北風とツンデレと太陽と
「寒いなんて、言わないんだからね!」
そう叫んで、女の子は走り去ったのでした。
驚いたのは、北風です。
厚着姿の女の子が好きな北風は、可愛い女の子を見つけて、それはもう執拗に、嫌がらせのように風を吹きつけていたのですが、女の子は衣服を重ねるどころか逆にどんどん脱いでしまうのです。
そして、ミニスカートにキャミソール姿となった女の子は大きなくしゃみをした後、紫色になった唇であんな捨て台詞を残して行ってしまったのですから、北風は意味がわからず、戸惑うばかりです。
じっくり考えることが苦手な北風は、三回ほど唸った後、すぐに旧友の太陽に相談しに飛んでいきました。
「あれはいわゆるツンデレという種族だな」
一部始終を見ていた太陽は、したり顔で言いました。
太陽は、ツンデレを知らないであろう北風のために詳しく説明してやるつもりだったのですが、北風は勝手に何かに納得したような顔をしてものすごい速さで飛んで行ってしまったので、仕方がなく見送るしかありませんでした。
北風は、ツンデレをツンドラのようなものだと思ったのです。
先ほどの女の子が人間ではなく自分たちの仲間だったのだと勘違いした北風は、一緒に空を散歩する友達ができると思って喜んで探しに行きました。
女の子はなかなか見つかりません。
仲間を呼ぶ合図を送っても、来てくれません。
嫌われてしまったんだ、と落ち込んだところで女の子の姿が見えました。
「君は僕たちの仲間だったんだね。あまりにも人間に似ているのでわからなかったよ」
北風は嬉々として話しかけますが、女の子は答えません。
「一緒に散歩でもしないかい、太陽は頭が固くて付き合ってくれないからいつも一人で退屈なんだ」
北風はあきらめずに誘いますが、女の子は見向きもしません。
それどころか恨めしそうな顔で寒空を見上げ、不機嫌そうに呟くのです。
「そろそろクリスマスも近いっていうのに、こんなんじゃ雪なんてまだまだ降りそうにもない……北風の頑張りが足りないんじゃないの」
そして鼻をズズッとすすると、女の子は颯爽と歩いていきました。
北風は呆然として、動けませんでした。
すると、いつの間にか近くまで来ていた太陽が、女の子は人間なんだと優しい口調で告げました。
そして太陽は、続けてツンデレの説明を始めました。
説明を聞き終えた北風は、正直のところよくわからなかったのですが、女の子が人間だということはわかったので、途端に厚着姿への熱意が再びこみ上がってきました。
厚着、とやや大きな声で呟いてまたもやものすごい速さで行ってしまおうとする北風に、太陽は急いで言いました。
「君にはきっと無理だよ。代わりに僕がやってあげよう」
親切心からの言葉なのですが、北風はこの発言が気に入りません。
「着せるのは僕の方が得意なはずだ、君は脱がせるのが専門だろう」
そう言って北風は、怒りに身を任せ飛んでいきました。
すぐに女の子を見つけた北風はさらに強く、風を吹きつけます。
しかし女の子はミニスカートにキャミソールのまま、絶対にコートもマフラーも身に着けようとはしません。
女の子の顔色がどんどん悪くなっていくのを見て、北風は心配になって風を吹き付けるのをやめました。
すると、絶好のタイミングで太陽が近づいてきました。
女の子の顔色も少し良くなります。
そして北風が驚いたことに、女の子はおもむろに、手に持っていたコートとマフラーを身に着けたのでした。
北風は、念願の厚着姿を見ることができて嬉しい反面、また太陽に負けた悔しさもあって複雑でした。
ふいに泣きそうになった北風は、太陽にだけは泣き顔を見られたくないと思って、女の子の厚着姿を目に焼き付けると、太陽に背を向けて飛んでいきました。
太陽は、今度会ったらまた時間をかけて説明してあげようと考えながら、静かに、優しい顔をして見送りました。
その日の夜、雪が降りました。
大学時代に所属していたサークルで書いた作品です。
もっとたくさんの人に読んでいただけたら、と投稿しました。