昨日も今日も
昨日も今日も、僕は彼女を愛していた。
僕は友達である志帆に深い恋をしていた。
志帆と僕は割と仲の良い、距離の近い友達であった。
志帆は僕を友達として親しく見てくれていた
だが僕が抱いていたのは愛だった。それは紛れもない愛であった。
僕の志帆への愛は、僕の同級生達が抱くものとは少し変わっていた。
「好きだ、付き合ってくれ」
と伝える事を、何だか酷く俗物的で汚れたものだなぁと捉えてしまい、ずぅっと僕は心の中にそれを秘める事を決めていた。
それでいいと思っていたのだ。
志帆が誰と付き合おうが関係がないと。
僕の愛は変わらないと、苦しくなどないと。
今日、志帆に彼氏が出来たという事を志帆本人から聞いた。
心にか細く灯った灯火を、そっと吹き消されたような感覚を覚えた。
それは希望であった。微かな希望である。
もしかしたら彼女も僕を好いていてくれているのでは、などという浅はかな独り善がりな、希望であった。
僕は何気なく志帆に笑いかけ、おおそうか、お幸せにな!などと言ったのは覚えているが、まさか心が入っている筈もなく、何を言ったのか後からは思い出せなかった。
その後志帆といつものように別れ、学校からの帰路につき、夕焼けに染まるアスファルトを強く睨みつけながら僕は歩いた。
志帆、あぁ僕の愛する志帆よ。
君の心は別のやつの所で独占されているというのか。
志帆、あぁ、志帆、志帆!
愛する人の名を何度も心の中で叫びながら歯を食いしばった。
確かに付き合う、などというのは僕にとって俗物的で酷く嫌いなものだ。
つまりは僕は付き合うだとかってことを嫌っていたのだ。
だが僕が愛していたのは志帆だ。
あぁ、なんて僕は馬鹿な事を。
あぁ、あぁ、あぁ…
何度自分と対話しようが、繕った自分の笑顔によりこの気持ちは志保には伝わらないのだ。
もう、志帆は僕の知らない誰かのものだ。
事実なのだ。逃れようのない事実。
いつもよりゆっくりと歩いたせいで既に先程の明るさを失ったアスファルトを見る。
家へ向かう足が止まる。
泣いてはならない。
泣いてはならない。
暗い色をしたアスファルトを見る。
灯は消えてしまったのだ。
志帆はもう此処には居ないのである。
僕は志帆を愛している。
僕は全てから逃げたかった。
悲しい現実から。歪んだ自分から。志帆への想いから。
僕はふと、自分が此処から、この今日から動けない事を知った。
足は動かない。どんどんアスファルトは暗くなっていく。
歩かなければ。明日を迎えなければ。
前に進まねば。忘れねば。
ふと僕は、自分を置いていくことを思いつく。
今までを、今日までを全て此処に。
灯の消えた日に。この今日に。
僕は歩き出す。
全てを此処に置いて明日に。
さよなら、志帆を愛した僕。
さよなら、僕の愛した志帆。
いつか、これからの明日の中で思い出すこともあるだろう。
その時まで、さようなら。
僕は暗いアスファルトの上を歩き出す。
昨日も今日も、僕は彼女を愛していた。