2話 初の協力者は女神
「成る程。操縦については“乗れば分かる”って言ってたけどこういう事か」
眼前のメインモニターには雄大な景色が映る。
それはただの映像ではない。
この鋼鉄の巨人が望む景色なのだ。
「望んだ行動に対する操縦法の無意識学習か。確かにこれなら俺みたいなド素人でも短時間で歩行程度は可能になるし、乗り続けることで支援に頼らない技術の完全習熟に至るわけか」
自身をこの世界に送り込んだ正体不明の女性。
仮に依頼主と呼ぶ事にするが、彼女が隠している事は山ほどあるだろう。
思いつく限りの質問をしてみたが、その思惑の末端にすら届いた感触はない。
盗まれた機体の蓄積データの収集。
それは本意ではあるだろうが、真意ではなさそうだ。
しかし、現状で自身に関係する事ではなさそうなので、横に置くとしよう。
「でもコレって操縦者の脳に直接干渉しているって事なんだよな。ヘルメットとかの端末を身に着けてないのに座席に座るだけで干渉が可能とか、一体どんな技術レベルだよ……」
進みすぎた科学は魔法と変わらない。
そんな言葉が浮かぶ。
この巨人の装甲や機構もそうだが、目に見えない技術に関しても自身の常識を超えている。
前世の日本の技術を考えるに、一体どれだけブレイクスルーが起きればこの領域に至れるのか。
それは案外近いのかもしれないし、果てしなく遠いのかもしれない。
「っと、そんな哲学は考えるだけ無駄だな。まずは目の前の課題を片付けないと。ね、女神さん?」
複座敷となる操縦席、メインパイロットが座るべき一段下にある座席に目を向ける。
そこには人影は居らず、とある端末が接続されていた。
前世のスマートフォンを肉厚にしたようなそれは、画面に少女を映し出していた。
「ここから出しなさい! これは女神に対する不敬よ不敬! 早く出さないと神罰を喰らわすわよ!!」
完全にお怒りな様子だが、少年は気にしない。
「どうぞご自由に。その携帯情報端末の拘束力はそれ程ではないと聞き及んでいますから。国教にも指定されている貴女なら、簡単に破れる程度のものらしいですよ?」
それらは全てクライアントから聞いた情報だ。
国によって祀り上げられた彼女はその権能一つで世界に多大な影響を与える事ができる。
それだけの力を持っているのだ。
「うぐっ、それは……」
だが、女神は答えに窮する。
言えるわけが無いだろう。
今の自身が、その辺の小娘と変わらないほどに弱体化してしまったなんて。
「ま、それは俺の雇い主であるクライアントから窃盗犯へのお仕置きと思ってください。それにそんなに悪い事ではないようですよ? その中に居れば、神力が回復するって話ですし」
「ぐっ、そう言われると返す言葉も無いわ。盗んだのは確かだし……」
「おや? 認めるんですか?」
出会って短時間とはいえ、彼女が勝気な性格ということは理解した。
そんな彼女が素直に認めるのに少し驚いた。
「なによ? 悪事は悪事でしょ。だけど私は謝らないわ。私の民を、世界を守るためにはこの巨人達が必要だったもの」
「その為にクライアントの怒りを買っても?」
実際にはそこまでは怒っていない。
盗まれた事に怒りはあっても、そこから利益を手に入れようとする強かさがある。
この女神に害を与えるよりは利用する事を選ぶ。
「構わないわ。どうせ知っているんだろうけど、今の私の権能は失ったも同然よ。でも腐っても元大神のこの身、髪の先から爪の先まで、血の一滴に至るまで実験や魔術の触媒として最上級の物よ。この身で贖えるのなら煮るなり焼くなり好きにしてもらっても構わないわ」
『その程度の価値では、吊り合いませんね』
二人の会話に割り込む声。
それは先程まで会話していたクライアントのものだった。
『えーっと、これで映りましたか?』
「ひぃっ!?」
PDAの画面の隅が四角く切り取られ、クライアントの姿が映された。
顔は先程と同じく影に覆われて口元しか見えない。
そんな姿に女神は酷く怯えていた。
『映ったようですね。では、本題ですが――本当にその程度で今回の件を償えるとお思いで?』
それは“問う”というより“断定”するような口調だった。
『貴女一柱で済むと? こちらの格納庫に侵入し、窃盗したのはそちらの神々の総意によるものでしょう?』
「――っ、それは」
『でしたら、貴女という尻尾だけでは足りません。責は全ての神が背負うべきですよね?』
弁解しようとする女神の声を遮り話を続ける。
「……何が望みなの?」
搾り出すような声で女神は問う。
『簡単な事ですよ。盗んだ全ての機体を返してください』
「そんな……出来るわけがない!」
要求としては至極最も、だが女神は認めるわけにはいかなかった。
『でしょうね。そうすれば失われる命は現状の10倍は下らないでしょうから。――ですが、私達には関係のない話です』
その声は冷たい。
『言っておきますが、これは示談ではありません。最終通告です。貴女の答え如何によっては、この場で全ての機体をこちらに転送します。一応このような事態に備えて施した転送機能がありますので。こんなに早く使う場面が来るとは思いませんでしたがね』
