第37話
俺達は研究材料として魅惑のアダマンタイトを求めて、ユジャスカ帝国の首都を出発しアダマンタイマイのいるダンジョンへと地竜を走らせ、2日が経過していた。
「前方正面~、魔獣の群れがいるわよ~」
間延びした声は到底スクランブルには聞こえないが、気を引き締めて馬車の速度を落とす。少し近づくと通常の魔物エンカウントとは雰囲気が違う事に気が付いた。
「あれは? 子供が襲われているわ!」
どうやらゴブリンナイトとポイズンドッグの混成部隊に子供が襲われているようだ。一応武装して冒険者に見えなくもないがやはり幼い。10歳くらいだろうか。駆け出し冒険者1人では逃げることもままならないようで、どう見ても劣勢、というか全身あちこちにケガをしている。対して魔物はというとネズミを見つけた猫の如く甚振っている。
「いくぞっ!」
一気に馬車から飛び降り群れの中心へと走る。後ろからシェリーさんのツインアルテミスボウによる援護射撃が入り、さっそくポイズンドッグ2体に致命傷を与えた。威力は周知の通りだがその精度も見逃せない。
後から飛び出したサラが俺を抜き去り戦闘を開始した。強化靴装備による俊足効果は流石だ。最速で接近して勢いを殺さず飛び蹴り……直撃を受けたゴブリンナイトが派手に吹っ飛んでいった。
サラ程の速度は無いが俺だって狼の獣人族だ。人族では考えられないほどの速度で接近、子供への進路上にいたゴブリンナイトを強化腕装備の右腕を振り抜く。
頑張って防御しようとしていたようで盾の上からの殴りになったが問題ない。砕けた盾と一緒に吹っ飛んでいった。
こんな雑魚、素手でも余裕で倒せるぜ。
っと、まだまだ戦闘は継続中だ。
俺達の介入で魔物たちの意識の大半がこっちに向いた。その隙にシェリーさんの援護射撃で子供の近くにいたポイズンドッグがさらに2体致命傷となっている。
「っしゃあ!かかってこいやぁ!!」
なるべくヘイトをこちらに集めつつ次の敵へ走る。一瞬で周囲を見るとサラは子供の近くへと駆け寄って行っていた。
すぐに接敵、間合いに入ると同時に左右の拳を交互にくれてやる。俺の速度にポイズンドッグは成す術もなく左前足付け根と顔面を直撃、倒すだけならばこれだけでよかったが進路妨害にしかならないのでトドメに回し蹴りを入れて左に吹き飛ばす。
右から別のポイズンドッグが襲い掛かって来たが、後ろから伸びて来たサラの如意棒によって貫かれて戦線離脱していった。
「まだまだぁ!こいやぁぁあああああ!」
と、ヘイト集めしようと声を荒げながら顔を上げた。
「終わったわよ」
終わってた。
瞬間火力なら2人にも負けない自信はあるが、会敵から殲滅までの速度は遠距離攻撃持ちのシェリーさんや速度特化のサラには敵わないな。
すぐに子供の所へ近づくと、早々にサラが回復魔法で治療を始めていた。
「助かって気が抜けたようね。今は意識を失っているけれど、これは……ちょっとまずいわね」
回復魔法により傷口は癒されていくが……
「もしかして~、毒に侵されているのかしら~?」
「どうもそうみたい。ゲンスイさん、解毒ポーションはあったかしら?」
「ああ、念のために用意しておいてよかったな。これを使ってくれ」
収納庫から解毒ポーションを取り出しサラに渡す。手早く解毒ポーションを飲まそうとするが気を失っているため上手く飲みこめない。するとサラが一度口に含み直接口付けして飲ませる。
「あっ!俺のサラの唇がぁぁぁ」
つい本音が口から出そうになったが、TPOを弁えた俺はギリギリのところでそれを留まった。
「ゲンスイくん~不謹慎よ~」
留まっていなかった。ただ、不幸中の幸いかサラには聞こえなかったようで人命救助に集中していた。
「解毒ポーションも飲ませたし傷口もある程度癒すことができたわ。ただ、結構衰弱しているようだから街に連れて行ってゆっくり休ませる方がよさそうね」
これからダンジョンに行こうというタイミングで街へ逆戻りになるが、転生前は日本人だった俺達にとって人命優先は共通認識だった。
「その子を馬車に乗せよう」
サラの介助から男の子を抱え上げ馬車の荷台で寝かせる。
あれ?この匂いは……。
まぁいいか。
「サラはこの子に付いていてくれ。さぁ、パイオツカイデーもましゅまろもひとっ走りたのむぞ」
前半はサラに後半は地竜に声を掛けると、サラはひょいっと荷台に飛び乗った。2頭の地竜も首を縦に振って了承の合図をしてくれていた。
◇
「う……ん……、こ、こ、は?」
助けた子供の意識が戻ったのは翌朝の事だった。
「気が付いたみたい」
これまで急ぎながらも極力振動を抑えるため全速力ではなかったが、声を聴いて馬車の速度を落とす。
