プロローグ 世界の危機に
木々が薙ぎ倒される。
かつては旅人の憩いの場であった宿場町は、見る影も無い。
唯一の幸運は、既に全住民の避難が済んで居た事か。
元凶であるそれは異形。
長い尾を鞭の様に振り回す異形だった。
「これ以上、町を壊させるものかぁ!」
気焔を上げ、手元のレバーを操作する。
すると、視界に巨大な鉄の砲を持った、これまた巨大な手が現れる。
「これでも喰らいなさい!」
筒から目も眩むような光弾が連射して飛んでいく。
風より早く飛翔する弾丸は狙い通りの場所を穿ち貫く。
「――ォ!」
それは痛みに悲鳴を上げる。
知った事か、今まで奪ってきた分のツケを払ってもらう。
「お前らのせいで……私の国は……民は……っ!!」
怒りに体が震える。
感情の赴くがままにフットペダルを踏み込む。
「ぐぅ――っ」
直後、自身の体が押し潰されるような重みに悲鳴が出る。
だが、この一瞬で敵の目の前まで近づけた。
レバーを握り潰さんばかりに力を籠める。
「この一撃でぇ――!!」
その怒りを籠めた一撃は光の線となって現れる。
果たして、眼前の敵は2つに別たれる事となった。
「や、やった。これで暫くは安心か」
興奮か緊張か、息も絶え絶えに勝利を味わう。
「後は……南に出現反応が――きゃっ!?」
勝利の余韻は背中を揺さぶる衝撃に掻き消えた。
「あ、新手!?」
フットペダルを操作して振り向けば、新たな異形が存在していた。
「くっ、だけどこの巨人があれば!」
牽制にと、鉄の砲を放つ。
「――ッ!」
彼我の距離はそう遠くない。
しかし、跳躍一つで躱されてしまう。
「このっ! ちょこまかと……っ」
追いかけるように光弾を放つが、素早い動きに翻弄される。
空を切り裂く光弾と、跳ね回る異形。
硬直する状況が変わったのは、
「あっエネルギー切れ!? しまっ――あぐっ!!」
光弾の弾幕が途切れたその隙。
異形は見逃すことなく、鋭い爪による斬撃を敢行する。
火花を散らすその一撃は、薄い爪跡を残すに留まったが中への衝撃は抑えきれなかった。
「装甲は……まだ8割無事ってどれだけ固いのよ。でも、これじゃジリ貧だわ」
遠距離の攻撃は当たらず、近距離の攻撃は素早く追いつける気がしない。
このままでは嬲り殺される結末が待っている。
「どうにかして、アイツの足を封じないと……」
「そんな事しなくても、仕留められるぞ?」
自問に答えたのは背後からの男の声。
この場に居る筈のない、第三者だった。
「だ、誰!」
誰何するために振り向けば、空いていた第二の座席に一人の男が座っていた。
外見からして、まだ少年だろうか。
「その問いは後。この機体の機動力なら、あの調子に乗ってる化け物に余裕で追いつけるぞ?」
「そ、それは知っているわ! けれど、加速力が強すぎて直線軌道しか動けないの!」
先ほど、敵を屠った時の加速力を自由に操れるのならばともかく、掛かるGの負荷に耐えるのに精一杯で左右への軌道変更は難しい。
「だろうな」
「だろうなって……」
他人事の様に済ます少年は、手元のコンソールで何かを操作する。
見えた画面の一部からは、数式の様なものが見えた。
「こんな一部の変態向けのピーキーな設定じゃキツかったろ。今から調整するから時間を稼げ――ほら敵が来ているぞ?」
「ちょっ、もう! 後で質問攻めだからね!」
異形が振り回す爪撃を、ステップを踏んで躱す。
「こっちに来るな!」
レバーを操作し、振り回すのは光の剣。
触れたものを溶断する剣は異形に掠りもしない。
しかし、距離を取らせる事には成功した。
「よーし、設定完了。蓄積データが豊富でやり易かったわ。結構乗りこなしてんだなアンタ」
