5話 新しい仲間は女神の信徒のようです
「なるほど、そんな事が……」
女神は自白した。
それはもう盛大に。
盗みの経緯からその結果、そこから今に至るまで。
心情や後悔を吐露しただけでは収まらず、神々の内情という明らかに一般人が聞いたら不味い事までだ。
全てを語った後はミリィの胸に飛び込んでおいおい泣いていた。
「おーいおいおいおい」
「エニシエル様も大変だったのですね」
いや、その泣き方は今時の人間には伝わらないとは思う。
というか15歳の女の子に泣き縋る女神ってどうなのよ。
外見が20にも満たないから、女の子同士のじゃれ合いに見えるのが幸いか。
「この度はコウタ様にも大変なご迷惑を――」
「気にしないでくれ。どちらかといえば感謝してる位だ」
彼女が機体を盗まなければ、自分がこの場に居る事はなかった。
そう考えると、彼女を責める側には回れない。
「話は変わるが、あの機体……“機械仕掛けの神”だっけか。アレが盗品だってよく分かったな」
「あの巨人達の存在は当時の神官の間でも不審に思われていたという事です。それに、エニシエル様の態度がやましい事を隠した時と同じでしたので、もしや、と」
曰く、先代からの申し送り事項の中に当時の神官の記録が残っていたらしい。
全高10メートル程の巨人がある日突然現れたのだ。
それも1体だけではなく、複数も。
どこで造っていたという話だし、そもそも神々の巨人に対する知識が曖昧だったからだ。
故に一部の神官からはどこかから調達してきた物だろうとは思われていたそうだ。
しかし、当時は人類が相当追い詰められていたため、目の前の疑問より敵を優先したという話だ。
「記録によると、巨人とその功績が称えられる度に挙動不審になっていたそうで、そこから巨人の経緯を知っていると確信されていたそうです。まさか窃盗の実行犯とは思いませんでしたが」
「ぐふぅ」
言葉の針がエニシエルの胸を貫いていた。
「えっと、さっきの様子を見る限り、あんな分かり易い態度で今までよくバレなかったな」
「外見を取り繕うのは得意ですから。先程はプライベートでしたからあの様な姿を晒しましたが、公の場ではクールビューティとして名高いんですよ? 実際は緊張して口数が少ないだけですのに」
「うわぁん。ミラが虐めるぅ!」
身内からの容赦ない責めに女神の心はボロボロだ。
15を迎えたばかりの少女に泣き付く姿には女神の肩書きも形無しだった。
そんな姿を眺めるミラルの目には温かみがあった。
「確かにエルシエル様は窃盗という罪を犯しました。しかし、それによって今の私がありますので責める事はできません。エルシエル様に罰を求めるというのなら、その恩恵に与った私も同罪ですから」
「それは違うわ!」
ミラルの言葉を否定したのはエルシエルだ。
「償うべきなのは神々であって人ではないわ。貴女達はある意味神々に騙された被害者なんだから。何よりも、神の罪を人が濯げるとは思わないことよ!」
ハッキリと言い切ったその姿は女神としての矜持があった。
ミリィに抱きついてなければ格好良かったのだが。
「ま、クライアントが責めているのは神に対してだけだからな。悪いと思うなら寝床を貸してくれるだけでいいさ。俺は先任者として生活基盤を整える必要があるんでな。生活が整うまでの間で良いからさ」
「でしたら、当面はこの屋敷をお使いください。衣食住に関してはこちらでご用意いたしますので我が家と思って寛いでください」
「……要求しといて言うのもアレだけど、男と一つ屋根の下っていうのは大丈夫なのか?」
元々女所帯であろう生活に男が紛れ込むのは安全面的にどうなのだ。
そんな疑問にミラルはフッと笑顔を見せる。
「実を言いますとミリィには人を見極める特殊な目を持っています。あの娘が自分から起こしに行くほど気に入る方なら問題はありません」
