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1話 実質一択の選択肢

 甲高いモーター音を響かせ、それは走る。

 鋼――とはいかないが、プラスチック版とトタン板の装甲で守られた重量級の戦車だ。

 無限軌道による力強く、安定した走行は重い体を滑らかに動かす。

 特徴的なのは、その体に取り付けられた2桁に届く遠近の武装か。

 もはや、“戦車”というより“移動要塞”だ。

 そんなものが、場に置かれた障害物を避けるために蛇行しながらも走っていた。

「どこだ? どこだ? どこだ!?」

 機体に取り付けられたカメラから送られる映像。

 焦りから冷や汗が出てきたが、モニターから一時も目を離すことは無い。

「落ち着け……落ち着け……」

 気付けば息が荒くなる。

 手汗で操作を間違えそうになる。

「一発だ……一発でも当てられたら大破できるんだ」

 狙うは機体のど真ん中に装備させた大砲だ。

 並ある武装の中で最大火力であるパチンコ玉を打ち出す電磁投射砲だ。

 探すのは敵の機体。

 軽装甲、高機動という、自身と真反対のコンセプトで作られた機体。

 恐ろしい事に、威力の低い射撃武器と、一撃必殺の威力を秘めた近接武器しか積んでいない。

 一部のファンから“変態”やら“紙一重”とか呼ばれる機体ではある。

 だが、この大会、こうして決勝戦まで勝ちあがる腕前は本物としか言えない。

「くっそう。どこへ行った……っ!?」

 気付けたのは偶然だった。

 モニターに映る僅かな色の変化。

 傘が掛けられたかのように暗くなったそれは影。

「上かっ!!」

 急ぎ、カメラを機体上部の機銃用カメラに切り替える。

 ……障害物を登ったのか!? あんな滑る急斜面を!?

 そこには自身に向かって飛び降りる機体が居た。

 その前面に取り付けられたブレードが両断せんと迫る。

 ……加速……いや、この重い機体じゃ逃げ切れない。迎撃するしか……っ。

 コマンドを操作し、複数の機銃を真上に撃つ。

 照準などない、ただ弾をばら撒くだけ。

 落下軌道を逸らせればいい。そのまま撃墜できれば更に良い。

 だが、敵もさるもので、通称“豆鉄砲”と呼ばれる唯一の機銃を乱射してくる。

 ……不味い!

 ガチガチに固めた装甲が想定していたのは、多少の高低差まで。

 真上からの襲撃は予想外だ。

 ……武装を積みまくったせいで、上部装甲は薄いのに!

 事実、武装のエネルギーラインや弾倉との兼ね合いで、薄いどころか穴だらけだ。

 飛行機体の無いこの戦場で、斜め上ならともかく真上は想定していなかった。

 というか、あんな急斜面を登れるなんて思わなかった。

 果たして、敵の弾幕の一つが内部へ飛び込む。

 被弾判定を出した部位は停止し、それが念のため露出を減らした動力関係の部位というのは何の悪夢か。

「ああぁ――!!」

 動力が切れ、足の止まった戦車に飛び込んだ機体は、両断判定を叩き出した。

 “なんとかと紙一重”と有名なその操縦者(パイロット)は今大会における完全勝利を得たのだ。


          ●


「ほぅほぅ、ロボットバトル地方大会準優勝ですか。中々の経歴をお持ちで」

「馬鹿にしているんですか?」

 悪気が無いのは分かるが、あの時のトラウマを見せられた上で言われると頭に来る。

「いえいえ、そんな事はありませんよ」

 どうどう、と落ち着くようにジェスチャーをするのは一人の少女。

 顔は見えるのに分からない。

 大部分は影の様な闇が掛かり、分かるのはその口の動きぐらいか。

「私達の探す人材に相応しい逸材というのは本当ですから」

「それってロボットの操縦技術の事ですか? だったら俺に勝った相手の方が相応しいんじゃないですか?」

 後に耳にしたが、対戦相手の機体が軽装甲であり武装が少ないのは、資金難という理由があった。

 長年弱小の地位を確立していた彼らは、遂に支援者である母校からも資金の打ち切りが宣言されていた。

 ロボットに掛かる費用は維持整備だけじゃない。

 改良、実験、改造、全てにおいて機材と資材が必要だ。

 結果、重装甲にしなかったのではなく、できなかった。

 だからこそ、操縦者としての腕前を鍛える事で他の強豪を退け、地方とはいえ大会優勝の地位と結果を得たのだ。

 簡潔に纏めたが、まるで漫画の主人公ではないか。

「あー、あの人ですか? 確かにあの人も候補者なんですが……。まだ、生きていますからねぇ」

「は?」

 その言い方だと、まるで自分は死んでいるかのようではないか。

 というか、目の前に居るこの少女は誰だ?

