002
「なんれみんら、わらひの言うことを聞いてないんらああ!」
「はいはい。泣くなって」
ダンッとジョッキを叩きつけ、泣き叫ぶハート。
水燈はげんなりとしながらその背中を擦っていた。
「わたひはっ、ひくっ、頑張ってるのに、みんら、みんらがあああ! うわああああ!!」
「解ってる。解ってるって。……ったく。泣き上戸かよ面倒くせぇ」
「ああ!? 面倒くさいって言った! 面倒くさいって言った!
どうせ君も私の事バカにするんら! このイケメンもどき!」
「おい待てコラ。このスーパーイケメン美男子の水燈さんに対してモドキだと? 訂正しろ!」
「うるはい! イケメンなら泣いてる女の子を優しく慰めれみろ! うわああああ!!」
「面倒くせぇ……」
うわああまた言ったあああと泣き叫ぶハート。
どうやら泣き上戸な上にからみ酒な体質だったらしく、
さっきから小一時間は相手をさせられている水燈は空を仰いだ。
周囲の客も慣れているのか、ハートがギャン泣きしても気にも止めていないようだ。
水燈は他の客たちの様子をチラリと横目で見る。
他のテーブルでは水燈たちのテーブルとは違い、化物のような見た目をした酔っぱらいたちが盛り上がっていた。
「にしても、こうして改めて見るとやっぱ異世界なんだなここ。
ゴブリンに精霊に魔法使い、狼男から虫族。何でもありだな」
人間や、人間に近い姿の者が三割。その他が七割といったところだ。
目の前でジョッキを煽っている、白髪と黒髪が混じった不思議な髪をしているハート。
もしかしてコイツも人間じゃないのか? と水燈がハートの方に視線を向けると、
ハートはその紅い瞳をパチクリさせて水燈を見た後、
じわっと大きな目に涙を溢れさせ、
「うわああああ! 水燈君が睨みつけてくるっ、ひくっ、嫌われたあああ!」
「嫌ってないって! 大丈夫だから泣くな!」
――ああもう、面倒くせぇ!
何度目か分からないハートの号泣をあやしていると、
カランと店の扉が開き、あらゆる種族が混じり合っている店内でも特に目立つ風貌をした者が入ってきた。
「ヤァ、さっそくやってるネ」
「ウィル! 聞いてくれ、水燈君が、水燈君がっ、うわあああ!」
「……ウン、出来上がってるみたいだネ。そっちの君が、もう一人の転生者の子カナ?
ダメじゃないカ。ハートに酒飲ませたらサ」
「いや知らねぇよ。ああ、確かに俺は転生者とかいうやつらしいが……ん? もう一人の?」
水燈たちに声をかけてきたのは、端的に言うと人型のカボチャだった。
ハロウィンの時などに見かける顔が彫られたカボチャの実が、蔓で編まれた身体の上に乗っかって喋っていた。
この世界で水燈が見てきた中でも特にわけがわからない生き物だったが、
水燈はこいつどうやって動いてるんだろうという疑問を浮かべる前に、その男、ウィルが発した言葉に反応した。
「ン? アア、君が発見されたのと同じ場所の近くデ、もう一人の転生者が保護されたんダ。
タダ、チョット訳があって拘束しているけどネ」
独特なイントネーションで振り向いたウィルの背中には、カボチャの蔓でぐるぐる巻きにされた棺のようなものが背負われていた。
どうやらもう一人の転生者とやらはこの中にいるらしい。
「ここまで厳重に拘束されるって、こいつ何をやらかしたんだ?」
「現れた当初は大人しかったんだケド、町についた途端、突然住人に襲いかかってネ。危険だから拘束してるんダ」
「そんなヤバイやつなのか」
どうやらかなり危険な人物らしい。
今も棺がガタガタと揺れている。
「ア、そういえば、顔はキミに似ていたヨ。同じ出身かも知れないネ?」
「俺と同じ? 日本人ってことか?」
「もしかして知ってる人間かもネ。もし前の世界で凶悪な犯罪を犯した人間とかだったら対応が変わってくるカラ、顔見てもらっても良いカナ?」
「え、おい。ここで出すのか?」
確かに、地球の凶悪犯がこちらの世界で自由に解き放たれなどすれば洒落にならない。
俺に襲いかからないようにしろよ。と水燈が了承すると、
ウィルは棺の顔の部分の蔓をシュルシュルと解いていった。
そうして現れた顔は……。
「――ああっ!?」
「ん~! っぷは。あれ? 水燈?」
現れた顔を見て、水燈は驚きの声を上げた。
出てきたのは、水燈がよく見知った顔。
水燈の幼馴染だった。