よく分からないが、ミリィの御眼鏡に適ったという信用があるらしい。
見ればミリィは無垢な笑顔をこちらに向けていた。
あの笑顔を裏切るということは中々に難題ではある。
「その信用を裏切らないよう頑張るよ。これからよろしく」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
互いに握手を交わし、話に一応の決着は着いた。
●
それでも他に問題は山積みな訳で。
クライアントの話では人材や物資の支援を予定しているとの事。
経過を見て送るという話だが、それらを受け入れるための土地なり倉庫なりは早急に用意せねばならない。
「というわけで、急募:お金を稼ぐ方法」
「はい!」
元気に手を上げるのはイーミルだ。
「どうぞミリィちゃん」
「コウタさんの事情を考えるに“傭兵”が良いと思います!」
「“傭兵”?」
可愛い顔から似つかわしくない言葉が飛び出してきた。
「簡単に言えば巨人を用いた何でも屋です。狩人では手に負えない魔物の狩猟や危険域に植生する薬草採取が主な仕事でしょうか。他には傭兵同士で試合を行い、その操縦技術を他者に売り込んだりもしているようです」
ミリルが補足してくれるが、いまいちピンと来ない。
「百聞は一見に如かずって言うし、実際に見た方が早いわ。ミラ、テレビを点けて」
「わかりました」
ミラルがリモコンを操作するとテレビが僅かな音を立てて起動する。
それはブラウン管ではない、薄型ワイドサイズの大型テレビだ。
僅かな間を置いてその画面に色が着く。
「これは……」
言葉が出なかった。
画面に映るのは鋼と鋼のぶつかり合い。
場所はどこかの砂漠だろうか。
青空の下、砂ばかりが広がる中で巨人がぶつかり合っていた。
長剣を振るう細身の巨人と無骨な鉄塊を振り回す小山のような巨人。
戦況は細身の巨人が高い機動力を活かして翻弄しているところだ。
巨人達が交差する度に冷静な声色の解説が聞こえる。
「昨日のアリーナの試合ですか。期待の大型新人の初試合という事でピックアップされてるようですね」
試合結果は小山の巨人はその機動力に追いつけず、首筋から差し込まれた剣に胸を貫かれた。
「……これって公共の場に放送して大丈夫なのか?」
見る限り、人が搭乗できそうなのは胸部のみだ。
そこを貫かれるというのは、搭乗者の死を意味すると思うのだが。
「ああ、大丈夫よ。“死なないのよ”、アリーナに限っていえばだけどね。アレよ、地球でいうVRってやつ。 あの砂漠は仮想空間だし、痛みとかの五感は現実と同等とはいえ操縦士と巨人も仮想の存在でしかないの」
ある意味、高精度なシミュレータという事だ。
「それだと自爆攻撃が流行らないか? 格上を相手するなら有効な手だろ?」
なにせ死にはしないのだ。
四肢を失うような特攻を掛けても、試合が終れば五体満足なのだから。
「それで勝ち続けられるならね。一定以上の実力者なら耐えるか避けるし、何より上を目指す挑戦者は数え切れないのよ? 捨て身戦法しか取れない実力なら三日天下にもならないわ」
「そしてなによりもスポンサーが付かない点ですね。アリーナは操縦技術を売り込む場です。優れた操縦士を求めているのは国だけではありません。富豪や豪商といった方々も自衛の戦力を欲しています。捨て身戦法の結果として頂点に至っても、得られるのはアリーナの称号だけなのです」
「整備や維持にもお金は掛るからね。どこかしらの庇護があるだけで大分違うものよ」
中々に世知辛い理由であった。
しかし、ある意味安全に巨大ロボット同士で戦えると知ったのは僥倖だ。
自分の実力を知る為に出場するのも良いかもしれない。
「けれど、貴方の巨人じゃアリーナには出られないわよ」
