第88話
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時は少し遡り、私達が賊を捕まえてドワーフの里に戻った時の話。
「サラちゃん~、ちょっといいかしら~」
今はゲンスイさんが賊を取調室に入っているし、ヤマト君達は長の所に報告に行ってもらっている。だから私はシェリーさんと二人でゲンスイさんの取り調べが終わるのを待っている状態なので何も問題ない。むしろお話でもして時間をつぶそうと思っていたところだもの。
「うん、どうしたの?」
「サラちゃんと~ゲンスイ君が賊を追いかけて~飛び出した後の事なんだけど~」
そういえば、あの時シェリーさん達はすぐに追いかけて来なかった。私とゲンスイさんは犯人に逃げられる可能性があったから急いで出たけど、そういえば出がけに何か言われていたような気がしないでもないわね。
「私達は賊が侵入したという現場を見せてもらっていたのよ~。そこでいくつか分かった事があるの~」
「そうだったのね。それで、どんな事が分かったの?」
「まず~賊の侵入経路ね~。高濃度圧縮炉がある~高圧縮炉棟には出入口が二つあるんだけど~基本的に使用されている~正面入り口には~見張りが常時いるから~使われていなかったのよね~」
「という事はもう一つのほうってことかしら」
「どうやらそうらしいのよ~。でも~、こちら緊急事態用の避難通路になっていて~、普段から施錠されているのね~。それで、今回見に行ってみたら~そこの扉の鍵が壊されていたのよ~」
「そっか」
「避難路から侵入した賊はそのまま材料を置いてある資材室に向かったみたいなんだけど、そこで材料を取りに来たアジカナさんと鉢合わせになったみたい」
アジカナさん?
ああ、武器屋のあのおじさんのことね。
「じゃあ、そこで襲われたのね」
「そうね~。抵抗する暇もないほど~見事な動きで意識を刈り取られたそうよ~」
「私達が持ち込んだせいで……」
「その後~、侵入経路から持ち出して逃走したのね~」
「ここからは~私の推測になるのだけれど~。気になる点は~、相手がドワーフ族が何の抵抗も出来ない程の手練れだった事がひとつ~。そして、普段使用されていない避難路を知っていたという事実ね~」
「私達が持ち込んだことを知っている事からも、ドワーフ族の誰かって事かしら?」
「その線も無い訳じゃないとは思うんだけど~。でも今回は違う気がするわ~。同じドワーフ族が被害に遭ているのもあるしね~」
「じゃあやっぱり偶然アダマンタイトが持ち込まれた事を知った盗賊の仕業なんじゃない?」
「盗賊はどうやってアダマンタイトが持ち込まれた事を知ったのかしら~。つまり~、私達が持ち込むことを知るだけの情報網があって~、ドワーフ族しか利用するはずのない施設の情報を知り得るだけの行動力があって~、しかも手練れ~。これだけの事をやってのけるのは~、そこらの盗賊じゃ無理だと思うの~」
「うん、確かにそうね。でも、だとしたら?」
「だから~、もっと大きな組織が動いているんじゃないかと思うの~。でも~これは推測にしか過ぎないから~、ちょっと協力してほしいのよね~」
大きな組織って何かしら。あいにく私はこの国について詳しいことは知らないけどシェリーさんは詳しいのかしら。
とりあえずこのうやむやとした状況を打開できるなら協力するべきね
「もちろん。私は何をすればいいのかしら」
「私の予想通りだとするならば~、おそらくゲンスイ君の尋問では何も情報を聞き出せないと思うの~。拷問に対する訓練なんて普通にしてるでしょうからね~。だから、ゲンスイ君が失敗した後一緒に尋問してほしいの~。そして……」
尋問方法についてはちょっと疑問もあったけど、私のすることは分かったわ。それで謎が解けるならそのくらい頑張るわ!