 周囲一面が真っ暗で上も下も分からないこの場所は何だ?

 俺は一体、何時の間にこの場所に来たのだ?

「あー、気付いていない、というよりは記憶の封印パターンですかね。自縛霊に成らなくて良かったですね」

 よかった、よかった、と安堵する少女。

 自分としては何も良くないのだが。

「別に思い出す必要もありませんし、ちゃっちゃと本題に入りましょうか」

 人の最期を必要ないというのは如何なものか。

 いや、碌でもなさそうな最期だっていうのは何となく自覚しているが。

 複雑な心境をよそに、少女は言葉を続ける。

「ロボットのパイロットに成りたいですか?」

「成りたいです」

 反射的に即答してしまった。

 何故ならロボットが好きだから。

 そうでなければ、大会に出るほど機械を弄くり回したりはしない。

「ロボットの形状に拘りはありますか? 例えば人型とか獣型とか」

「ロボである、その一点で区別する事はありません。人型というロマンを突き詰めた造形は好きですし、獣型という野性味溢れる自然の機能美を突き詰めた造形もまた良い。他にも機能と性能だけを突き詰めた異形も知識の限界を越えようとしているので大好きです。ところで、貴女はだ――」

「では、量産型機体と試作実験機体。どちらが好きですか?」

「量産型は安定性や整備性において信頼できる部分も評価できますし、試作実験機体には設計者のロマンが詰まっているのでどちらも好きです。ここはどこで――」

「好きなカラーリングは単色? 原色? それともトリコロール?」

「その他大勢という事を示すために、あえて地味なカラーや――」

 現状を把握するために誰何したいのだが、答えざるを得ない質問が矢継ぎ早に飛んでくる。

 質問を無視することは可能だが、反射的に答えてしまう。

 だってロボットが好きだから。

「成る程。それならば――」

「私は電力による動力源でも――」

 どれだけの時間、質問に答えていただろうか。

 喉は渇かないし、立っていても疲れない。

 それどころか、ここまで自身のロボットへの想いを存分に語る事ができたのは、今まであっただろうか。

「それでは、最期の質問です」

「はい、なんでしょう?」

 もはや、この場所が何なのか。

 目の前の少女が何者か。

 そんな事はどうでも良くなっていた。

「貴方は、ロボットに乗れるのならば命を奪い合う。つまり殺し合いをする覚悟はありますか?」

「それは……わかりません」

 それは初めての即答することができない質問だった。

「ふむ、それは何故か分かりますか?」

「……私は戦争が遠い出来事である平和な国で生きてきました。ぶっちゃけ、“殺せ”と言われて殺すのは、自分には不可能だと思います」

 喧嘩をした事だって中学生の時が最後だ。

 暴力と言う物に馴染みは全くない。

「ただ、自身の身を守るため、生きるために。また、知り合いに危害が加えられるのならば、掛かる火の粉を振り払うために戦う事は出来ると思います。――あ、ロボットが無ければ無理です、生身では何もできないんで」

 情けないと言うが良いさ。

 俺の体は、筋肉よりも脂肪で構成されたDE・BUなのだから。

「成る程、成る程。程よく善人で、割と強欲なんですね」

「いや、まぁそうでしょうけど……」

 自覚するのと他人から改めて指摘されるのは、受けるダメージが違うんだぞ。

「そんな貴方に朗報です。ちょっと異世界でパイロットに成ってくれませんか?」

「……はい?」

 ちょっとコンビニ行ってきて。

 そんな軽さで言われた言葉を理解するのに、多少時間が掛かったのは仕方ない事だろう。


          ●


「あのですね。実は前々から、仲間内でそれぞれに専用ロボットを作って大会を開こう、って話しが有りましてね。つい先日、完成したんですよ」

「はぁ、それが一体……」

 話の流れが見えてこない。

「仲間の特性に合わせて製作した専用(ワンオフ)機体だったんですが――」

 何か嫌な予感がする。

 だが、聞く以外の選択肢が無い。

「――盗まれちゃったんですよ! あれだけ色々無茶振り(ちゅうもん)した私の機体も含めて!」

「えー……」

 話しの流れからして、盗まれたのは搭乗操作できるロボットの事なのだろう。

 一抱えほどのロボットですら、簡単に手を出せない位の資金が必要である。

 少なくとも少女が乗れる大きさとなると、製作に掛かる費用は天井知らずだろう。

 それが、聞く限り複数機が盗まれている。

 被害総額は想像したくもない。

「犯人はとある異世界の神です。貴方が了承すれば送り込む予定の異世界の神ですね」

「えっとー、つまり異世界に行って、盗まれた機体を取り返して欲しい、と?」

「それが一番だったんですけどね。話しが変わっちゃいまして」

 顔は見えないが、やるせない表情をしているのは分かる。

「問答無用で回収は出来るんですが、それをすると結果的に多くの人命が失われてしまうんですよね。それは私達の望む所ではありません」

「では、何を望んでいるんですか?」

「簡単な事です。盗まれた機体の蓄積データを回収して、ついでに世界を救ってください」

「簡単って言いませんよ、それ?」

 前半は分かる、だが後半はそれこそ英雄がやる事では?