「あなたは魔獣に襲われて毒に侵されていたのよ。もう解毒も出来たと思うけど、かなりの深手だったからまだ安静にしておいたほうがいいわ」
「助けてくれたの?お姉さんありがとう」
状況の説明で少し安心したのか、少しだけ笑顔を見せてくれた。しかし、衰弱から幾分マシになったとはいえ、まだ影が残っているように見える。
「私はサラっていうの。研究なんかもしているけど、今は旅の冒険者よ。あなた、名前は?」
「フォン」
「そっか、フォン君っていうのね。こっちはシェリーさん。あっちの御者台にいるのがゲンスイさん、私達は3人パーティーよ」
サラの紹介で俺トシェリーさんに視線に捉えた瞬間、怯えるように身を屈め小さくなった。
「獣人……それにお姉さんも、人じゃない……お願い助けて、食べないで……」
「私達は~人を食べたりしないわよ~」
「獣人を何だと思ってるんだ。見た目や身体能力は違うが人を食べたりなんかしない」
わざわざ食べない宣言をしてやったがまだ完全には警戒を解いてないようだ。まったく、この国の教育はどうなってるんだ。
「フォン君、今私達は帝都ユジャスカに向っているの。到着にはもうしばらくかかるからゆっくり休んでいてね。まだ毒のダメージも完治していないみたいだし無理しちゃだめよ」
毒を受けた場合如何に早く解毒出来るかが大事だ。戦闘中毒を受けても直後に解毒できれば数時間あれば完治する。しかしこの子は戦闘直後に解毒したがまだ完治していない。ということは戦闘中よりも以前に毒を受けていた可能性が高い。
「見た所駆け出し冒険者のようだが、解毒ポーションも持っていなかったのか」
「それは……あんなところで毒を使う魔獣がいるなんて思わなかったから……」
駆け出し冒険者ゆえに情報を甘く見ていたのか。それとも本当にこの辺りで毒を使う魔獣が出ることは稀なのか。どっちだろう。
「それにしてもあんな所に1人で何をしていたの?」
「そうだっ!行かなきゃ……」
「行くってどこに?」
「友達がグレイプニルにあるダンジョンへ行って帰ってこないの。だから探しに行かなきゃ!」
グレイプニルにあるダンジョンって、俺達が行く予定のダンジョンじゃないか。
「偶然ね、私達もそのダンジョンへ行くところだったのよ。でも今は帝都ユジャスカに戻っているけどね」
「そんなっ!お願いっ!ダンジョンへ連れて行って!」
「そうは言ってもなぁ」
サラとシェリーさんと目を合わせてしまったが、俺の結論はこのまま帰還だ。
この病弱な少年剣士みたいな子供、物語では天才の剣を扱えるとかありそうではあるが、実際実力を考えると、ポイズンドッグ程度の雑魚を相手に逃げることも出来ない。
ダンジョンに連れて行くと必ず保護しながらの攻略となる。どういうダンジョンか把握できていないのに人の命まで責任はとれんな。
「残念ながら君をダンジョンに連れて行くわけにはいかない。このまま大人しく帝都ユジャスカに戻って保護されてなさい」
「そんな……今も助けを待っているかもしれないのに!じゃあここで降ろしてください」
「ここで降ろしたら助けた意味がなくなるだろうが」
「その友達の事、詳しく聞かせてくれる?」
あやす様にサラが優しく聞くと、少しずつ話してくれた。
俺達3人の中だと一番人族に見た目が近い為かサラにだけは少し心を開いているようだ。
「友達のヤマトちゃんがグレイプニルにあるダンジョンへ行くといって街をでたのはもう3週間前です。あのダンジョンに行くのに1人では厳しいので熟練のパーティーに入れてもらって出発したんです」
「だったらまだダンジョン攻略中なんじゃないか?」
「それがその熟練パーティーは全滅したみたいで遺品がギルドに届けられたんです……」
「そうか、それはお気の毒様。冒険者だったら命の危険があるのは承知の上だとは思うけど、何の痕跡もないまま人知れず命を落とすことも多いからもし遺品が戻ってきたのならそれは不幸中の幸いね」
「でも!!ヤマトちゃんの遺品は無かった!だから!まだ生きてる!!きっとダンジョンで今も助けを待ってるの!」
「だったらやはりこのままユジャスカに戻るぞ」
「そんな……」
絶望、そんな表情されると虐めているみたいじゃないか。
「その後で俺達がダンジョンへ捜索に行ってやる。ただし、聞く限りでは生存の可能性は低そうだがな。そのヤマトちゃん? の特徴を教えてくれ」
一転、救世主を見る目で見られる。期待されすぎても困るじゃないか。
そうしてユジャスカに戻るまでの道のりで捜索対象の特徴等を聞いていった。
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