そして、尋問方法を説明してくれた後近くにいた自警団の一人に、ゲンスイさんが覗こうとしたら止めるようにお願いしていた。
「そろそろかしらね~」
と言って尋問室のドアを見つめるシェリーさん。
そしてそのタイミングを見計らったようにドアが開いた。
「サラ、シェリーさん。ちょっと尋問に必要だからかつ丼を用意してくれ」
なんて真顔で要望するゲンスイさんに思わず笑っちゃいそうになったわ。だって、この世界にかつ丼なんてないもの。
「あのねゲンスイさん。この世界にかつ丼なんて食べ物無いわよ」
「う、嘘だろ? だってかつ丼無しでどうやって強情な犯人が自供するんだよ」
改めて説明したらすごい驚かれてしまった。もう、抜けてるんだから。
でもこれでシェリーさんの予想通り、ゲンスイさんの尋問は失敗したのが分かったわ。
「どうやら~ゲンスイさんじゃ無理みたいね~」
「だってあいつ、な~~~んも喋らないんだぜ?」
「ここはお姉さんに~ど~んと任せなさい~」
と言って胸を張るシェリーさん。
その張った胸に目が釘付けになっているゲンスイさんには後でしっかりお仕置きしようと心に決めていると、その胸の持ち主から声がかかった。
「サラちゃんも手伝って~」
やっぱり予想通りになっていくこの展開に少し驚いたけど、予定通り私も尋問室へと入ることにするわ。
私が入った後にシェリーさんが続いて入り、最後に
「絶対に覗いちゃ~ダ・メ・ヨ~」
なんてダメ押ししていたわね。
尋問室の中には椅子に拘束された盗賊がいた。拷問でも始まるのかと身構えていたところに私達のような華奢な女の子が入って来たのが意外だったみたい。
なに?私達は華奢で可憐な女の子よ?文句ある?
「それじゃ~あなたの知っている事を話してもらいましょうか~」
そういって尋問が始まったわ。
手首をひじ掛けに拘束されている盗賊の手をそっと握り、私は魔法を用意するのだった。
尋問方法は企業秘密ということにしておくわ。もちろん、私達が女を武器に誘惑なんてしてないわよ。当たり前じゃない。そんな方法をしなくてもこの世界には魔法というものがあるもの。前世ではできない尋問方法だったと、それだけよ。
ただ、この方法だと困った事が起こってしまった。
情報は全て引き出すことが出来たけど、この人……なんだか私の事が忘れられない体にしてしまったようで……。
「何でも喋ります! だからもっと私をぶってくださいぃ!」
などと、変態さんが出来上がってしまったわ。
それは(問題だけど)置いといて、聞き出せた情報というのが驚いたの。何でもこの盗賊が所属する組織は『王都中央斥候部隊闇諜報課』という、公式には存在しない部署らしいの。
この国は厨二病でも発症しているのかしら。
そして分かったのは、独自の情報網から私達がアダマンタイトを有している事。斥候活動の中で高圧縮炉棟の通常使用されていない出入り口の存在や出くわしたドワーフを抵抗される前に無力化する実力など、今まで不明だった所がどんどん分かったの。
闇諜報課とは、国家に有益になりそうなものは保護、不利益になりそうなものを消すのがお仕事だそうで、もちろん秘密裏にそれらは行われているらしいわ。
具体的には直接担当した案件以外は秘密主義らしいので詳しくは知らないらしいのだけれども、例えば王都の中で無自覚にとてつもない発明をしている子供を直接的にもしくは間接的に保護したり、その発明を闇諜報課内に持ち帰り帝国技研へと引き継がれ王都の発展に寄与していたりするらしいわ。
そして、それがヤマト君だったわけ。
手漕ぎトロッコや線路、それに手押しポンプなんかも実は闇諜報課が間接的に保護した子供が発明したらしいのは余談かしら。他にも水車や繊維を扱ったものなどいろいろあるらしいけど、兵器転用前提なものが優先されるらしいわ。
それは置いといて、アダマンタイトの運搬役はこの人じゃなかったので結局奪われたアダマンタイトは取り戻せなかったのだけども。
