ。
それからはあれよあれよという間に距離が縮まって今みたいになったのだ。
姉の方はまだぎこちなさが残るものの、上に置いた扱いはしなくなっていた。
「今日のお昼はなんだろなー」
そんな気の抜けた事を呟きながらイーミルの後を追うのだった。
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「あ、そうそう。根回しが済んだからこの後で傭兵の手続きを受けてきなさい」
食後一番に開口したのがこれだった。
「いきなり過ぎないか?」
「遅いよりはマシでしょ。日本でも“善は急げ”って言うでしょう?」
確かにお金を稼ぐには早い方が助かるが。
「あ、道案内ついでにミラを連れて行けば問題ないから。それじゃ疲れたし昼寝でもしてるわ」
それがつい先程の出来事だった。
そして今、ミラルを隣に町中を歩くのであった。
今着ている服はミラルが用意してくれたものだ。
チノパンにポロシャツ、割と日本でも見かけるような服装だ。
対するミラルの服装は変わらずの黒の修道服だ。
「さて、今傭兵組織に向かっている訳なんだけどさ、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「何でしょう?」
男女2人にしては全く色気の無い道中。
無言で歩く事に疲れたので暇つぶしを兼ねた質問を投げ掛けてみた。
「いやさ、この道というか建物か。昨日エニシエルと出会った農村と比べると全然違うよな」
黒い地面を蹴りつければ、アスファルトにも似た硬い感触が帰ってくる。
見上げれば街灯があり、脇に立つ家々にはガラスが普通に使われていた。
電線らしき物は見えないが、恐らく地下に埋設されているのだろう。
ここでは平成の日本に近い建築物が並ぶが、あの農村ではそれらは一切無い。
まるで過去にタイムスリップしたかのように技術の恩恵が見当たらなかった。
「確かに地方とこの首都では格差があります。それも意図したものです」
「技術を首都で独占しているって事か?」
エニシエルは劣化コピーと言っていたが、機体を製造できるだけの技術はあるのだ。
だとすれば、それらを流用しない理由がある。
「はい。幾つか理由がありますが、その中で一番くだらない理由としては陣取りゲームですよ」
「普通、表向きの話だったりマシな理由とか話すんじゃないのか?」
「では逆に聞きますが、そんなお茶を濁した理由で納得できるのですか?」
「無理だな。どうしても裏の理由を考えるな」
中々直球な物言いではあるが、それが彼女の持ち味だと最近気付いた。
「かつて神々が支配していた領土の大半が失われました。その元凶はご存知ですよね」
「ああ、あの化け物共だろ」
初めてこの世界に降り立った時、エニシエルが倒していたアレの事だ。
話によると世界の外からやって来ているらしい。
そんなの相手にどう対処しろっていうのか。
「そうです。昔から存在していた敵対生物である“魔物”とは別種のそれらによって、人類はその生存領域を大きく失う事となりました。それで困ったのは人類もそうですが神々もです。なにせ人類から捧げられる信仰の量がその存在に直に影響するのですから」
マイナーな神々程に慌てた事だろう、下手をすれば消滅しかねないのだから。
「その危機感が招いたのが、エニシエル様の窃盗です。それが三百年前の出来事になります」
「確かエニシエルも自白の時にそう言っていたな。世界間の認識による時間の流れがどうとか」
クライアントからすれば盗まれて直ぐの話だが、この世界では長い月日が流れていたということだ。
「話は戻りますが、そうして持ってきた“機械仕掛けの神”。それを“知恵の神”と“鍛冶の神”の2柱が解析し、それを模して作ったMDによって人類は生存領域を徐々に取り戻してきました。ですが、今を持ってもその領域は全盛期の3割にも満たないそうです」
「取り返した領域は元々の神様のモノ。って訳にはいかないか」
主張するにはあまりにも時間が経ち過ぎた。
当時を知る人は長命種を含めてもほとんど居らず、伝承として残るのみだ。
それだけの時が既に流れてしまったのだ。
無名の神々が成り上がりを考えてしまう程に。
「故に“傭兵”、故に“アリーナ”なのです。確かな戦力を持つ者を配下とし、その領土を開拓させようとしているのです。そのために首都から離れる程に技術的格差が発生しているのです。大抵の人は少しでも良い暮らしを望みますから。ですが、首都に来ても着ける仕事は多くありません」
「それで“傭兵”になる訳か。腕っ節さえあれば喰っていけるし、機体を動かす以上、報酬もそれに見合う高額になるってわけか」
迂遠なやり方ではあるが、それが続くとは思えない。
「だが、それだと地方が襲われたらひとたまりもないだろ? 結局人類圏が狭まるんじゃ?」
「実はそうでもありません。先程申し上げた通り、首都から最も遠い最前線では開拓スポンサー付きの傭兵団が行っています。ですから農村は傭兵団と首都直通の転送装置の間に位置し、有事の際はどちらかから戦力を派遣されるので意外と外敵の被害は少なかったりするんです」
「外敵は傭兵団が潰して、農村からは人が首都へ流れると……そういうことか」
実際はそう上手く行くものかと思ったが、まだ何かしらの仕組みがあるのだろう。
「農村が発展するには、新規開拓で主要経路に位置するか、出稼ぎで稼いだ誰かが技術や金銭の還元でもしないかぎり現状維持でしょう」
中々に難儀な問題ではあるが、一個人として口を挟める事でもない。
「そろそろ見えてきましたよ。アレが傭兵派遣組合です」
ミラルが示す先には一際巨大な建物が鎮座していた。