「アンタって、私を誰だと……」
「はいはい、神様だろ? この世界の。いいからアクセル踏んでみな。アンタ好みの設定にしたと思うが」
「……これが終ったら神罰を与えてやるんだからー!」
敬意の欠片の無い物言いに絶句するが、状況はそんな場合ではない。
言われたとおりにフットペダルを踏み込む。
「え?」
座席に押し付けられるような負荷はあれど、先ほどの加速に比べれば余裕はある。
瞬く間に異形との距離が縮まる。
だが、異形は余裕を持って飛び退ける。
先ほどの戦いを見ていたのか、直線軌道上から離れるように飛ぶ。
「今だ! 曲がれ!」
だからか、追い縋る様に急カーブするそれに目を見開いた。
「わっ!? 喰らいなさい!?」
慌てて光剣を振るが、目測を間違えて掠る程度に収まる。
「――!?」
異形もこの動きは予想外だったのだろう。
足の一つを焦がしながら着地する、その姿に先ほどまでの余裕は無かった。
「焦るなよ……この機体の機動力なら逃がす事はない。エネルギー管理はしておくから、徹底的に追いかけてぶった切れ」
「貴方が誰か知らないけれど、アレを殺せるなら上等よ」
フットペダルを踏み込む、先程よりも深く。
旋回、ターン、ステップ。
増えた軌道は徐々に異形を追い詰める。
Gの負荷が最高潮に達したとき、異形はその刃に捕らわれていた。
「――ィァ!!」
断末魔を一つ。
その命はこの世界に潰えた。
●
「は、ははは! やった、やった! 一日に2匹も仕留められるなんて! 快挙よ!」
「いや、それよりも、あんなピーキー設定で生き残っているアンタに驚きだよ……」
「そう? 今までは、真っ直ぐ突っ込んで切り捨てれば何とかなったからね。こんなに操作し易くするなんて、一体何者よ?」
言って手を伸ばす。
「……これは?」
「助けて貰ったお礼。私の加護を授けてあげる。何時もなら声掛けで済ますのだけれどね。神様に直に触れるなんてそうそう無い機会なんだから、ありがたく思いなさいよ」
ハッキリ言って、この国の人間ならば泣いて喜び、末代まで語り継ぐような褒美だ。
異国の人間らしい少年には理解できないだろうが、今与えられる最大の褒美だ。
「そう、か」
どこか照れたような笑みを浮かべながら手を伸ばす少年。
無理も無い。
今まで歌にも芸術にも残される容姿。
美の神程ではないにしろ、並みの人間よりは美しい少女の姿なのだから。
おずおずと手を繋ぐ初々しさに思わず綻んでしまう。
「ちょっと?」
「ゴメンなさい。畏敬も崇拝も無く、単に異性として見られるのがくすぐったくてね。ところで貴方は何者? 魂からして普通だけれども、この世界の人間じゃないわね。そういえばこの巨人の事を知っているみたいだけ、ど……」
悪寒に体が震え、ある事に思い至る。
ありえない、けれど万が一と言う事も……。
「えっともう、十分よね。手を……離してくれない?」
握った手は固く、簡単に振りほどけそうに無い。
上目遣いで少年にアピールするが、先の悪寒は間違いではなかった。
先程までの初々しい表情はそこに無く、まるで極上の獲物を捕まえた猟師のような凄惨な笑みを浮かべていた。
「ええ、確かに俺はこの世界の人間ではありません。来た理由はとある依頼を受けまして……この機体の本来の持ち主からね」
この時、恥も外聞も無く、ハッチを開けるか脱出装置を起動すれば良かった。
気付けば少年の持つ携帯情報端末が自身に向けられていた。
「とりあえず、機体泥棒の主犯格さん捕獲という事で」
意識はPDAに吸い込まれて消えた。
「……機体と補助操縦士ゲットと。これからどうしようか。町が近くに在ればいいんだけどなー」
たった一人の少年の呟きに答えるものは誰も居なかった。