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れんしゅう  作者: ♥/the Heart
序章
4/4

004


 金属や布が擦れる音。

 武具を纏い、武器を下げた者たちが行き来する。

 静かだが張り詰めた独特の空気。

 異世界の町でも特に異彩を放っているこの区画。


 ここは、東区調査員派遣所。

 別名、冒険者ギルドである。


「着いたな」

「着いたヨ」


 冒険者ギルド。

 小説やゲームなどでは見慣れた場所だが、水燈がの眼の前に広がる冒険者ギルドは想像とはかなり違っていた。


 シンと静まり返ったギルド内。

 依頼書をめくる音や、かすかな話し声が漏れ聞こえるだけで、

 想像していたような馬鹿騒ぎは欠片も見当たらない。


 水燈は小さな声でウィルに話しかける。


「……ぉぃ、思ってたのと違うな。もっとアングラな感じを思い浮かべてたんだが、どっちかというと警察とかの役所みいだな」

「ソウだヨ。ここにいるのは、この厳しい世界で戦いに身を置く者たちダ。目立つ行動は無用な争いを生むとちゃんと分かってるのサ」


 酒が入ってるのもあり、

 突っかかってくるやつがいれば、一発かましてやろうと考えていた水燈に

 ウィルが真剣な口調で告げる。


「調査員たちをナメてると痛い目に会うヨ。初めからイラナイ注目を集めないようにネ」

「ああ、そうだな。間違っても叫んだり周りの人に絡まないようにs」

「うわあああ! なんで私ギルドにいるんらあああ!」

「ひっく。あれ? ギルド着いたの? あっ! エルフの女戦士さんだ! すいません、僕と夜の闘技場で激しい剣撃を繰り広げませんか」

「話聞いてタ!?」


 緊張した面持ちで話していた水燈とウィルの会話を、酔いつぶれてウィルに背負われていたハートの目覚めの号泣がぶった切った。

 さらには、千鳥足で着いてきていた空楼がギルドに入るなり近くにいた女性入試に声をかけはじめ、

 ギルドのロビーは一瞬でパニック状態になった。


「チョット!? 静かにしないと怒られ」

「うわあああ! ウィルが怒ったあああ!」

「ア、ゴメンゴメン、泣かないデッ! ヨシヨシ。ヨーシヨシ」

「ぐすっ、うぅ~」


 泣き上戸というか、もはや幼児退行しているハートをあやしながら、

 ウィルが手を文字通り蔓の腕を伸ばして(・・・・)空楼に巻きつけ拘束する。

 なかなか器用だ。


「アアモウ、ハートに酒飲ませたの誰だヨ! あとこの変態の保護者モ!」

「ごめん、両方俺だわ」


 と、水燈はウィルに謝りながらも、

 一人だけこっそりとギルドの出口の方ににじり寄っていく。


「(――こんな目立ち方したら絶対に目をつけられるだろ、バカが!

 トラブルに巻き込まれる前に逃げちまえ。

 イケメンは面倒事は華麗にスルーするんだよ)」


 女性と絡むのは得意でも、野郎に絡まれるのはごめんだ。

 水燈はウィルに注目が向いている間にこっそりこの場を離れようとする。

 見事なクズさ加減だが、その容姿を持ってして前世ではトラブルを起こさず、女には高値の花として、男には妬むことも許さない羨望の者として、万人の優位を常に取る立ち回りを取っていたほど、空気を読むことにかけては達人に近い能力を持つ。