「どうやら~、この国は思った以上にキナ臭そうね~。でも~、やられっぱなしになるわけにはいかないわ~」
そういってシェリーさんが次なる作戦を話しはじめた。
まず、捕らえた盗賊は尋問により死亡したことにする。これは公にそうしておかないとおそらくは組織が消しに来るだろうという事だから賛成ね。いくら強盗でも変態さんになってしまったと言っても、人死には私達の望むところじゃないもの。
そして、もうひとつ。
ゲンスイさんを含め実は生きているという事は内緒にしておくこと。ドワーフの中でも長と実務処理する人以外には内緒にしてもらうよう手配するわ。
何でも言う事を聞くようになったこの盗賊さんには、その隠密技術を利用して私達を尾行したり動向を調査しようとしている者を見つけ、その者を追跡調査してもらう役をしてもらうことにしたわ。仮に私達を尾行する人がいたとしても、二重尾行にはなかなか気づけないでしょうしね。
シェリーさんはもちろん、私だってアダマンタイトを持っているという事をこの人達にもたらした情報源に心当たりはあるわ。でも、疑いたくないっていうのが本音かしらね。
「さて~サラちゃん~。このことはくれぐれもゲンスイ君達には内緒よ~。もし話しちゃうとすぐにボロが出てバレちゃう可能性が高いからね~」
確かに、ゲンスイさんなら内緒にしようとしてすぐに顔に出る。隠し事が苦手なのはいいことだけど、こういう場合は裏目に出るわね。
少しゲンスイさんには悪い気がするけど、仕方ないわよね。
「分かったわ」
私の返事を聞いて、尋問は終了とばかりにシェリーさんが部屋を出る。もちろん私もそれに続いて出るともちろんそこにはゲンスイさんがいる。
「全部うまくいったわ~、さっそくだけど~話があるわ~」
私がゲンスイさんにちょっとだけ後ろめたい気持ちがあるのも気にせず、相変わらずのシェリーさんが主導して話はじめた。
「盗賊は4人組だったみたいよ~。でも残念ながら合流出来ない場合は~残ったメンバーで落合い、逃走先を変更するみたいだから~追跡はできそうもないわ~」
シェリーさんが説明している間もゲンスイさんはチラチラとこちらを見ているような気がする。でも、ごめんなさい、話すわけにはいけないのよ。
つい、視線を外してしまうのは無意識だったかもしれないわね。
「盗まれた物を運ぶのは別のメンバーで~、こいつは残念ながら~……のようね~。聞き出せたのはこれだけよ~。後の処理は衛兵さんにお願いするわね~」
「ん? 後の処理ってなんだ?」
「それがね~、仲間を売る事になるのをよしとしなかったみたいで~、もうあの人は~」
表向きには死んだ事にしないといけないけど、全部がハッキリとは言わないあたりシェリーさんらしいというかなんというか。
私もそういう部分を見習わなければいけないかしら?
その後、処理の仕方などを衛兵さんへ話を通したシェリーさんと、なんだか微妙な表情のゲンスイさんと一緒に宿に戻り一泊した。
翌朝、朝食の席ではゲンスイさん、シェリーさん、ヤマト君、ヴァングルさんと全員が顔を揃えた。そして一度長の所に顔を出して欲しいという伝言を貰ったので行くとして、その後の方針について話し合っていた。
私達としてはアダマンタイトにより装備の強化及びその研究をしばらくしたかったのだが、肝心のアダマンタイトが無くなったので一度拠点に戻ろうかと思う旨で話を進めていたのだが、そこに異を唱えたのヴァングルさんだった。
ヴァングルさん曰く、一度王都に行くのを提案してきた。何故ならばヤマトの無事をせめて近しい人達にだけでも報告したいと。
一度疑い始めてしまった私は彼の方針には反対だったわ。何か裏があるのではと思えて仕方ないもの。だから反対しようとしたのだけれど。
「いいんじゃないかしら~。アダマンタイトが無い以上~私も王都でいろいろ買い出ししたかったのよね~」
とヴァングルさんの意見にシェリーさんが乗っかったのだ。
結局両方の意見を取り入れ、一旦王都に寄り用事を済ませてから拠点へと戻る話になったわ。