「何でだ?」
「いや、だって“機械仕掛けの神”はたった1機で戦況をひっくり返す様な化け物よ。どんなに上等な技術を持った操縦士でも、乗っているのが劣化コピーの人形じゃ相手にもならないわよ。事実、アリーナの規定では“機械仕掛けの神”の参加は禁止ってなってるわ」
「ですよねー」
先日、エニシエルに合わせた出力の調整を行った時に気付いたが、あの機体はその性能を2割も引き出していなかった。
元がピーキー過ぎる変態用の調整だというのもあるが、それでも“縁結びの神”という闘争と無縁であったエニシエルが定期的に化け物退治ができる程度には機体性能が高い。
常人向けのマイルドな調整を行った今、その戦闘力は向上したと言ってもいい。
極論ではあるが、ビームガンで弾幕を張るだけで勝てる。
ジェネレータ出力を上げれば24時間打ち続けられるのだから相手が根負けするまで撃てばいい。
もちろん調整が必要ではあるが、それだけの出力とエネルギー量、そして銃そのものの強靭性が可能とする。
もはや技術うんぬんより、機体性能の差が戦力の決定的差になってしまっていた。
「アリーナのファイトマネーは見込めなくても、傭兵としての活動で稼げばいいのよ。巨人を動かすだけあって報酬はかなりのもの。普通なら整備と補充でそこそこ差っ引かれるけれど、“機械仕掛けの神”なら、ね?」
言いたい事は分かる。
あの機体は自己修復機能があるのだ。
武装はエネルギー兵器が主であり、使用するエネルギーはジェネレータで賄える。
銃口などの消耗する精密部品ですら時間を掛ければネジの一つまで再生する。
完全なるメンテナンスフリーという頭のおかしい存在であるのだ。
……テレビで見たのがリアルロボットなら、アレはスーパーロボットなんだよな……。
思わず遠い目をしてしまう。
大会で使用した抱える大きさのロボットですら、こまめなメンテナンスが必要であった。
その数百倍のサイズのロボットがメンテナンスフリーなど何の冗談か。
「それに目的を果たすにはあちこち飛び回る必要があるから、フットワークの軽い傭兵家業が一番なのよ、遠出ついでに依頼を受ければお金も稼げるしね。下手にどこかの組織に所属するよりは柵が少ないわ」
「ま、来たばかりの俺よりエニシエル達の方が詳しいんだろうし、その辺は頼りにするわ」
今、この世界で頼れるのはエニシエルとその信徒2人だけだ。
クライアント直々に念を押されたエニシエルが裏切るとは考えづらいし、その信徒が祭神の意向を無視する事はないだろう。
「ええ任せなさい。ただ、ちょっと根回しする必要があるからその間は戦闘もできるように特訓しておきなさい」
リビングの窓の外を指差す。
するといつの間にか鋼鉄の巨人がそこに膝を着いて待機していた。
「チュートリアルって言うの? とりあえず全部の項目を達成できるようにしておきなさい。そうすればどんな挙動でも動かせるようになるわ。これは私の経験談よ」
「確かにあのピーキー設定だった機体を動かせるようになるなら、これ以上の教材は無いな」
話している間にミラルが用意したスニーカーを履く。
近づけば何かしらのセンサーが感知したのか、胸部の入口が開く。
開口部からは先端に鐙の付いたワイヤロープが降りてきた。
鐙に足を掛けてロープを掴む。
するとスルスルとロープは巻き取られ、コクピットの前まで持ち上げられた。
開口部の装甲が足場になっている。
「それじゃあとりあえず、昼まで練習するわ」
下から見上げるエニシエル達に手を振って搭乗する。
座るのは当然メインパイロットの席だ。
無意識に学習した通りの操作を行えば入口が閉じる。
「じゃあ早速始めるとしますか」
モニターが点灯する中、俺はこれからの生活に胸を躍らせるのだった。