 一介の学生に頼む事ではないと思うが。

「別に貴方が行う必要はありませんよ。誰かが世界を救えるように手助けする程度でも構いません。最優先事項としては蓄積データの回収が優先されますので」

 世界の存亡よりも蓄積データなのか。

「本当ならその世界のヒトが成し遂げるのが一番なんですよ。本来なら救援要請でもない限り、私や貴方といった部外者が手を出すべきではないんですよねー」

「それなのに、他所から兵器(ロボット)を盗み出したって事ですか」

 何の申し出も無しに、兵器だけ盗み出して利用する。

 “他人の褌で相撲を取る”というのはこういう事か。

 それだけ、事態が切迫しているのか。

 だからといって盗用するのは如何なものかと思うが。

「諸事情から私達が直接向かう事は難しく、現状貴方の様な一般人を送り込む事しかできないんです。ですが了承頂けるのならば、現地での活動を円滑に遂行できるよう出来る限りのサポートも行いますし、定期的に貴方の故郷の物品を送る事も可能です」

 聞く限り、条件は悪い方だと思う。

 サポートとは言うが、命の安全の保障に関しては何も無い。

 現地に送られた後は、基本は自助努力で生きていかなければならないだろう。

 何の技能も無い平和な国の人間が、右も左も分からないジャングルに丸腰で放り出されるようなものだ。

 定期的に物資は送られても、それまで生き延びられるか分からない。

 利点としてはロボットに乗れるという点か。

 “ロボット”に! “乗れる”! という点だ。

 大事な事だ。

「ちなみに、保留も可能です。現地での生活基盤が整った後、応援の追加人員として送り出す事もできます。ただ、そうして送り出すと先任者の苦労と見合わないですよね?」

「まぁ、そうですね」

 命を懸けて整備した場所を、危険を避けるためと後からやって来て、ただ利用されるのは面白くは無い。

「なので、基本的に生まれ変わってもらいます。知識や経験は残りますが、基本的に新たな人生を歩んでもらう事になりますね。――ああ、あと、先任者へのご褒美として人員を全て美形の異性にする事も可能ですよ。ハーレムですよ、やったね?」

「それ、男だったら立場が無くなるやつですよね?」

 男は手を組んだ女性陣には叶わない。

 モテ男の生活は見る分には楽しいが、当人にはなりたくない。

「だったら、性格の矯正もしておきます? 従順な美少女達とか滾りません? げっへっへ、酒池肉林だぜー、って」

「何でそんなおっさん臭いんですか? てか、そういうのは止めてください。こうして原因を知っていると罪悪感で潰されそうになるんで」

 後から知るのならともかく、どうなるか知っていて放置する事は精神衛生上、我慢できなかった。

 ……惜しかったとか思ってないからね。ほ、ホントダヨ?

「いやぁー良い感じに小悪党ですねー。そんな訳で、この時点で受けて頂けるのならば、今の貴方そのままに生きる事が出来ますよ。あと、プラスアルファで肉体は健康で若く、またちょっと細工して再構築しておきますので、病気や毒でも貰わない限り健康体ですよ」

「あれ? 急に人体改造の気配がしてきましたね」

 昆虫の特性を盛り込まれてしまうのか。

「そこまでガッツリ改造しませんよ。多少老化が遅く、多少長生きで、多少病気になり難いだけなんで」

「本当に多少なんでしょうね? 寿命とかも十年、二十年じゃなくて百年単位とか勘弁してくださいよ?」

 おい、何で目を逸らす。

「いや、まぁ、あの異世界では長生きする人間は沢山居ますので……うん、大丈夫、想定範囲内ですよ?」

 いまいち信用できないなー。

「そ、そんな訳で、先任者と応援人員では初期の待遇に差があります。苦労して頂く分、私達も報いたいと考えていますから。それに――断る気はないんでしょう?」

「……分かります?」

「そりゃあ、ロボットに乗れるってだけで目を輝かせているんですもの。どんなに悪い点を話そうが、輝きっぱなしでこっちが驚きですよ」

 彼女の言葉通り、断る気も、保留にする気も無かった。

 ロボットに乗れる。

 それだけで、受けるに値する。

「ただ、少し質問したいんですが……」

「はいはい、何でしょう? 分かる範囲でお答えしますよ」

「でしたら――」

 思いつく限りで質問をする。

 異世界で生きるために。

 ただ、彼女の正体について質問していなかった事に気付いたのは、異世界へ旅立った後だった。

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