 こんなひりついた空気の場所で、こんな騒ぎ方をすれば、さぞ面倒なことになるだろう。

 一瞬で、逃げるが万計と判断した水燈は、

 ウィルたちの方に注目が向いているのをいいことにこっそり逃げようとするが、

 その時にあることに気がつく。


 ウィルとハートの話を信じるなら、このギルドは戦いを生業にする危険人物どもの巣窟だ。

 水燈からすれば、そんな所で酔っ払いが騒ぎ出せば、争い事を吹っかけられるか、少なくとも険悪な視線を向けられるだろう、と判断しての逃走だった。

 しかし、意外にも、周囲でウィルたちに対して厳しい目を向けている者はほとんどいないかった。

 どの者も顔をしかめて振り返りはするものの、

 ウィルとハートを視界に収めると、逆に驚いたように目を見開いてサッと顔を背ける。


「(なんだ?)」


 周囲の者たちの反応に何か違和感を感じ、水燈が立ち止まる。

 しかし、その一瞬が水燈の逃走の結末を決めてしまった。

 出口の直ぐ側まで近づいていた水燈の頭上から、地を揺らすような声が降ってきた。


「何の騒ぎかしらぁ? あらぁ? ハートちゃんにウィルちゃんじゃなぁい、今日も元気ねぇ。あららぁ? そこの可愛い坊やたちは新人さんかしらぁ?」


 濡れた雑巾を力いっぱい叩きつけるような、生理的に身体がこわばるような声。

 背後から突然降ってきたその声に、ビクッと肩を跳ねさせて振り返った水燈は、声の主の姿を見て、思わずうひっ!と悲鳴を上げた。

 

「アンドゥーサン。スミマセン……。ハートが酔っちゃッテ」

「あらぁ? まぁ本当じゃなぁい、かなり酔ってるわねぇ」

「ぐすぅ、うぅ……」


 話しかけてきたのは、3mもある巨大なゲル状の生物。

 紫色の塊に、無数の目と口が付いており、ドロドロと流動している身体と一緒に変形と生成を繰り返していた。

 口調こそオネェ口調だが、性別以前に生物としてはっきりとしたものが見当たらない。

 いや、生物として曖昧という意味では正しいのかもしれないが。


 アンドゥーと呼ばれた紫色のゲ○……失礼。ゲル状のオネェはおもむろに手(ゲル状の腕が口の一つから生えてきた)をハートに向け、呪文のような何かを呟いた。


「んんッ!? ……むっ、ここは、ギルド?」

「まったく。ハートちゃんは女の子なんだからぁ。お酒に飲まれちゃダメよぉ?」


 アンドゥーの呟いた呪文よって、ハートの身体がポッと輝き、

 ハートはいきなり酔いが覚めたように目をパチクリさせた。


「酔っていたのか……。すまないウィル、迷惑をかけたようだ」

「ウィルちゃんだけじゃなくて、そっちの可愛い坊やたちにも謝っとくのよぉ」

「あ、ああ。水燈と、もう一人の転生者の君にも迷惑をかけたな」

「お詫びにパンツ見せてもらってもいいですか?」

「……あ゛?」

「ま、待った! 空楼も酔ってるから!」

「あらぁ? 本当ね、昼間から宴会でもやったのぉ?」


 初撃から爆弾を投げ込む空楼。

 ぼうっとしていたハートの目が、空楼の一言で据わったのを見て、

 水燈が慌ててフォローをいれた。

 空楼のセクハラ発言は正直酔いとは関係ないが、アンドゥーの呪文で酒気と一緒になかったことにしてもらった。


「それでぇ? あなたたちは今日は何しに来たのかしらぁ? 暴れに来たならちょぉっとお仕置きしちゃうわよぉ?」

「ち、違うんだ。見ての通り、新しい転生者を二人保護したから、説明を受けさせようと思ってつれてきたのさ」


 アンドゥーのやや凄みの効いた問いに、ハートが慌てたように答える。

 あれだけ酔っていたのに、一応何の目的でここに来たかは覚えていたらしい。

 一連のことをアンドゥーに説明する。


「ふむふむ、初めて見ると思ったけど、新しい転生者さんだったのねぇ? 分かったわぁ。今ちょうど受付のラネルがいるから、ギルドの会議室を使わせてもらいなさぁい」

「了解した。ではウィル、行くとしようか」

「ソウだネ。じゃあ二人とも……アレ?」

「む?」

「あらぁ?」


 振り返ったウィルが、さっきから水燈と空楼の反応が無いことに気がついた。

 後ろを見ると、さっきまで二人がいたはずの場所に二人の姿は無く、

 慌てて周囲を探すも、二人の姿はドコにも見当たらない。


 ここからハートたちに気づかれずに外に出られるほどの時間は無かった。

 それに、ハートとは酔っている状態ですら二人がはぐれないように常に気配を捕まえていた。

 それが、一瞬で姿形も消え失せてしまった。

 それこそ、まるで異世界にでも連れ去られたかのように。


「あらあらぁ? これはもしかして」

「チッ、ギルドマスターか……。おいウィル!」

「ウン、急いで探すヨ」


 ハートとウィルが即座に駆け出し、アンドゥーが手を口(無数にあるうちの一つ)にあてる中、

 背後でパタンッ、という扉が閉まるような音が静かに鳴った。


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