「……っ」
横で話を聞くだけだが、女神としては選択肢はほぼ無いと思える。
この世界での女神の立場がどんなものかは知らないが、全ての神を説得できるほどの格ではなさそうだ。
そして、クライアントが神々にどのような責を負わせるかは知らないが、軽いものではないだろう。
開き直るにしても惚けるにしても、女神の様子からしてその回収手段を防ぐ事はできそうにない。
暫しの沈黙の後、女神が選択したのは、
「盗んだ事は申し訳ありませんでした! ですが、お願いが! 他の神は必ず説得しますから、この巨人達の力を貸して下さい! 国を……民を助けたいんです! 責は必ず負いますから、どうか……どうかお願いします!」
頭を下げる事だった。
PDAの中に地面があるのかは知らないが、頭を地に着ける勢いだ。
そんな姿をクライアントは暫し見つめて言った。
『はぁ……始めからそうしてお願いしていただければ良かったんですよ。対価は貰いますが、ちゃんと相手の懐具合も考えますのに』
ため息をつきながらも、冷たい雰囲気は既に無かった。
『実際のところ、回収機構もあるので窃盗についてはそれ程怒ってないんですよ。どちらかと言えばセキュリティの穴が判明した事でプラスですし。とはいえ、甘い顔して見逃せば二の次三の次と窃盗がやってくるのは見えてますしね』
声に疲れたような雰囲気が混じる。
『ですが、罰はしっかりと受けていただきます。盗みはいけませんからね』
「……はい」
女神は真剣な面持ちで言葉を待つ。
『まぁ、簡単な事です。まず、現在搭乗している機体の正式な所有者は彼とします』
「それは――」
『最後まで聞いてください。彼の才能はその機体の特性に適合しています。その機体の性能をフルに引き出せる者は他に居ないでしょう』
「え?」
思わず声が出る。
そのような評価を得るとは思わなかったからだ。
『そして貴女は彼に全面的な協力をしていただきます。彼への依頼内容を考慮すると、神である貴女のサポートが必要だと考えたためです。そして私達は物資、人材の提供支援を彼に行う予定でもあります。現状を打開するには、彼と行動を共にする事を推奨しますよ。貴女の献身次第では彼が世界を救うかもしれませんよ?』
「それは本当ですかっ!?」
「ちょっとぉ!?」
流れ弾が飛んできた。
見ろよ女神の顔を、救いの手を見つけた子羊みたいに瞳を輝かせている。
どちらかと言えば救う方だろうに。
『詳しい事は彼に聞いてください。彼は私達の依頼を態々請けていただいたので丁重な扱いを望みます』
「はい! それはそれは丁重に扱わせていただきます!」
『では、話はこれまでです。後はお願いしますね』
言うだけ言ってクライアントは画面から消える。
静寂に包まれたコクピットの中、女神は言った。
「す、末永くよろしくお願いいたします」
「それはちょっと違うんじゃないですかねぇ」
変に畏まられても、それはそれで困ると学んだ。
●
「なるほど。つまり蓄積データを回収すれば良いのね」
「まぁ、そういう事」
出会い頭である戦闘中の印象が強すぎて、畏まる女神なんて違和感しか感じない。
変にかしこまる女神をなだめすかした結果、口の利き方としてはお互いに対等という点で落ち着いた。
やはり女神としてもストレスの溜まる対応だったようだ。
「別に機体を寄こせって言うんじゃない。ただ、データを貰えれるのならば機体はどうぞご自由にって話だからな。簡単な話だろ?」
データの抜き取りに掛るのは、ほんの数分だけ。
別に機体の扱いについて口を出すつもりも無いのだ。
というか、クライアントによると盗まれた機体は寄贈という体にしてくれるそうだ。
何でも、回収したデータから改良機を造れば良いって考えのようだ。
「うーん、そう上手くいくかなぁ」
だが、女神の顔色は優れない。
「先に伝えておくと、パイロットやその管理をしている神って偏屈だったりプライドが高かったりするのよね。すんなり話が通るとは思えないのだけれど。あ、だから私に対応させるのか。……嫌だなぁ」
この先の苦労が思い浮かぶのか目に見えてテンションが下がる。
地球の神話を思い起こせば、性格の悪い神様は数え切れない程だ。
この世界の神々も例に漏れず面倒な性格のようだ。
「ま、その時はその時ね。まずは寝床の確保をしないとね。場所の当てはあるから案内するわ。操縦はどうするの?」
「操縦の習熟がてら俺がやる。ナビゲートは頼む」
「了解。それじゃこのまま真っ直ぐ道なりに進んで」
女神の誘導に合わせて巨人を動かす。
フットペダルを踏み込めばメインモニターの景色が後ろに消え、新たな光景が現れる。
歩を進める度に感じる重厚な振動。
左右に握る操縦桿は歩行のバランスをとる腕部の動きを伝えてくる。
間違いない、今自分はロボットを動かしているのだ。
夢にまで見た巨大ロボットを動かしているのだ。
「ねぇ、ねぇってば! ちょっと聞こえてる!? 拠点への道はさっきの分岐を右だってばぁ!!」
夢中になり過ぎて幾度か道を間違えたのは許して欲しい。
あ、駄目? ですよね。