帰り道
遅くなってすみませんでしたーーーー
散々な目にあった。
突然決まった出張を何とか乗り切り、報告書だけ提出して半休のはずが、部下の普通ならありえないミスが発覚。先方との中継に駆り出され、スッカスカの頭を下げて会社に戻れば、部長が部下に雷を落とし、部下はパニックで仕事が手につかず、落ち着かせるために2時間以上もコーヒー片手に励ます羽目に。当然遅れた仕事を手伝う流れになるものの、会社にいるならと部長に新しい仕事が回ってきた。で、当たり前のように残業。さらにはありがた迷惑な部長とさしで晩御飯。
いや、何の罰ゲームなんだ。ほろ酔いというレベルをとうに超えたアルコール量に疲れも相まって、正確に歩けているか不安になる。
なんとか電車に乗ったものの、人の多さに気持ちが悪くなる。
電車のアナウンスで乗換駅までたどり着いたところでギブアップ。
タクシーで帰ろう。
こんなささやかな浪費など誰が非難しようか。むしろ誰かお前はよくやったって言ってくれないかな。
そうか、世の男性はこうして家庭がほしくなっていくんだな。
なんてしょうもないことを考えている間に、改札を越えることに成功。
ふらふらと駅の外に出た。
日中からは想像もつかないほど、冷え込みがきつくなってきた。風が吹くたびに体の芯が震え、酔いがさめていく。
少し休憩しよう。
自動販売機で天然水を買い、数年後くらいに完成予定のなにかの工事の柵に背中を預けた。
水を一口飲むだけで、ぶるりと体が震える。
さすがに地面に腰を下ろすのには、抵抗があったが、そんな羞恥心よりも、瞼が重い。
大丈夫、たぶん警察が起こしてくれるだろう。
「お兄さん、大丈夫?」
聞き慣れない女性の声。いや、女性というには抵抗があるほどかわいい声だ。
好奇心から重たい瞼を上げると、ショートヘアのキレイというよりはかわいい女の子が、のぞき込んでいた。背中には体より大きそうな楽器のケースを背負っている。楽器が大きいというよりは、女の子が小さいためにそのように感じるだけのような気がするが。
「あぁ、ありがとう。意識もはっきりしてるから、気を付けて帰るといい」
生存の合図に右手を軽く上げて見せる。
「それならいいんですけど。この辺おやじ狩りが多いらしいですよ」
「それは面倒だ」
おかげでタクシーに乗るくらいの元気が出た。
「バンド、やってるんです」
おや、と思って女の子を見ると、背中の楽器を下ろして中から水色のギターを取り出した。
「チケット買ってくれたらなぁーなんて下心はまずいですかね」
どうも見た目年齢よりもしたたかな彼女にほんの少し興味がわいた。
座ってすぐに立ち上がって、また気持ち悪くなっては目も当てられない。
なんて自分に言い訳をしながら、実力次第だな、とつぶやいた。
存外僕はそのあたりは甘いようだ。
彼女はにこりとやけに大人っぽい笑みを浮かべて、歌いだした。
聞いたことのないメロディーだった。
環境に引き裂かれた恋人同士が、はるか遠くの想い人に向けて祈りと、自身の想いを飛ばし合う。そして最後に聞こえなければいいと思いながらつぶやくのだ。さみしい、と。
気がつけば周囲には人だかりができていた。
帰宅途中の人の足を止めるだけの力が、その歌には確かにあった。
小さくもたくさんの拍手が届けられる中、彼女は深々と頭を下げ、ではもう一曲だけと歌いだした。
また知らない曲。
毎日毎日想い人に向けて走り続けている。青々とした晴れの日でも厚い雲が覆う雨の日でも、雪が降ったって走り続ける。町中だって、山の上だって、森の中でも走り抜けて見せる。そんな若々しい少年の歌をリズミカルに歌い上げた。
先ほどよりも確実に多く、そして大きな拍手に彼女は深々と頭を下げた。
ずいぶんとゆっくりと片付けて、お客さんがいなくなると、僕のほうににっこりと笑いかけてきた。
「まいった。あまり高いと手持ちがなくて払えないぞ」と早々に降参のポーズ。
そうすると、一枚の紙を取り出した。
「来週の日曜日にライブするんです。お兄さんの時間をください」
「...休日出勤がなければ行かせてもらうよ」
そういって受け取ると、彼女は目を丸くして、それから子供らしく笑った。
それからひとしきり笑うと、頭を下げた。
「ありがとうございます。ではでは、また再開しましょう、社畜のお兄さん」
語尾にハートマークがつきそうなウィンクを残すと走ってどこかに帰っていた。
さて、風邪をひかないうちに、帰ろうと立ち上がったところで、警察に声をかけられた。
あぁ、少し休憩してただけなんで大丈夫です。そう喉のところまで出かかった。
「お兄さん、この辺は路上ライブ禁止エリアだよ。次は署まで連れてくからね」
絶対会いに行く。ここまで計算なら大したもんだと、スッカスカの頭を必死に下げた。
社畜、水色、年上